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date 2006/9/21(木)00:13 困ぺい糖様 確かにどちらの案にしても決号作戦は、大量の将兵の犠牲が規定路線ですので実現しなくて良かったとは思います。ただ休戦に持っていくにしても相手がいますので、勝利は決定しているが沖縄・硫黄島級の犠牲を相手方に払わせる作戦こそが、当時の帝国陸軍がとりえた休戦交渉を成功させるバーゲニングパワーを最大化する最良とはいえないまでも、次善手なのではないのかと考えております。 またコロネット作戦の相模主攻ですが、この場合には九十九里方面が主攻と考えていた我国の陸軍は大いに隙をつかれるとは思います。ただ相模湾は揚陸拠点としては九十九里浜よりは狭隘な為に、72時間以内で進攻準備が完了するのは3個師団程度ではないでしょうか。勿論海岸線での抵抗はほとんどないとは思いますが、狭い海岸には後続の部隊及び装備・機材一式でごったがえす状態になりますし、三浦半島牽制と橋頭堡確保を考えると米軍第二派は10日程は海岸線付近からは移動は難しいと考えております。 そうなりますと、3個師団程度での進攻となりますが米軍の師団戦力は、我国の2.5師団に相当する上に列強で唯一馬匹輸送から完全に車両輸送へと転換をはたした機動力を勘案すれば、下手をすると多摩丘陵を大突破されて東京市への電撃戦という我国による悪夢が実現する可能性は思った以上に高いとは思います。ただこの絵図は陸軍が多摩丘陵もしくは手前で米3個師団と野戦で殲滅を図る色気を出して手持ちの戦力を過早に喪失した場合に成立するとはおもうのですが、反対に我方が多摩丘陵で塹壕による野戦築城で粘りながら戦い、我国の師団付加属性ともいえる「健脚」による機動を活用すれば、上手くいけば米軍をスターリングラードの独第六軍と同じ目に遭わせる事はできませんしょうか。 枯山 |
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date 2006/9/21(木)03:24 確かに、皆さんのおっしゃる通り、汚職まみれでも有能な政治家はいますね。 タクシン氏(もはや首相ではないらしい)は、地方へのばらまき政治や、 たとえ偉大な業績を上げたとしても、金まみれだと後世の人たちは評価したくないのかもしれません。 |
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date 2006/9/21(木)07:01 渡来様、ペルソナ・ノングラータ様 Alfonse Muchaは良いですね。私も好きなクチです。 これは多分Muchaの作品ではなかったと記憶していますが、同じような雰囲気の作品で"Tosca"のポスターがありましたっけ。 |
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date 2006/9/21(木)07:19 コペテン様 おっしゃる通りなんすね。 タクシン首相の麻薬取締りの件は存じませんでしたが、長い目で見れば将来にあれは非常に有益であったと評価される場合もあるかもしれません。 ですから朝日新聞が吹聴する"学級会"レベルの評価はお話にならないです。 |
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date 2006/9/21(木)08:54 ペルソナングラータさま さきちゃんさま 京都弁と大阪弁のくだりのところですが、シベリア出兵のとき陸軍のロシアン・スクールの方が、チェコ兵を「いつ、オーストリア=ハンガリー軍から脱走して、帝政ロシア軍に寝返ったのか?」と尋問したら、 「オフェンシバ・ブルシローバ」のときだと答えたそうです。それをきいて(これロシア語の会話だと思うんですが)「ブルシロフスカヤ・オフェンシバ」のことかときいたら、「そうだ」といわれたとあります。語順どうでもよく語尾をちょろちょろと変えるとチェコ語とロシア語は通じるんですかね?なんとなく連想しました。 それとは別で、荒木貞夫が陸相のとき、直木三十五と菊池寛と対談したことがあります。荒木もロシアン・スクールで第一次大戦では東部戦線のロシア軍に観戦武官として従軍しました。そこで、ルーマニア軍について、このように語っています。 「ルーマニア軍とロシア軍でコンスタンチノープルをとりにいこうと、南下したわけだ。するとドイツとブルガリアとトルコ軍が向かってきた。いや数じゃ負けるわけない。ところが、退いた方がいいという。それで30〜40里下がったら、ダニューブ河がある、これがけっこう広くて、利根川の下流みたいなもんだ。そこに橋が2本しかない。でも、こちらは5〜6万の大軍だ。これじゃ退却は無理なので軍団長に意見具申した。橋を破壊して『背水の陣』をやろうといった。そうしたら軍団長はなんていったと思う?」 「そんなことをしたら、退却は諦めるかもしれんが、前に退却するよ。すなわち敵に降伏するということ。これをきいて嫌になったよ」とのことです。あのあたりの国を頼りにしてはなりませんぞ、ということでしょうか。 別宮 |
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date 2006/9/21(木)09:07 枯山様 軍事は政治抜きではありえません。昨日もタイのクーデタでNHKなどは刷新体制などと叫んでいましたが、腐敗政治家を軍が追放→国王が追認、ということを1932年の立憲革命以来繰り返してきたことについての言及はとうとう一社もありませんでした。1932年革命の主役、対仏戦争の仕掛け人ピブン=ソンクラームもクーデタで日本の相模原に亡命しました。日本のマスコミには内心暴力政変や革命賛美の人士が多いですからこういうことは言わないんですね。 タイの場合は、平時、ピカピカに磨いた中古のM41戦車を並べればすみましたが、日本の場合、剣呑にも戦時に磨いた機関銃をあろうことか宮中に向けました。この場合の決起部隊の守るべきとした国体とは阿南ら中枢軍人のオレ国対でした。 硫黄島、沖縄が実質決戦であったことはご主張通りと思いますが、一歩進んでマリアナ、硫黄島を決戦場とすべきだったと思います。これは真珠湾計画登場以前の日本海軍の内海洋決戦思想にもピタリと一致します。フィリピンなどはどちらにしても置き捨てにしてしまっても結果は同じだったでしょう。 ところが、昭和19年4月になっても大本営(参本)は少数兵力による水際撃破です。海軍もアウトレンジだかで、陸兵満載の輸送船団よりも敵空母ばかりを追いまわしました。マリアナはそのために玉砕です。 6月に硫黄島に赴任した栗林忠道がはじめてこの方針を転換したのですが、それでもその年一杯大本営はグズグズ言ってきたわけで、海軍参謀が飛行場近くの海岸にトーチカ作れと言って来たときには栗林は海軍がセメントくれるなら作ってやるよ、と言っています。 