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date 2006/10/31(火)23:27 SLEEPさま 食用家畜の生産は、輸送を含むコストが問題です。大きいのは飼料購入よりも自然放牧の方が安くつくので、放牧地確保が重要となっていました。でもBSEなどが流行すると病害予防のコストも大きくなって、つれて輸出適格とするには難しいですよね。 アフリカの実情はわかりませんが、イスラム教義に沿った羊肉となると、イスラム教国以外はお手上げでしょう。土台、市場を介した経済行為となっているかも疑問です。ただ、スーダンのダルフルが問題になっていますが、少なくともここ200年、同一の部族紛争で争っていますから難しい問題なのでしょう。イラクも同じですが、アメリカ人はどっかにいってもらって、イギリス人がプロポーザルを出し、ヨーロッパ諸国で国境を決め、分割した方がいいですよね。 だいたい第一次大戦後のイギリス的解決について、当事者能力もないくせに3枚舌など中傷する手合いがユダヤ・アラブ双方にいますよね。シオニストはパレスチナに第一次大戦以前から土地を買って入植していました。多少の根拠で、サイクスピコ協定で斜め線を引き、関係ないのにバクダット鉄道で国境を決めたら、イギリス人がいなくなってもまだ国境線が残っているわけです。イラクでもスーダンでも分割するしか手がないと思います。アメリカ人はユニオニスト(北軍)の心境でそれができないんでしょうが。 経済学としては、アフリカについては日本的分類では農業経済学というのが専門でしょう。彼らは外務省と組んで海外青年協力隊なども扱っています。本心からですが、立派な理想肌の人が多く、上総式井戸掘りとかで実績もあげていると思います。またノウハウの蓄積もありますし、他国との協力も巧みです。問題は国費という点ですが、現段階では仕方ないでしょう。私ごとになると、西洋経済史専攻で手に余ります。 別宮 |
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date 2006/11/1(水)00:19 枯山様 阿南はポツダム宣言受諾後の14日に鈴木首相に強硬に継戦主張で閣内分裂を招きすまないと言っていますね。この場合、現役陸相が首相に陳謝ですから、本当は重いものです。たぶん、鈴木も本気と受け取ったのでしょう。 阿南がクーデタ鎮圧に組し、その上で自裁したというのは、戦後義弟の竹下などが言って回ったことです。13日の時点では、竹下は阿南に井田や畑中とともにクーデタ計画(兵力使用計画)を説明しており、その席には次官の若松など、省の局長クラス以上も同席していました。 ここで、阿南の自決時間が実はポイントになります。竹下の証言により、半藤本など、多くの著作で、腹を切ったのが、5時(3時と言うのもある)となっています。つまり、森師団長殺害の報を聞いて自害という体裁です。 たぶん、実際に自決したのは6時半から7時の間でしょう。そうすると、近衛連隊皇居侵入が2時過ぎですから、3時以降、特に5時から7時の間に何があったかと言うことになります。 戦後のGHQ証言録はウィロビーのG-2の下に設けられた歴史課によって取材されました。戦後中堅軍人連中をウィロビーは庇護し、この面子が防衛研修所などに居残りました。実際、稲葉聴取など、お仲間同士の気楽さです。海軍の大井篤が終戦叛乱についてもっと聴こうとしたら、陸の連中に潰されたといって悔しそうに言い残してますね。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/1(水)09:28 ロックさま ワシントン会議とロンドン会議は本質的に違うところがあります。すなわち、ワシントン会議のとき日英米は味方同士でした。ところがロンドン会議は敵国になることを意識していました。ただ海軍人は、気づいていませんし、外務省がなぜ全権に若槻礼次郎を出してきたかもわからなかったでしょう。 問題は1921年と1930年の間に日本と英米の間で何かが変わり、信頼関係が喪失されているんですね。責任者は明らかで幣原喜重郎です。そして米英の世論として決定的だったのは、第3次南京事件でしょう。米英が日本に期待するものは何かといえば、中国に米英の利益のために派兵することです。つまり、米英は中国内で軍閥・匪賊のため居留民が危機に陥ったとき、本国から兵士をおくるのでは遅すぎるんですね。 日英同盟においてもイギリスが日本に期待したのはそれです。ところが、国民はロシアの朝鮮侵略ばかり目がいき、この双務性についての認識が甘かったんですね。現行の日本の歴史教科書でも「ソ連の南下を食い止めたいイギリスは極東では日本にその役割を期待した」と書かれていて、中国内治安維持には触れられていません。ところが、1927年に英米の要請を幣原は蹴ったばかりでなく、王正廷外交部長に気に入られんと翌年、英米が反対する中、関税自主権を認める提案を日本から申し出ているんですね。 