そして、もし、仮に、硫黄島で敵兵力消耗に成功した場合、4月の沖縄攻略は8月以降に延期、また、逆説的ですがドイツ降伏後の対日降伏勧告は史実よりもヌルポで案外降伏自体も早まったという想像も沸いたりもします。そうすると必然的にソ連の参戦も米軍の沖縄占領もなしで、戦後我々を悩ませ続ける問題はなかったのかもしれないなどと多少バラ色想像も出ようというモノです。 しかし、一方でもし阿南クーデタが成功した場合には、抗戦継続でコロネットの公算も高まったかもしれません。(逆と言う場合もありえますが…)その場合、もし、米軍が相模湾主攻とした場合には、たしかに仰るとおり、多摩丘陵がポイントになります。ただ、スターリン並に非情にして意思堅固な独裁者のいない日本軍は千葉、群馬、栃木方面の予備部隊の転進自体が巧く行ったか、と言う懸念があります。米軍が九十九里に陽動をかます、多摩市付近に捨て石覚悟で空挺2個も降下させる、といったことをした場合、合議制軍隊の悪いところが一挙に出て機動に手間取ることも考えられます。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/21(木)09:15 別宮様 ハハハ面白いお話ですね。 あの荒木大将が秋刀魚みたいな髭を捻って、イヤーナな顔をして菊池と直木に語っているところが目に見えるようです。 そういった意味では二重帝国の軍隊を効果的に指揮統制するのは大変だったでしょうね。 |
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date 2006/9/21(木)09:22 med様 結果的には、VVSの実力では高高度を捨てざるを得なかったと言えると思います。 |
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date 2006/9/22(金)00:55 別宮様、さきちゃんさま スラブ語は、チェコ語をすこーしだけかじっただけですので、ちゃんとしたコメントは出来ませんが、ギリシャ正教の聖典以外に、全域に伝播した文学作品が何か生まれていれば、ひょっとすれば中欧に一つのスラブ国家が出来ていたかもしれませんね。京都大阪神戸人(あるいは埼玉千葉神奈川も?)のように、それでもお互いの悪口を言い合い続ける可能性はありますが… イタリア語とルーマニア語も、結構似たところがあります。イタリアの図書館で、「ガゼッタ・ロマニェスカ」という新聞が並んでいたので、「ローマ方言の新聞なんかがあるのかぁ」と思ったら、ルーマニアの新聞でした。(Romanescoはローマ方言のことですが、トッティじゃあるまいし、普通の人はこんなボケ方しません…)読んでみて、内容はなんとなくわかる、という程度でした。ルーマニア語は、18-19世紀にスラブ系の外来語を捨てて、イタリア語やフランス語から来た単語に置き換えるという、言語洗浄(?)をおこなったので、そのために難しい単語は結構理解しやすいんでしょう。 第一次大戦のルーマニアを見て、いつも思うんですが、どうも、イタリアのまねをしたかったんじゃないでしょうか。中欧同盟よりの癖に反オーストリアで、漁夫の利を狙った挙句に参戦、結果はあの通りでした。イタリアで仕入れた情報では、14年の8月から、伊のサン・ジュリアーノとルーマニアのブラティアヌの間で、色々と「お互いに抜け駆けをしない」ための交渉が行われていたそうですが… ブルシロフ攻勢じゃなくて、カポレットを見てれば、たぶん気が変わったでしょうね。 ペルソナングラータ 追伸 |
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date 2006/9/22(金)03:00 山本一太議員を「調子に乗ってんじゃないぞ。いい加減にしないと抹殺してやるぞ!」と脅していたのは、 平沼氏は、あの右翼でA級戦犯だった平沼騏一郎首相の親戚にして養子だそうですが、 まあ、政局を見る目がないのは、郵政民営化に反対したところでわかりますが、そのあたりは、 この人には、以前、期待していたんですけど、この一言で終わりましたね。 |
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date 2006/9/22(金)03:18 サッカーネタで恐縮なんですが・・・ 近年のチェコ・サッカーの躍進は素晴らしいものがあります。 日本とは実力はまるっきり違います。 そのサッカーは、実に美しくてタフ。流れるようなパスワークから攻撃的なサッカーを サッカーの強さとは国力とだいたい比例関係にありますから、チェコ人は素晴らしい で、スラブ人なんですが、最近まで自分はスラブ系を軽視していたんですが、チェコ人などを 少なくとも、スペイン人よりは潜在力がありそうです。っていうか、スペイン人は情けなさすぎ。 なんでスペイン人はあれほど駄目なんでしょうか?自分の偏見でしょうか。 |
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date 2006/9/22(金)07:53 med様 eastbind様 ターボスーパーチャージャーについて一言申し添えますと、これは当初軍機扱いになっていました。イギリス向けのP-38もわざと外していて、RAFに突っ返されています。したがって今の米軍供与機のアビオニクスのようにブラックボックス扱いで、オーバーホール等は米本国に送還、ということも考えられます。あるいはモンキーコピーを警戒して日常の扱いでもつべこべ注文をつけて、かえってロシア側に嫌気されたとも考えられます。 ところで、P-39も最初はスーパーチャージャ付アリソンを考えていました。試作機がそれでテストしています。やはりアリソンが5000m以上はヤバイというのは認識としてあったのでしょうね。ただ、これまた重いで断念しました。あるいは、思い切って双発重戦でロッキードとタメを張るという案もあったかもしれませんが、それやったらもうベル社は無くなってたでしょう。 エンジンの高高度性能を上げるには過給機からの吸気圧を上げてやれば言い訳で、排気をつかってタービンをぶん回し、それでコンプレッサーを動かして圧を送るのがターボスーパーチャージャーです。そしてこれ以外に過給器をダブルにして圧を増やす方法がありますが、RRのマーリン61はこの方法で成功しました。スピットファイヤMK7以降の主エンジンで、これの米国版がP-51B以降のパワーソースになりました。 アリソンもこの方法を検討し、P-63はこのタイプです。ただ、2段過給器は圧が上がる一方で過熱対策が問題です。マーリンはラジエーターを増積しましたが、アリソンは水噴射を採用しました。したがって水の手持ち分しか2段過給ができず、運用に制限が付きます。もっともロシア人はそんなこと知っちゃねえだったようですが。 ちなみにアリソンといえば、今はP-3CやC-130のターボプロップで有名ですね。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/22(金)07:55 少し最近誤植が多くてすみません |
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date 2006/9/22(金)08:02 コペテンさま 平沼赳夫氏とは郵政選挙の前に話したことがあります。興味があったのは平沼騏一郎(本人は祖父だといい、自分も新宿の佐々木大尉に焼かれた家に住んでいた、といっていました)の「複雑怪奇」のあと、テロに襲われた背景についてです。 赳夫氏は「軍部」の仕業だと明言していました。ただ、暴力団3人の犯行はわかっているのですが、背景は諸説あったのですが、やはり阿南惟幾バック説は事実に思えました。 騏一郎は検察畑の人間で、異様とも思えるくらいの「反共」「反社会主義」人間でした。当然「容共」も嫌いで、「近衛は赤だ」「軍部(統制派)も赤だ」と死ぬまでいっていました。ただ、背景からして外交がわかっていた人間ではありません。「複雑怪奇」はモロトフ=リッペントロップ協定成立でそのようなことをいったのですが、ヒトラーが共産主義と手を組んだことにショックをうけたもので、反共人間とすればそれも当然でしょう。 これからあとも、騏一郎は「反共」を軸に、ものごとを判断しています。昭和天皇は平沼がポツダム宣言受諾に反対したことを怒り、かつなぜ阿南一味に自宅を燃やされたのか「わけがわからぬ」「二股をかけたからだ」と疑問を呈されています。ただ、騏一郎からすれば「反共」のためにはポツダム宣言を拒否すべきと考えただけなんですね。阿南にとっては仇敵だったんですね。 平沼赳夫が山本一太を「抹殺してやるぞ」といったとして、それを公開の場でなくやったとすれば、山本はそれこそ警察に告発すればいいでしょう。赳夫も政治家ですから、問題とすべきなのは政治的行動です。騏一郎が問題なのはテロにあったことではなくて、ポツダム宣言受諾に反対したことです。赳夫の問題とすれば「郵政民営化法案」に青票(反対)を投じたことです。それ以前、赳夫は郵政民営化は反対するわけではないが重要度が低く、上から15番目だといっていました。それであれば、青票ではなく棄権か欠席すべきだったと思います。とにかく重要でないのですから、それを理由に脱党行動をとるのは筋に反します。 青票の前にそのようにアドバイスした人は多かったのですが、青票を入れました。当然、責任をとる必要はあり、今、伊吹派代表として総裁選にもたつべき人でしたが、世間では失脚とみるのが普通ではないでしょうか? 別宮 |
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date 2006/9/22(金)08:58 別宮様へ、 解説ありがとうございます。 ふむ、Pactの方が「悪しき」同盟という意味が含まれている、というようなところと考えてよいでしょうか。 ただ、私が現在読んでいる本は名前からするとロシア系(ひょっとするとポーランド系)のアメリカ人のようですから、PactとTreatyの扱いが雑なのかもしれませんが、どうも一定の傾向がありません。 ところで、 conciliation pact の方は、・・・もしよろしければ、ご教授頂きたいのですが、・・・。 med |
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date 2006/9/22(金)09:36 困ぺい糖様、eastbind様、 P-39がソ連で重用された理由ですが、ソ連の過酷な戦場と粗放な整備の下で活動できるというのは確かに大事な条件だと思います。 P-39が何故、そんなに人気があったのか、一方で、スピットやハリケーンが何故酷評されたのか、「ロシア人の好み」はわからん、という結論なのかもしれませんが。 昔読んだ本には、「12.7mmが当たっても敵機はなかなか落ちないが、37mmが当たると1発で敵機がへし折れた」というようなのがありました。 P-39の爆装写真が無いというのは、興味深いですね。 P-63の開発をベル社が宣伝したというのは面白い話ですね。 それにしてもP-63みたいのを2500機だか造っちゃうんですからアメリカってすごいですね。 med |
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date 2006/9/22(金)10:59 困ぺい糖様、med様 |
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date 2006/9/22(金)15:19 枯山様、困ぺい糖様 |
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date 2006/9/22(金)19:14 med様 パウルスの几帳面というか融通が利かない面というのは良く指摘されますね おそらくA軍集団の撤退を決断すべきだったのはヒトラーだったと思います 私は 本当に鉄の意志があったのなら癇癪は無いと思うのです クバン橋頭堡...で私が一番最初に頭に浮んだのは恥ずかしながら映画でした... |
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date 2006/9/22(金)20:10 medさま "pact"というのは、ども語感が悪いんですよ。すなわち日本人が「ピース」=平和と思うところに原因がある気がするんですね。例えばベルサイユ条約の表紙は"Condition of Peace(Paix)"であって、「(ドイツよ)講和のための条件」であることは明らかです。 つまり、要は顔のパックのようなもので、(不自然に)取り繕ってるんですね。英米人は自分達が結んだ条約を"pact"といわないような気がします(全部自然だから・・・)。"Warsaw pact"はあってもNATOだったり・・・。安倍はナショナリストで、チャーチルはパトリオットとか、アメリカ左翼は薄汚いところがあります。日本の左翼も戦前の軍部は国家主義で、蒋介石のはナショナリズムとかですね(これはもっと悪質ですね)。 "conciliation pact"は"Historic OED"には用語としてのっていましたが、私のわかる言葉(すなわち18世紀の条約で、ラテン語はあった)の条約は実例としてありませんでした。以上は固有名詞ですが、「宥和のための条約」という意味ですから、信義のない国(ロシア)と怯えた小国(フィンランド、バルト3国)というような組み合わせだとピッタリきますね。当然、そのうちロシアに破られるのですが・・・。 別宮 |
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date 2006/9/22(金)21:36 アリソン社,まだ有ったんですね。 わりこみ,失礼します。 わたしは,あの「カツオブシ」が大好き。 なぜ? 米軍機の生産ロットは,すごいとしか言いようがない。 1万機以上生産されたのが ソ連兵の好みは,わたしには,イマイチ納得できないのが多い。 英国のバレンタイン 歴史群像が戦象の特集記事を載せています。 タイでは今でも役畜として象が使われ 象も馬もヒトの戦から解放されて,よかったですね。 今週は疲れた,1海里は謎のまま,渡来静 |