田中角栄外交のハシリのようなものですが、日本が中国人の機嫌をいくらとっても「中国人がこの世で一番嫌いな人種は(中国人を除けば)日本人」は変えられません。こういった外交の基調がわからずに、海軍人はロンドンに出かけ、潜水艦など自分の作戦計画からくる問題のみに拘泥し、蹴られたあげく英米を恨んだわけですね。 そして日米間に領土上の係争はありません。日本にとってあったのは(田中角栄のような)支那通軍人が主張する北支分離工作です。これの是非はともかく日中間の火種はあった、とすれば周辺諸国とどうつきあえばよいか?これは当り前のことで、今のように、全世界を中国の敵に仕向ければいいんです。ところが、当時の日本人はそう考えず、中国と営利で武器取引をしている諸国を武力による脅しをかけるべき、または先制攻撃すべきという議論が、何か有力になってきたんですね。そして日独伊三国同盟をつくると、いよいよ現実のものになりました。 日本は地勢的に有利だから、外交のフリーハンドをもてる、またはもつべきと主張する左右両翼の極端な人がいますよね。共産党の非武装反米は笑い話ですが、加藤紘一・小沢一郎の日米中三角同盟は現実の会話です。第2次大戦前の長期間の独仏対立と同じで、日中対立は、中国が民主化され政策決定プロセスがオープンにならない限り、溶け合うことは不可能です。中国にたいしこれを覚悟し、アメリカの厚かましさに永遠の忍耐を示すという、「イギリスの良識」が当時の日本人には我慢がならないものだったのでしょう。 別宮 |
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date 2006/11/1(水)21:34 別宮さま ヨーロッパ人にも狂牛病は相当こたえたでしょうね、こうなるとアフリカから家畜の輸出は相当難しそうです。また鳥インフルエンザが話題になってきてますし・・・うーむなかなかうまくいかないものです。 昔自分が学校で習ったのは、アジアやアフリカの国境はヨーロッパ人が勝手に線を引いたんだ(だから不当)というものでした。でもそれなりにうまくいっているわけですよね。ローマ帝国やヴァイキング、フランクやアイルランドと血を血で洗う戦いをやってきた連中の経験知侮りがたしというべきでしょうか。日本のバカ右翼も大英帝国が嫌いみたいですけど、代案を出す気なんかさらさらない姑息な連中と言ったら言い過ぎでしょうか。 経済に関しては自分なりに頑張って勉強していきたいなと思います。 |
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date 2006/11/1(水)22:58 別宮様、SLEEP様 私など、ヨーロッパ滞在のせいで、狂牛病対策から「献血」すら出来ません… パリ生活の長かった友人などはもっとひどいことに、血をしこたま抜かれたあと、「あ、ダメですね」といわれたそうて、ブチ切れでした。安全なのかどうなのか分からないアイルランド産牛肉ばかり食べてましたけど、我が将来は大丈夫かな…。 イギリス人の国境線策定は、海上ではジブラルタル、フォークランドから香港まで、なかなか絶妙だと思います。陸上については、独立直後からすぐにドンパチをはじめたインド・パキスタン・バングラデッシュ三人衆などの例もありますけどね… (極東には、自分で国境線を引いたのではないにしろ朝鮮半島の例があるので、大日本帝国も英国を笑えませんが…) たしかにヨーロッパ人には、国境線について絶妙の現実感覚がありますね。一方、現代において地図上の危険をはらんでいる地域は、ロシアと中国の二「大帝国」の版図とその影響圏かもしれませんね。 アメリカ人の「国境の現実感覚」がニブイのは、アメリカ人が「信心深い」(→理想主義的)ためかも知れないな、なんて愚考しています。 宗教とモラルが不可分のアメリカ人と、別宮様が以前言及されていた「倫理的≠カトリック」の(西)ヨーロッパ人の間にも、結構ギャップがありますから。 ペルソナングラータ |
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date 2006/11/1(水)23:45 ペルソナ・ングラータ様、別宮様、SLEEP様 狂牛病についてですが、毎日、とんでもない量の危険部位を食べていたイギリス人でさえ、300万人に1人しか発症しなかったので、ほぼ日本では発症しない(長期イギリス滞在者除く)と考えて間違いないです。 イギリス人の研究というのは、現実的で気長です。 その反面、医療レベルはものすごく低くて、先進国とは思えない治療を平気でします。医者のレベルというよりも、制度が無茶苦茶なんです。 イギリス国教会なんていう、原理主義(新教徒?)の対極をいくようなキリスト教をもったりとか、世界史マニアからみても、イギリスは不思議な国です。 |