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date 2006/9/22(金)21:42 med様 eastbind様 ひとつヒントとなるのは、彼らの好んで実施した空戦の戦法です。 5000m以下の低高度を文字通り高速で駆け抜け、すばやいロールでグルングルンまわりながら、一撃離脱をかけてくるドイツ機の機銃軸線を回避する、あるいは後ろにつく、を繰り返したようです。これはハルトマンやリッペルトらの目撃談があります。 P-39の翼面過重はスピットよりも重いので、旋回には難がありましたが、アリソンの威力がスムーズに発揮できる中低空域では逆に鋭いロールを打てたのではないかと思います。ただし、こういう機体だと、パイロットが気を抜いたり過信すると、イエーガーの経験ではないですが、低空で悪性のフラットスピンに入った場合など文字通りバレルロールで、DIG
INでしょう。 P-39については前にも述べましたように、部隊によっては37mmを外して、ベレシン20mmに換装してますから、37mm砲付を評価、という従来説も少し変更が要るかもしれません。 紫電改は…。最近はあんまりいい話かえって聞かないよね。陸軍の四式戦のほうが株が上がり気味にも見えるんだが… 困ぺい糖 |
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date 2006/9/22(金)22:18 MUTIさま ご返信ありがとうございます。(こちらの返信が遅くなりすいません) 「自由韓国に竹島を認めてあげれば」というのは....水に落ちた猫を叩くのは可愛そうだなと ---------------------------------------------------- しかしハイテクはなくても機関銃をもった近代軍に民衆は勝てそうにありません。 この後の半島情勢は不勉強な私にはあまり想定できませんが、 ------------------------------ |
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date 2006/9/23(土)09:29 ペルソナングラータさま ご指摘の通りで、ルーマニア参戦の裏のイタリアありは事実でしょう。そもそも春のダンクルとコンラートの南チロル攻勢に端を発していて、イタリア人はオーストリア人からの苦境をロシアの攻勢とルーマニアの参戦によって脱しようとしたんでしょう。 南チロル戦線ではイタリア軍は点在する高山の山頂・山腹に陣取りましたが、オーストリア軍はU字状の谷を駆け抜けたんですね。イタリア軍の方はオーストリア軍が虱潰しに山に攻めてくることを期待したんですが、下を通り抜けられると、補給を断たれて降参ということになったようです。チロルといってもガルダ湖やベロナのすぐそばなんですが、2〜3000メートルの急峻な山があるようですね。こんな山の上で越冬を要求された兵士はたまらないですよね。 それでも急造登山鉄道、ロープウェーをつくって補給し、凍死者が続出という話はききません。平地(U字谷)におとなしく塹壕掘った方がわかりやすいので、兵士は司令部にたいする信頼を失いました。 ただ、ルーマニア人はイタリア人の要請に沿ってブルシロフが攻勢に出、それが成功とみてとって、トランシルバニアを頂戴する千載一遇の好機とみて参戦したんでしょう。イタリア人に渋るフランスを説得させ、イギリス人にコンスタンチノープルをとってみせるぞなぞと虚勢を張ったのは事実でしょうが・・・。でも、手回しよくイギリス人、フランス人は観戦武官をおくっていますが、イタリア人はいませんね(日本人までいるのに)。結論からいえば、ロシアはルーマニアの参戦を歓迎しませんでした。戦線が延びるのが嫌だったんですね。 フランスは騒ぎを起して、西部戦線の負担が減ればいいので、持久に出てくれるのが望ましいんですね。結局、トルコ嫌いのアスキス、ロイド=ジョージが、ガリポリの恨みを晴らそうといって頑張ったのが、ルーマニアの戦争のやり方にはねたんでしょう。 関東圏は言語対立がないんですよ。理由はお上に弱いから。とにかく床屋が値上げ宣言に「お上のお達しにより値上げの已む無きに・・・」と書くくらいですから。じっさいは、東京の下町言葉は標準語と相当に違いますが、住民は恥じていて、公式の場では使うべきでないと認識しています。「テメーラ、この・・・」と叫べば、社会的に抹殺されます。小学校で女の先生が「あたいたちはネェー」といったところ、保護者から排斥運動が起きました。 別宮 |
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date 2006/9/23(土)10:19 みなさま、 国旗国歌の件で違憲判決のようですが、判決はどのような理由によるのでしょうか。 「自由」は初めから無償で与えられるものとは思えないのですが、、、 新聞から引用ですが、 アメリカ人の大学生を教えていますが、彼らは本当につまらないですが意見だけは言います。 アメリカ人も国歌の歌詞は多数が知らないわけですが、 それにしても、判決理由が気になります。 R |
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date 2006/9/23(土)11:09 Rさま 日本の法制はご承知のように大陸法制からきています。現行憲法では「思想・信条の自由」「学問の自由」が認められています。日本の法学からすると、この自由が外形的にも保障されるべきだとします。 具体的にいえば、戦前の京大滝川事件のようなことがあってはならず、政府が著作などを理由として国公立学校教員を解雇したり懲罰にかけたりしてはならないということです。これは憲法規定でありますし、大方の国民の納得するところではないでしょうか。 今度の東京地裁判決の難波裁判長という人は「目立ちたがり屋」の労働法畑です。過去では労組不利の判決も出しています。今回のこの人の言い分は「日の丸などは戦前、軍国主義の象徴だった時期があり、それを思想としてもった結果、反日の丸の具体的意思表示をすることは思想・信条の自由の範囲内における出来事である」としたものです。 こういった、「思想・信条の自由の表現の範囲」など、例えば「卒業式で不起立が該当するか」は実定法で定めることなど不可能です。これは裁判所で判断せねばならないでしょう。 ですが、今回の難波判決の問題は「日の丸が戦前軍国主義の象徴」と決め付けたことです。軍国主義が政治的主張であれば反軍国主義も政治的主張です。もし、難波が軍国主義に賛成であれば、今回のような判決をくだしたでしょうか?やはり下さないと思います。その意味で、司法が(一般)政治に関与した疑いを棄て切れません。というのは行政府の長である首相が「国旗を敬うのは当然」だとして、軍国主義・反軍国主義と関連づけることを否定しているんです。司法も「国旗・国家法」の趣旨に沿って国旗を理解せねばならず(強制を要求しないだけに止まらない)、「裁判官の政治的信条」は判決と関係があってはならないんです。 一方で、東京検察庁特捜部の大鶴部長は「汗水たらして働いている人々が納得する検察活動・・・」といっています。これは誤りです。健康を害し体を動かすことができない人でも、人々を感動させる音楽をつくることができます。ただ、幸運だけで大金持ちになることができます。こういった人々は大鶴の検察活動にいったい障害となるのでしょうか? 試験に受かったくらいでのぼせ上がった法曹家が、政治に介入して独りよがりの正義感ぶっている気がしてなりません。陸大合格くらいでのぼせ上がった省部将校がいったい何を始めたのか?難波のような人物は、じつは軍国主義メンタリティーから脱けられないのでは? 別宮 |