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date 2006/11/2(木)00:08 ペルソナングラータさま SLEEPさま 贔屓目かもしれませんが、イギリス人と違ってドイツ人の線引きはちょっとヘンですよね。第一次大戦の線引きで問題となったのはベルギーです。ルーデンドルフは最後までここの領土的要求を引っ込めなかったんですね。 そして、ベルギーとは何かといえば、ブルグンド王国(バーガンディ・ブルゴーニュ)の末裔であって、本来、サボイ・フランシュコンテ・ルクセンブルグを併せた地域であって、歴史的にはドイツ出身の部族ですが、中欧に覇を称え、ドイツ・フランスの緩衝国でした。ルーデンドルフはベルギーという緩衝国を消滅させれば、独仏国境が安定しないことがわからなかった、若しくはフランスを保護国とすることを諦めないということですから、講和になるはずがないんですよね。 一方、朝鮮半島ですが日本が日露戦争の前、38度線がどうしたとか39度線しようとか、けっこう現実感覚もってやっているんですね。また間島紛争では中華民国の肩をもった形ですから、これはウルトラ歴史主義です。やったのは内藤湖南ですが、清朝初期の線引きか、現実の言語別の居住ラインか、どちらをとるかで前者をとったんですね。私はこれは誤りだと思うんですけれども・・・。イギリス人のカーゾン・ラインはロシア人とポーランド人の言語区分に従いました。チェコのズデーテンはハプスブルグの行政区分ですよね。これは前者の方がモダンでしょう。 満州国間島省は現在吉林省延辺朝鮮族自治区になっていますが、朝鮮人は恨んでるでしょうね。イタリア人もダルマシアなど古ベネチア共和国の版図を追ったり、フランス人もルーマニア・ハンガリー国境問題ではしくじっています。イタリアの場合はアルバニアとギリシャの国境紛争仲介を依頼され調査員がアルバニア人テロリストに殺害され、ムッソリーニは「国際連盟しゃらくさいわ。アルバニア人よどうなるかみておれ」とかいって軍隊おくっていましたね。日本、ドイツ、イタリア、フランス人よりイギリス人はちょっと上回っていませんか? それはともかく、イギリスにいたころ、「狂牛病か、これでますます牛肉が安くなった。さあ食べよう」とか事実誤認をやって、むしゃむしゃ食べちゃいました。 別宮
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date 2006/11/2(木)00:40 ペルソナングラータ様 別宮様 SLEEP様 遼馬様 そりゃ、国境も、米加、米墨のようにもともと無住の地だと、一直線という引き方もできます。しかし、いかんせん、その他の中緯度国は人口密集ですからね。 さて、ご友人には気の毒ながら、リアル吸血鬼に会われたということでしょうか。洋の東西問わず血抜きに関しての怨みつらみは結構ありそうですね。前に入院したときには、一日中何かといっちゃ採血されました。ひでえときには夜中に暗く寝静まった病室で、しきいカーテンが音もなく開いて、きらっと光る注射針とともに白いナースさんの腕がにゅうっととかも。いや、あれはマジで怖かった。 さて今宵も我らの眷属の血を受け継ぐ者を増やすかな 困ぺい糖 |
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date 2006/11/2(木)20:39 別宮様 ワシントン会議ロンドン会議の経緯を見て私が思うのは では何故関係がこじれたか というと第3次南京事件が決定的だという事なのですね 加藤紘一小沢一郎は何故中国に魅入られるのでしょうね |
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date 2006/11/2(木)23:34 遼馬様、別宮様、困ぺい糖さま フローベールの「紋切型辞典」にはベルギー人のことを「出来損ないのフランス人と呼ぶべし、必ず笑いがおこる」って書いてあります。失礼な話ですが、フランス側からの心情を言い得て妙かもしれません。(朝鮮半島も、「南半分は出来損ないの日本人、北半分は出来損ないの中国人」といえば、欧米ではけっこう笑いが取れるかもしれませんが、日本人はこれは言わないほうがいいかも…) 一方、昔のドイツ国歌では「マース川からメーメル川、エッチュ川からベルト海峡まで」がドイツですけど、これだけで、ベルギーはドイツの辺境だということにするのは、無理がありますね まあ、神聖ローマ帝国の版図を引っ張り出すって言う手もありますが、そうなるとバカでっかいポーランド=リトアニア大公国などのせいで、東側がなくなります… (ちなみに、「Etsch」は、伊ヴェローナを流れるアディジェ川の事ですが、ムッソリーニがブレンナー峠でピリピリしていた理由がわからなくもないですね。) 領土について淡白な日本人はともかく、野蛮国の間での古地図の使用は、たいてい自国に都合の良いように解釈されていますから、やはり避けるべきでしょうね。ただ民族別に分けるにしても、問題は人口分布がモザイク状になった地域があることで、東欧の海沿いのように、都市がドイツ人やイタリア人、農村は(田舎モンの)スラブ人という二重構造になっていると、結構つらいものです。フィウメやダンチヒのような解決策も、あとで爆弾の火種になります。クロアチア人は、ダルマチアの町にある「聖マルコのライオン像(ベネチア共和国のシンボル)」を一つ一つつぶして回ったそうですが、こりゃまた結構コリアンな態度です。フィウメ(イタリア語で川の意味)が、今日どういうわけか川崎と姉妹都市ですから、まぁいい加減なもんですけど… 韓国も、高句麗問題で中国ともめ始めたらしいですから、だんだん歴史書の恐ろしさがわかってくることでしょう。しめしめ・・・。 たとえ献血できずとも、「大陸(大陸娘?)が恋しい」といつも血が騒ぐ (英国娘と日本女の共通点は… 流行が脱線しだすと止まらないこと…か?) |