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date 2006/9/23(土)11:16 Rさま ご覧になられた女教師の発言と言うのは、小役人特有な小ズルクも狭隘なものです。 実は、これで国を危うくしたことがわが国はありました。戦前戦中の東京勤めの軍人は政治を重臣層が壟断するのはけしからんと叫びました。そしてタイの軍人の如くクーデターを企画したりしました。この場合、彼らの『自由』とポストを妨げたのは、重臣、つまりそれを重用する昭和天皇だ、と言っていたわけです。 いずれの場合も彼らの公権力を担保し、地位を保証してくれているのは大日本帝国であり、日本国です。それを否定するということは、公務員辞めますか?ということでしょう。 日教組は高い組合費のせいもあって今や全教員中の組織率は1割程度ではないかと思います。でも、その中の人は、教員というプロ資格者ではなく、まず、教組という組織に所属していると考えているようです。これは陸軍天保銭が帝国の軍人であるよりも参本、陸軍省の組織人であることに熱心であったことに通じます。 ご承知かと思いますが、社民党の本部が三宅坂(旧参本)というのも示唆的ではありますね。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/23(土)14:52 Rさま 私たち一般市民が起立しない、歌わないは自由だと思うんですけど、発育途上で「思想・信条」が確立していない学生に多大な影響を与える存在である先生は自由であるべきではないですよね。教員の自由は制限されているべきでしょう。担任の先生がむっつりそっぽ向いた状態では、生徒も歌いにくくてかわいそうです。 安倍晋三が彼の本に「安保反対の先生のエピソード」を書いてますが、教室で、関係もないのに滔々と安保の罪悪を列挙したりする(しかも、晋三坊やが反論したら、無視…)、というのが、彼らの自由メンタリティですから、仕方ないのかもしれません。元来、大人に対して言うべき事ですよね。でも、大学で政治学を教えられるほどの能力がないから、小学校や中学校でお子様相手をして我慢しているような連中ですから、根が卑屈なんですね。国旗と国歌斉唱も、オリンピックや大相撲の千秋楽で、一人「軍国主義反対」とやればいい事でしょう。 荒川静香金メダルで、テレビ局に「日の丸見せるな」と抗議をした、というのは聞きませんでした。学生の前でやる、というのに、彼らのくらーい喜びがあるのでしょう。 いつも欧米語ではセットで言われる「自由と正義」「自由と責任」とは、結局「他人の自由を保障する義務」の事でしょう。ヴォルテール風に言えば、「命をかけても、そのために戦う」になります。「他人に対する義務」は「自分に対する権利」を生み、近代社会の出来上がり、となるわけですが、欧米左翼人士の性根が座っているのは、(もちろん、例外のハズレ人士もいますけどね…)これを自覚しているためですかね。 こういう先生は、裁判なんかしないでしょうね。 |
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date 2006/9/23(土)16:04 別宮様 寅さんの人気などを見ても感じますが、実際には東京の皆さんも、官僚的「東京」の圧迫に苦しんでおられるのですね。「民都」大阪はじめ関西圏は、好き放題、言い放題、借金し放題、悪事働き放題で、無責任の上にえらそうな顔をしていますが、どうもウィーン(東京)と二重帝国のスラブ諸領のような感じかもしれませんね。 イタリアの北部山岳地帯は、氷河の影響でほんとうに凹字になってますから、(Googleの地図で、「航空写真」を見ると、ガルダ湖に平行して、ヴェローナに向かって、どんどん狭くなる一本道でえぐれてるのがわかります。湖の反対側へは抜けれません)、永久にトレントにはつけませんが、前進しようとすること自体、無謀かもしれません。 カポレットからピアヴェへの流れでは、伊軍は英仏の援軍のおかげで持ちこたえましたが、ルーマニアに援軍を送れるのは、ロシア以外は地理上日本だけですね。まず地図とにらめっこするべきだったかもしれません。あの国は、イタリアが運よくオーストリアと開戦しても、直接つながりのないドイツとはすぐに開戦せずにすんだので、同じようになればいいなぁ…、なんて考えていたのかもしれませんね。 貴重なご教示、いつも有難うございます。 |
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date 2006/9/23(土)19:56 困ぺい糖様 確かに外交抜きの作戦談義というのは論点がおかしくなるのですから、当方がもう少し配慮しなければならないところにも関わらず、長々とお付き合いしてもらいましてありがとうございます。陸軍が昭和19年には持久戦戦略に切替されていたのなら、サイパン・グアム・硫黄島がベルダンならぬ『米軍三大挽肉場』と化したかも知れないのですが、大本営(参謀本部)の頑なさを見ると栗林中将の方針転換こそ奇跡のように思えてきてしまいます。我国が硫黄島及び沖縄防衛戦で従来の水際作戦方針を採用し、苦も無く米軍に早期撃破されていたのなら、ドイツ降伏の5月以前には九州上陸作戦が実行されてしまい、史実よりも厳しい敗戦が待ち構えていたのではないのかと思います。 さて話題を終戦クーデタに戻すのですが、阿南一派の罪科は2・26事件と同等か、それ以上(畏れ多くも宮中に直接機関銃を向ける行為)だと思っておりますが、先に皆様から御指摘された点によりクーデター計画参画者が司直の手が及ばず、占領中にこうした陸軍一派が米軍に「敵の敵は味方として」重用された経緯は納得は全く出来ませんが理解は出来る範疇ではあります。ただどうしても納得できないのはこの一味が占領終了後の昭和27年以降ものうのうと戦後の自衛隊関連に屯して、禄を食むという事態はどう考えても異常事態にしか思えないところがあります。勿論彼等は戦史部に左遷されたのはわかりますが、そもそもこの一派は自衛隊員が入隊する際の基本となる「忠誠契約」に違反しているような手合いなのですから、講和条約発効をもって即刻解雇処分するのが妥当としか思えません。 我国が官僚の任免を国民に選出された政治家(大臣)が任意に出来ない制度からくる弊害が出たと考えますが、これら「オレ国体論」者が戦後司直にもかからなければ反省の様子も微塵もなく、むしろ口裏合わせ放題の立場から拵えた「正当化+カバーストーリー」普及行為に精出する有様を眼前に見せ付けられたのが、国民の戦後から長く続く陸軍不信の元凶なのではないのかと思えてなりません。また一つ気になるのは戦後左右を問わず終戦クーデターに関して研究者が乗り気ではないのがどうも気になります。特に皇室にたいして敬意も禁忌感覚を持ち合わせない左翼連が研究にやる気がないのには不審な気がするのですが。 枯山 |