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date 2006/11/2(木)23:58 別宮さま、ならびに常連のみなさま 思いますに現実無視の曲学阿世の連中が、過去の歴史を鑑みましてとやりだすのが諸悪の根源ではないでしょうか。未来の国境を決めるのに過去を見てどうするよ?という真っ当な意見はなかなか出ませんから、困ったものですね。この辺お隣の「未来志向」にも通じますが。 某自動車雑誌の記事でドイツ人なんかただの田舎もので、日本と韓国の違いもわからないというのがありました。ドイツ崇拝の根強いあの業界でなんと勇気のある雑誌だと感心しますが、たしかにロンドン、パリ(北イタリア)には永遠に勝てないでしょう。せめてベルリン宮殿でも残しておけばと思うわけですが。いやドイツ人ってじゃあ何?といういつもの泥沼にはまりそうなのでこの辺で失礼します。 のだめカンタービレのシュトレーゼマン(竹中直人)に爆笑したSLEEP |
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date 2006/11/3(金)07:29 別宮様 毎回丁寧に御答えを頂きまして感謝しております 上海決戦から南京攻略 近衛の相手にせず発言までの事を考えてみたのですが |
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date 2006/11/3(金)08:33 皆様 国境線変更のパターンは3通りしかないようですね。 1.前の戦争の結果(休戦協定、講和条約、泣き寝入り) 今、実は日本で人気があるのが2、ついで3なんですが、これは実は単独では成立しないジレンマがあります。 外交によって戦争を防止できるという理屈もわかるのですが、戦争を防止するための外交となると、今度はそのための国益妥協となってしまう場合が往々にしてあります。砲弾と引き換えに無住の原野をくれてやる程度ならまだしも、もっと死活的な問題も戦争がないからで妥協しちまうわけです。 ただ、ベルギーや朝鮮のような小国は厳しいですね。大概領土妥協=亡国ですから、なら玉砕覚悟で抗戦か、となります。そして、玉砕したくないなら他の大国の協力を仰ぐのが唯一の道となります。 現在の北朝鮮問題の最大のネックは韓国の盧武絃が上記の倒錯外交の劣化コピーを信条としている点で、金正日が条件闘争ととらえる6カ国協議復帰に快哉叫ぶようなことになっている点です。これは中国式の寝返り容認外交のつけ込む余地でしょうね。 困ぺい糖 P.S. 番外:嫌韓流をあの絵のクオリティーでやるプロダクションがあったら逝ってよし。 |
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date 2006/11/3(金)08:59 困ぺい糖様 なるほど、検死調書を無視して竹下の話を採用する意図には阿南が首謀者ではないか、もしくは最後は鎮圧側に廻ったのだと言う根拠として大事なのがわかりました。近衛師団ハイジャックの一報が耳に入った段階で即座に叛乱軍将校連の軽挙盲動を防止できなかったために責任を取って割腹自殺を遂げたという話の整合性をとるには竹下証言に執着するしかないというのが良くわかります。自決時間が遅ければ遅いほど実行した計画が最期に崩壊するまで悪あがきをした挙句に、計画参画者に次々とが手のひらを返されて口々に自決を迫られる醜態を演じ、終に「大逆罪+内乱罪」の犯罪者として極刑が確定した段階で自決をやむなくうけいれた人物という疑惑が強まるのですから。 ただ早期自決説となると、まるで義弟竹下が阿南を介錯せずに最低2時間(極端説だと4時間近く)も苦しみ悶える陸軍大臣を放置していたという話になりますので、竹下が異様な人物ととられかねないと思うのですが、この無理な場面を美談調に書いて納得させようとするのが『一身の不明を恥じる余り自決の苦しみを、最後まで受ける選択をした阿南陸軍大臣とその最期を看取る義弟竹下』という話になるのでしょうか。これを阿南夫人を筆頭とした遺族が受け入れるのはとても自然な成行きですが、仮にも研究者を名乗る人物連がこの美談を容易くうけいれるのには正直納得いかないものがあります。 枯山 |