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date 2006/9/23(土)20:03 別宮さま、皆様 奈良大学の学長が、予算の500円のずれで、官僚に東京まで何度も呼び出されるので、なぜかと思ったら、接待がたりないせいだった。 戦前の官僚とマスコミが、企業をいかに駄目にしていったかの具体的な話を、星新一が、「官僚は強し、人民は強し」で、生々しく書いていました。 失われた10年にしろ、失われた20年にしろ、官僚に力をもたすとろくな事はないという事を、学校教育でもっと教えるべきでしょうね。 ところで、ぜんぜん、関係のない話題なのですが(前にあった質問ならごめんなさい)、 日露戦争のときに、気球はあったはずですが、どうして使われなかったのでしょうか? |
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date 2006/9/23(土)20:06 Rさま 裁判官の阿呆さ、目茶苦茶ぶりにはお三方が触れてますので、会社員としてどう思うかですが・・・ 率直に言ってこの教員どもさっさとクビでしょう。上司や通達に逆らえる時点でクビないし降格は当然です。だいたいいやな仕事もやるからこそ給料がもらえておまんまが食べれるんだ、そんなにイヤならさっさとやめてくれ、それがあんたらの言う自由だろ!!! ・・・失礼しました、まあとにかく意見を言うのは大変良いのですけど、話し合いで決まったことには従おうねという当然の教育を否定するわけですから参ります。 SLEEP |
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date 2006/9/23(土)21:48 R様 皆様 皆様と似たような主張になりますが、お邪魔します。 法学徒として学んだことで、法学そのものよりも更に深く学んだことの一つに、試験秀才の裁判官にあまりに非常識、アホな人間が多いということがあります。陪審制の導入も近付き、その手のろくでもない裁判官の事例を扱う本や記事も最近、増えてきているようです(ついでにいえば陪審制の反対を唱える人間にアホ左翼的言辞が多いのは偶然でしょうか?)。 |
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date 2006/9/24(日)07:21 R様 おそらく裁判所が決める事なのでしょう 裁判までやらないといけなくなったのは都教委と教師側双方に問題があると思います 私自身の事を言えば 子供の頃はわけもわからず教えられた通りにはしました それにしても日本もおかしいといえばおかしいものです |
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date 2006/9/24(日)08:01 私には、兵頭二十八氏の以下の文が要点として意を尽くしていると思われます。 > 民主主義体制では国家は有権者たる国民が選んだものです。 http://sorceress.raindrop.jp/blog/2006/09/#a000719 件の教師の問題点は、以上でつきますが、今回の事態に対する視点としては、 |
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date 2006/9/24(日)08:17 遼馬さま 国立大学の学長は、裁判官・検事はたまたかつての軍人と違い、暴力行使(他人を拘引したり、脅迫したり)は普通できませんよね。ですから、発言はある程度自由です。でもまあ、ウソはよくないですね。 「予算」というと国立大学の場合、財務省の主計官ということになりますが、こういった人(例は片山さつき)は、まず接待をうけません。今は官官であっても即クビでしょう。普通は国政調査権のある地元出身代議士に頼みますが、「票」にならないとどうでしょうか? また極東の官僚は儒学の影響をうけています。とくに孔孟のときの儒学は完全に官僚の処世術です。例えば「子曰民可使由之 不可使知之」(民衆は使うもので、知らせる必要はない)などと、今日の目からみて暴言を吐いているんですね。孔子のいう「君子」とは官僚や官僚予備軍のことです。こんなものに、まともに従うとどうなるかは韓国をみればよくわかります。 日露戦争のとき気球はすでに利用されています。ただ、点で上ですから、部隊移動の把握などはできません。また対象判断には写真とした方がいいのですが、当時は乾板写真で重いためか、日本側に気球写真は残っていません。ただ、乃木日記には毎朝、情報将校を加えた地図上での検討をやった記録がありますから、観測員の意見は重視されたでしょう。 それと、飛行機の場合、当初最大に利用されたのは弾着観測です。これについて気球から、大声とか手旗で連絡して試みた記録がありますが、やはりアナログ(××地点東方500メートル弾着という言い方)であり有用ではなかったのでは?第一次大戦ではデジタル(地表を碁盤の目で区切り、A−54命中という言い方)手法が開発されてから、初めて飛行機による弾着観測が恒例化されました。 別宮 |
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date 2006/9/24(日)08:58 別宮様へ、 重ね重ねありがとうございます。 ソ連は1930年代にPactを連発しているみたいですね。 現在のサハリンの油田開発を見てもロシア人の条約に対する意識がよくわかります。 よーするに彼らにとっての条約って言うのは、「相手に守らせる物」なんでしょうね。 med |
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date 2006/9/24(日)09:02 別宮さま ここ数ヶ月、福岡市教育委員会は市民から糾弾の対象となっています。 ・・・記・・・ 2.主任等は「中間管理職でない」とした主任等の制度化時の文部大臣見解に示されるように、 3.主任等の選任にあたっては、識見、教育実践力、教職員をまとめる力量などが十分考慮される 4.「主任が、教育指導面を担当するという点を一層明らかにしてその役割の充実を期待する」とした 5.発令前の段階で、主任等の呼称を使用して紹介を行うことは不適切である。 6.今後、主任制度に関わり問題が生じた場合は、両者で十分協議し解決にあたるものとする。 福岡市教育委員会学務部長 陣川桂三 印 福岡県教職員組合福岡支部書記長 中村仁志 印 おそらく、「漢委奴国王」が発見された金印公園に「郭沫若詩文石碑」を設置したのも、この教育委員会です。 【追記】 みなさまのご意見・ご感想をお聞かせください。 黒田 謹言 |
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date 2006/9/24(日)09:13 eastbind様、困ぺい糖様、 eastbind>うち12000基以上がソ連に送られた模様です。 うっ、すごい。 それにしても1万2千ですか、・・・。 P-39がソ連にとって「丈夫」だったのはこのとんでもない数のスペアエンジンのおかげ、というわけですね。 困ぺい糖様が指摘されたように37mmから20mmへの積み替えが行われていたとすると、「37mm信奉説」もちょっと苦しいです。 P-63の開発の話をベル社が宣伝したというのと併せて考えると、ソ連にとっては特にP-39/63に拘っていたわけではなく、そこそこ使えてスペアエンジンをたくさん付けてくれる機体が欲しかっただけなのでしょう。 それにしても、1万2千のエンジンねぇ、・・・。 med |
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date 2006/9/24(日)09:31 枯山様 防研戦史は彼らが作った戦記物ですが、これ全編言い訳に満ちています。今回の本土作戦についても同様です。そして、気がつくのは、たぶん前線に行ったことのない人間が書いたものだということです。 そして、終戦クーデタについて、陸軍刑法消滅後の刑事訴追にあたる重大な事件は、森師団長と白石少佐の殺害です。しかし、これらは下手人筆頭の畑中、そして近衛連隊部隊移動の偽命令を作った古賀がともに自殺してしまいましたから、死人に口なしです。あとの竹中、井田らは口裏合わせに奔走しました。このときはまだ陸軍刑法は確かに生きていましたが、当の陸相が首謀者ですから、憲兵隊もこれを突き崩すような捜査は事実上出来なかったと思われます。つまり初動もなにもあったものじゃなかったということで、たとえ警察が引き継いでも厳しかったでしょう。 ただ、こういったことは内閣閣僚になるくらいの政治家は情報として得られたと思います。戦後、ずっと日本の政治に特徴として見られるのが根強い反軍感情です。これはこのときのことに対する省部軍人たちに対する警戒感から出ていると思います。したがって社共に言われたり、中韓にワイワイ言われずとも、できうる限りのミニマムアーミーを指向して今日に至りました。吉田茂がダレスの32万人スモールアーミー(戦前平時の陸軍現役定数とほぼ同じ)を拒否したのはこのためです。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/24(日)09:33 ロック様へ、 まじめに統治を行っている最高権力者というのはとっても多忙です。 まして、ヒトラーは戦争をやっていたのです。 時に癇癪を起こそうと、時に錯乱しようと、複雑なドイツ国内統治とヨーロッパ外交、そして戦争を12年ちょっと継続したというだけで、充分に「常人」ではなく、善悪は別として、充分に「鉄の意志」だと、個人的には考えます。 並みの精神力や体力では「独裁者」になれないんじゃないかと。 逆に言えば、「知力・体力・精神力」に優れた人間が変な方向に行くと、世界が大変になるわけで、・・・・。 med |
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date 2006/9/24(日)09:50 機付員さま >中・長期的には中共のような専制体質にはやはり不満が高まると考えます。 朝鮮戦争開戦時に韓国陸軍第1師団長で、後に陸軍参謀総長になった白善Y(三文字目は、「火」偏に「華」ですので、環境によっては表示されないかもしれません。)という方がいます。 この方の著作に、共産ゲリラの陰惨なエピソードが出てきます。 朝鮮戦争前後、韓国国内でゲリラ戦を行った共産主義者集団は、自分たち組織の人数を増やすため、 村の人間を一カ所に集め、年配者と若者に区分し、 自分の両親を殺す選択を強いられ、愕然・呆然とする若者達を連行し、 こういう形で取り込まれてしまった者は、はじめから絶望しているので、 今の韓国では、こういった過去の共産主義者の残酷な行為は「忘れられて」います。 朝鮮戦争時、南に侵略した北朝鮮軍は、随所で韓国の若者を徴用し、 現大統領の妻の父親は、過去共産ゲリラであり逮捕の経歴があることを選挙期間に対抗陣営から指摘されているのですが ということは、おそらく、「女子学生をひき殺した米軍をかばうためのでっち上げ」、 どうも、歴史的・文化的・社会的に 韓国国民は専制に不満を持っても、相手に正統性や権威を感じる限り、 かつての元の侵攻の際には、漢民族の国に事(つか)える方が正統、という立場がありましたが、 >傀儡といわれても「自由韓国」が有った方が、反乱用武器供与にしても反抗上陸にしても たしかに、「便利」なのですが、ここで一つ問題があるように思います。 そして、上記の過程をへて「自由韓国」の反抗が成功し、彼らが政権を取った暁には、 米国が冷戦末期、対ソ戦略のためにイスラムゲリラにばらまいた武器がどうなっているか、 そして、「自由韓国」に求める戦略的立場も、あくまで合法的行為の枠内のものであるべきでしょう。 >出雲大社に行くことを優先し松江の夜はゆっくり過ごせませんでした。 |
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date 2006/9/24(日)10:31 eastbind様 取り上げられた本はどうも神奈川県以外では人気がないようです。茅ヶ崎市役所の作った本ですから仕方がないですが。 ただ、いずれの場合も、あの戦争は茅ヶ崎市や東金町だけが戦ったものではない、ということは、茅ヶ崎のすぐ北、米第8軍戦車がゴロゴロ北上したであろう沿道近くに居住した私には断言できます。 ところで、コロネット作戦について、アメリカ軍は東京に対するピンサームーブメント(挟み撃ち)を実施しようとしたようです。これは単独突進の際の側面からの先端包囲を防ぐためです。日本軍の攻勢防御を予め想定してそうなったと思います。つまり、攻勢移転のための敵予備兵力(この場合は決号兵団)を分割するためです。 ピンサーの場合のどちらが主攻だったか?は実はかなり難しいものがあります。当初作戦計画でどちらが一番乗り、と決めていても、敵情によって常に順番は変わる流動性は覚悟せねばなりません。