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date 2006/11/3(金)09:05 ロックさま 我々のように結果がわかっている人間は、上海決戦について簡単に論評できます。ですが初めに、講和ではなく開戦を考えてみたいと思います。質はともあれ国府軍75万人が塹壕線についています。これを突破できるか?という設問は、勝敗という点で難しかったと思います。ただ、陸軍の政治屋ではなく、軍事専門家(じつは本当の軍人)は勝利できるとわかっていたと思います。 そして、陸軍の政治屋というのは社会主義者です。彼らは統制経済を主張して失敗するのですが、これの根本原因は「専門家軽視」です。社会主義というのは国家部門を増大させ決定権を役人(ゼネラリストまたは素人)に任せようとすることです。これは他人の権利の侵害を黙認する心理がどうしても働き、結果として思想弾圧的行為をものともしなくなります。 まず上海決戦のきっかけは海軍上海特別陸戦隊(上陸)が国府中央軍に攻撃されたことです。攻撃されたら反撃せねばなりません。それができなければ敗北=降伏です。石原莞爾は社会主義者でありゼネラリストであって、軍事には疎い(そのうえ専門家を軽視)んですね。そして75万対15万(当初動員可能)というスコアに圧倒され、「逃げろ」といったんですね。これは軍人にあるまじき判断です。当然、左遷されましたが、「逃げろ」を聞かされた上陸の責任者である海軍は、石原の属する参謀本部についてどう考えたでしょうか? つまり、陸軍参謀本部は上陸と国家・国民に謝罪すべきものでしたが、戦争中ですからそうも行きません。生死をかけた戦争をやっている最中に責任者処罰論争どころではありません。ですが、統制役人とは自分の非がわからない(認めないではなく)人々であり、現在の単位未履修高校校長と同じく、自分の決定を絶対としますから、問題の所在すらよくわからないんですね。戦後になり、この当時の統制軍人がいろいろ書いていますが陸軍人について「拡大」派「不拡大」派という分類をやります。これは日本軍がイニシアチブをとっていることを前提とした議論です。でも、蒋介石がイニシアチブをとっていたら、この前提は崩れますよね。 海軍人(米内・末次)は、「本当の軍人」ですから、陸軍参謀本部に心底怒ったと思うんですよ。そのうえ、石原莞爾ら満州組は宇垣流産などをやって、「でかい顔」をして我が物顔をしていたんです。 そして、「本当の軍人」が即反撃が正しく、上海決戦勝利(これは省部軍人がもたらしたのではなく、現地軍将兵がもたらしたのは明らか)を知った段階で、そこで参謀本部が「ここで講和しよう」と言い出したらどうでしょうか?「ともかく反対してやれ」からスタートするのは、人間の性でしょう。 この件の責任者は、やはり石原莞爾と近衛文麿だと思います。米内と末次、その他の閣僚はやはり人間だったということでしょう。 別宮 |
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date 2006/11/3(金)10:56 困ぺい糖 SLEEPさま ペルソナングラータさま このたび、『韓国の妄言』(並木書房/11・9パイロット店発売とか)を上梓したしまして、冒頭が「高句麗問題」です。趣旨は、高句麗文化の精華である「古墳壁画」からみて、高句麗人は遊牧民であって、中韓両国の主張は当を得ていないものです。是非お買い求めください。 宣伝はこのくらいにしまして、ドイツ人がメーメルから、ベローナまでとは「ハプスブルグ帝国まで入れおって」という疑問はともかく、意外と夢は小さいですね。でもドイツ人に「日のあたる場所」って何?ときくと、「ドコだろね」という答えが返ってきますから、抽象思考でしょうか? そこにいくと、我が大日本帝国の「蛍の光」(スコットランド民謡?)は「台湾の果てから樺太まで」ですが、じっさいにやったのはアリューシャンのキスカからビルマのアキャブ、ガダルカナルのルンガ岬まで一どきに陸兵をおくりましたから、北斗星から南十字星までです。これ計画をたてた人は成算あったんでしょうかね?自分の受け持ちだけ頑張った雰囲気は漂いますが、ジンギスカンもアレクサンダー大王も真っ青でしょう。 ついでながら、一度会ったベルギー人女性は「あいつら(ドイツ人)が私の伯父さんを殺した。絶対に許さん」といってました。でも韓国人は「金日成が私の伯父さんを殺した。絶対に許さん」といいませんよね。 ベルギーのレオポルド国王はウィルヘルム二世から、「一緒にフランスを攻めよう。古ブルグンド王国の故地、フランシュコンテを回復しようじゃないか」といわれ、(ワナワナ)「そっそ、それは、500年以上の前の話で、いわば神話のようなもので・・・」とボソボソいって、怒られています。でも現代韓国人は高句麗とか渤海王国とか、雄略天皇から嵯峨天皇の御世の話をもちだしてきますね。ロシアから、間島をあげるから満州に共同して攻め込もうといわれて応じますかね、この人たちは? ところで「のだめカンタービレのシュトレーゼマン(竹中直人)」って、さっぱりわからないのですが? 別宮 |
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date 2006/11/3(金)10:57 枯山様 戦後の旧軍人たちの回想話は実はちゃんと分析されていないものが多いんです。つまり、同じ制服組ということで、前線組と内勤組の違いをわざとぼかした著述が多いのです。 竹下に関して言えば、前線には出ておらず、天保銭で軍政畑です。これ、兵務局ですから、今の防衛施設庁がやるような仕事です。つまり、殺し、殺されの経験は皆無です。たぶん阿南が腹を切ったとき、夥しい血を見て少なからず内心動転したでしょう。 そして、終戦叛乱に関して実は後の研究者が私含めて困っている壁は戦後の関係者が多く顕職についていることです。阿南家を見ても、支那屋の中国大使、出版大手の経営陣です。よく三流文士はことあるごとに閨閥血族による陰謀支配なるものを主張しますが、彼らの取材先自体がそれであるという点については誰も指摘しません。 実際竹下らのやったことは陰謀首魁を実は悲劇のヒーローに仕立て上げて、責任を曖昧にするという、いささか幼稚なトリックなんですが、ご本尊と下僚(畑中、椎崎、古賀)が死んだことで成立させることができました。そして、戦後の戦史研究はその多くをGHQ歴史課→防研にその多くを頼ってきました。これは下手人に言い訳を聞いて鵜呑みにするということに他なりません。 ところで近衛師団参謀で叛乱に参加した古賀は東條英機の女婿でした。やはりあの晩自決したのですが、戦後、東條未亡人(由布子)を介して、その子息(当時6歳)あてに参本参加組の溝口から手紙があり、古賀は意図せず巻き込まれたという内容だったようです。(「東條由布子の生涯」に本文あり) 困ぺい糖 |
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date 2006/11/3(金)11:44 別宮様 かなり要約したのと 以前に御教えいただいた事を前提にしてみましたので 石原莞爾の戦線不拡大は良い物とは思いません 米内達の憤激は良くわかりますが それで交渉相手を無くすのは失敗と思います 米内の疑問な点は軍令部を制して(政治ですから当然かもしれません)いますし 辞職まで言い出している事です |
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date 2006/11/3(金)12:53 別宮様 『韓国の妄言』は面白さうですね。絶対購入しますね。 先程此方のSiteで目次を一瞥させて頂きましたが、あいも変わらぬウリナラトンデモ論の逐次投入と、別宮様による快刀乱麻の各個撃破(笑)が今から楽しみです。 |
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date 2006/11/3(金)16:08 http://image.blog.livedoor.jp/mumur/imgs/a/7/a7b61293.jpg ↑この辺りにあるのではないでしょうか? |
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date 2006/11/3(金)17:01 竹中さんは,さいきんの映画では「青春見守り人」といった役どころが多いので, 俳優としての彼を大好きですが,いわゆる声優の分野でも,あの美声を生かして,いい 10年前の秀吉も,忘れられない。 大河ドラマでは秀吉の朝鮮出兵…高麗陣と呼ぶ 太閤好きの渡来sですが,あの朝鮮出兵には,さすがに賛成できない。 でも,あんな イトコ達と嬉々として遊ぶ息子を見ていると「一人っ子でかわいそう」は無用の心配かと思う,渡来静 |
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date 2006/11/3(金)21:12 別宮さま、困ぺい糖さま ゲーテはイタリアに憧れたんですよね、でも実際のイタリアがそんな良いところかと言えば疑問で、フランスこそが彼らにとっての日のあたる場所ではないかと、かつての大フランク王国の夢よふたたび!とか。 韓国についてですが、日本ではトンデモさんしか言わないことを平気で言うというのがびっくりするとこですね。幸福の科学によれば昔日本は大陸と繋がってて満州から四川あたりまで全部日本のものだったそうですけど。 「のだめカンタービレ」は音大生を主人公にした漫画です、面白いです。シュトレーゼマンというのはスケベでかつ凄腕のドイツ人指揮者ですからクレンペラーがモデルなのかなと思われます。今放映中のドラマではなぜか竹中がドーラン塗って金髪カツラかぶってやってますw SLEEP |