コロネットの8/15前の最終案ではDdayに千葉、Dday+5日で相模になっています。これは房総半島突破に時間がかかると見たからかもしれません。 ただ、当初各々の海岸に3,4個師団ずつ、後詰めが五日後、機動決戦兵団が一ヶ月以内順次というのは少し悠長に過ぎるように思います。兵力集中の面で敵決号師団の内戦機動による到着を考えれば十分とはいえません。橋頭堡ポケット雪隠詰めの公算も高まります。硫黄島はハワイとマリアナから3個師団長躯で、Ddayに2個師、後詰め1個師は翌日上陸開始です。たぶん、このときには九州、沖縄が策源地ですから、これよりは兵站面でも有利なはずです。あるいはアメリカ軍らしく本人たちが言うところの隠し玉でもあったのかもしれません。 とにかく、これは自戒も込めてですが、実際に実施されなかった作戦を検証するというのは難しい面が多いものです。茅ヶ崎本も太平洋軍の参謀報告が基ですね。これはあくまで将領(統合参謀本部など上層部)に対するケーススタディですから、いろいろシミュレーションはやるものです。参謀本部が本気で取り上げるつもりなら、このあと兵棋演習を実施して実働に向け議論を深めますが、やらぬうちに戦争が終わってしまいました。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/24(日)10:42 eastbind様、他皆様へ、 日本軍関係は詳しくないのですが、・・・。 さっと地形をみてみましたが、海水浴場が多くて、つまり米軍のLSTやLVTが使いやすい砂浜が多くて、・・・。 でも第百四十師団はそこそこ質があったみたいですから、1週間ぐらいは降伏しないでがんばってくれる物と信じたいです。 思うに1945年の状態では、「奥地持久作戦」というのは既に不可能になっていたんじゃないかと、そう思います。 部隊は事前に集積された物資を使い切ったら終わりだったのでは、・・・。 「穴掘って篭る」、というのは「島」では成立しましたけど、本土では「包囲」されて迂回されて、放置される可能性が高いです。まあ砲弾・爆弾はご馳走してくれるでしょうけど。 だから、だめ元で、「水際」に賭けるしか無かったんじゃあないかと、・・・。 med |
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date 2006/9/24(日)12:06 皆々様 ドイツでのリニアの事故、悲惨ですね。8年前のICE新幹線大脱線に続いて、またやったかドイツ、っていう感じですが、日本じゃ「システム上の安全対策の不備」でとことん糾弾されるところ、「ただの人的ミス」で済ませる大陸思想ですから、仕方ないでしょうね。 気になったニュースですが、中国では、このニュースの報道にも、規制をかけているらしいです。「民は、いらん事は知らなくて良い」、「大事なのは君主(共産党)の無謬性」という事なんですね。上海に旅行する日本人や欧米人だけが、イヤーな思いをして、リニアに乗ることになるのでしょう。 ドイツのリニア開発会社は、「とっととドイツで営業路線を作らなきゃ、技術を中国にうるぞ!」と国に脅しをかけてたそうで… こっちもこわい話ですね。 ペルソナングラータ |
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date 2006/9/24(日)13:14 med様 そう、ついでに、両方とも漁場と温泉が近い(w 真面目な話にもどすと、実は昭和天皇が一番懸念されたのがご指摘部分だったじゃないかと思います。 300番台は根こそぎ動員の乙種以下合格や予備役でもいいかげん腰が痛くなった老兵ばかりでした。第一小銃さえ満足に支給していません。歩兵には竹やり、戦車にはアンパンです。これでは士気の面からも壊滅必至でした。しかし、これが「想定の範囲内」だったんです。つまり後方の決戦兵団が野戦陣地を構えて(丘陵に塹壕掘りまくって籠もる)迎え撃てるまでの時間稼ぎです。事前に掘る場所くらいは予め決定していました。 しかし、あまりに兵の命が軽すぎます。そして、ヘタすると独断専行と独立心旺盛な帝国陸軍のこと、中には血が上った機動兵団で同朋見殺しを見るにしのびず海岸線に突進して玉砕ということも考えられます。つまりあたら大勢散華させて終わるんじゃないか、というご懸念です。 一方ではっきり言って、参本中堅などはもう、兵との信をつないで統帥に完全服従せしめることすらあきらめていたのがいたと思いますから、むしろ、こっちの「暴発」で自分の命が危ういと感じたのもいたかもしれません。だからクーデタで実戦部隊も威圧だと。 太平洋戦争とそれ以前の大きな違いは、軍に対する信頼度だったと思います。日露の頃と兵自体に違いはないですから、問題は指揮側にあったんでしょう。 困ぺい糖 |
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date 2006/9/24(日)13:21 困ぺい糖様 戦後の吉田茂の「軽武装路線」というのは、終戦クーデターが戦後の混乱期の為に法の裁きも受けずに、のうのうと弁明戦史作成に奔走する省部軍人連を二度と軍事に携わらせない為の再雇用阻止策の面が強くあったという事なのですね、どうもこの辺りの経緯を戦時中に吉田が憲兵監視下に置かれたことに対する私怨から説明される事がありましたが、それだと自分が抱いていた私怨で国軍に災い(我国の国力に不適当な軍縮体制)をなしたと考えていましたが、本当の目的は我国に害をなした「オレ国体論」の陸軍幕僚連が従来規模になれば即座に復帰する危険性の芽を摘むためには仕方の無い処置だと思えます。その意味を勘案すると『臣茂』の自称はまことに重いものがあります。 しかし、そうなると時間による省部軍人の淘汰という手段となりますので、優に30〜40年は時間を待たなければならなかったのですね、そういえば昭和50年代後半から60年になると『戦後の総決算』という言葉が出てきた意味というのは、戦時中のこうした事の経緯を明らかにする時期が到来したことを表現する適切な言葉だったのだと思います。ただ残念な事に既に省部軍人対策の「軽武装」が目的としてみる世代に加えて、憲法改正論を検討していくと「オレ国体論」では無いのかと疑われる中曽根氏が総理大臣として政権に就くところを見ると、一番の好機を我国は逃してしまったのではないのかと思えてなりません。 枯山 |
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date 2006/9/24(日)17:34 med様 12000基のエンジンで驚いては、ソ連の航空産業の不思議に圧倒されていまいます。例えばil-2シュトルモビクは総計4万機生産されて、そのエンジンであるミクリンAM-38系は10万基生産されたとされています。にもかかわらず、バグラチオン作戦時でもせいぜい2000機程度しか前線に展開していないように見えます。普通に考えれば稼動機は1000機を超えるていどではないでしょうか? |