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date 2006/11/3(金)23:11 SLEEP様、別宮様、皆々様 フロベールは、イタリアについては「新婚旅行はイタリアと決まっている。実際に行ってみれば評判倒れで、失望を味わう」と書いてます。嫌なヤツですな。(まぁ、今日のハワイみたいなもんすかね。) 海も砂漠も、2000年前のヨーロッパ大陸も、人口密度で言えば大差なしですから、日本の最大版図はトラヤヌス帝のローマ帝国レベルですね。ムッソリーニはコロシアムのすぐ近くに帝国の歴代版図を描かせて悦に入ってましたし(今日でもある…)、日本も白村江の戦い前のころの倭国勢力図、秀吉の唐入り、大日本帝国等々と、地図をつくってどこかに張り出したら面白いでしょう。 一方、韓国人のトラウマは、最大版図じゃなくて、「最小版図」の地図、あるいは「滅亡」を見るのが怖い事かも知れませんね。倭の勢力が半島にあって、高句麗もコリアンじゃない、となると… アーメン。 本、楽しみにしております。 |
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date 2006/11/3(金)23:22 さきちゃんさま SLEEPさま ウルトラザウルスさま 韓国は、自分たちが思うほど、他国には攻められていないんですね。秀吉の朝鮮征伐にしても、明を狙いに大軍を投入したもので、朝鮮は通路だったんですね。元や明にしても直接統治してもペイしませんから、朝貢させて満足だったんでしょう。その意味で日帝35年というのは、彼らにとり新鮮な経験、少なくとも毎年襲ってくる飢餓からは免れた時代でした。 幸福の科学が、それほどコリアン的妄想というのには驚きました。江戸時代以前というのはまだ鉄道がないんですよね。そうすると、冬季、平壌から奉天や北京に至る道というのは、今、南極横断するのと変わりません。春、ソウルをたち北京にいこうとした朝貢使節は錦州までの15日間全部野宿です。その間に従者のうち一人が死亡するくらいの難行です。日本から四川省までどう行くのかがまず問題でしょう。 また、人間がいて宿がありそうなところは盗賊が出ますよね。マルコポーロもベニスから全部海路でダーダネルス経由トレビゾンドに出て、つまりレパント貿易路を通り、ホルムズに出て、そこからアフガニスタン・天山路を通り、オルドスに出て南、洛陽に出る通路をとってますよね。イギリスの第1回アフガニスタン遠征でも羊を1万匹連れていきましたから、中国奥地紀行は鉄道がないと厳しいですよね、ただ、今でも中国の鉄道旅行は厳しいですが・・・。ドイツ兵がアフガニスタンで泣いているらしいですが、スターリングラードより条件厳しいんですかね? こっちは、オーウェンスタンレーやアラカン山系を越えた将兵を思い出せば、いかほどのものと思いますが・・・。 先日、昔のゼミの寄り合いがあって、町村元外相も出てきましたが、どうも森派じゃなくて町村派と呼んでくれとのことでした。話題が殺伐としているので、私は先生のお宅で聞いたクレンペラーの話をしました。内容は、奥さんが先生の好むワグナーはどうも鋭角的で、クレンペラーの指揮が一番、ほのぼのとしているといっていたいう話です。お嬢さんが納得してくれて、近著をおくってくれというので甘えさせてもらいました。じつは、お嬢さんは『銭形平次』で有名な野村胡堂の女系3代目で、岩手県花巻近郊にある野村胡堂記念館の名誉館長もやっておられ、ここで最近、東條・小沢批判をブンブンやりすぎたかなと反省した次第です。 でもクレンペラーの伝記は、まったく知りませんでしたが、ジャケットにあるあの顔でスケベとは驚きです。それと、またシュトレーゼマンとは結びつきがたいのですが? 別宮 |
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date 2006/11/4(土)07:30 別宮様 幸福の科学(口の悪い私は降伏の化学)は新宗教の中では収益?を著述出版や映画などのメデイアミックスに頼るなど、カルトとしては良性な部類に属します。信者も1千人いるかどうかではないでしょうか。 満州、朝鮮、日本統一古代王朝というのは俗流トンデモ史家の王道といえるようなもので、これは戦前からわが国には主張するのがいました。大概が「しっ!目を合わせちゃいけませんよ!」と言われちゃう様な人だったりしたんですが、たまに溢れんばかりの妄想とへんに達者な筆力で人口に膾炙しちゃうことがあります。 これ、コンプレックスの裏返しではないかと思います。そしてそういう意識が増進した総督府時代と言うのは、それだけ朝鮮人にとっては文明開化のインパクトがあったんでしょうね。ただ、政治的独立がなかったということは相手の文化に対してどうしても平静でいられない、というところがあります。 金正日が唯一日本からビジネスライクに呼んだのが、ゴジラ俳優、奇術師、割烹料理人でした。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/4(土)09:00 困ぺい糖さま けっこう不思議なんですが、右・中立といわれる人が天皇家朝鮮渡来説や騎馬民族説をいいますよね。そして、日本人の源流がモンゴル、中国、朝鮮、ミクロネシア、ポリネシア、南インドとなります。 とりわけ奇怪なのが政治的に中立と思われる言語学者です。古代人の語彙が数百を越えることはないのが通説ですが、タミル語の農業に関する用語が日本語に近く、米作農民が日本にきたなどといいます。それも中国ではないので、フィリピン・台湾あたりからと。でも奇跡的な航海を実行し、日本に上陸し、日本の原住民を征服することなど不可能です。「日本人はどこからきたか?」という論立てが誤りで、「元から日本にいた人も忘れないでね」というところでしょう。 そのあと異常なのが、漢書など中国の正史に山東半島、江蘇省や南朝鮮に「倭人」がいたとあることから、九州から華南にいたる古代「倭」帝国があったという珍説です。神代文字(なぜかハングルに似ている)と同じトンデモ論と思うんですが、まなざしは真剣ですよね。 そのうえ朝鮮論については、右系学者が論拠とするのが左系(じつはご指摘の総督府系)学者の論説であって、武田幸男ら一番早く、広開土王碑文改竄説を批判した碩学は無視します。あげく、釜山和館を「倭館」とわざわざ蔑称を用いて平気です。これは不勉強なのかもしれませんが、総督府時代の負の遺産が今にまで伝わっているんでしょうね。 戦前、朝鮮にわたった日本人の3割は役人で、6割は官への出入り業者です。そして、尻は国内の財政で、大規模な公共事業をやりますから、植民地は経済発展します。ただ恩恵をうけたはずの朝鮮人は、物質的なことは重視せず(または虚偽データに酔い)、二等市民とされた屈辱だけは忘れないとなります。人間はけっこう物質主義じゃないんですね。 別宮 |
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date 2006/11/4(土)09:15 ロックさま 米内についてその通りです。この人は頭がよすぎた(キーナン流にいえば"Smart")んでしょうね。もちろん閣僚になったら、海軍人であることは棄てるべきでした。ただ、首相になってもそうでした。 日本の男で官僚組織に入ると料簡が急に狭くなるのが多いんですね。小池百合子に負け落選した小林興起は「郵便局銀行をアメリカに売り渡すのか」と通産官僚のときの気持ちのままですよね。ある意味、一度所属した閥に生涯忠実なところがあります。じつは、これを越えなければ大成しないんですけれども。 それゆえ、軍部大臣は意図的に政党人にすべきだったのですが、陸海軍ともこれにはクーデターを起しても抵抗したでしょう。閥の維持は人事の掌握に尽きるからです。もし、大日本帝国について反省するとしたらまずこの点でしょう。でも、これが否定的に語られるようになったのは、ここ十年です。 別宮 |
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date 2006/11/4(土)10:53 困ぺい糖様へ 困ぺい糖> 3.「BLOOD+」はどうもプロデュースがいかん。ジャパニメは存在自体が劣化陰謀だから、マジな陰謀論主張には不向き。 どーでもいいところではありますが、・・・。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E7%94%B0%E8%8F%81%E6%BB%8B なんでも、「アメリカがどんなに酷い国かを子供たちに教えたい」のだそうです。 med |
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date 2006/11/4(土)12:13 これは、プロデューサーの竹田という人の影響らしいです。かなり、反米左翼な人で、 そして、いまやっているコードギアスという作品は、日本がアメリカに征服されて植民地 竹田プロデューサーが朝鮮総連と仲良しだと本人が公言しているので、日本とアメリカを |
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date 2006/11/4(土)12:31 med様 ありゃりゃご存知で。まあ、あのTV業界というのも、組合強いし、ちゃんとした会社に入れない団塊全共闘の溜り場みたいになってますし。もう、そのへんの偏向ぶりは織り込み済みでネタとして楽しんでいます。 もともとのIGの「BLOOD」は業を背負って戦う女の子+吸血鬼ネタという、アドベンチャーとしては、もう王道なもので、いかほどでも面白く出来るものです。 しかし、万景峰に乗ったことあると自慢するプロデューサー氏、「アメ帝の陰謀」って番組最終回の翌週に北朝鮮の核実験、おまけに視聴率最悪っつうんだから、空気の読めなさ、もう素敵すぎ。 だから、私は今はとりあえずBLACK LAGOONで気を落ち着けると。(双子殺人鬼編は神作品) 困ぺい糖 |
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date 2006/11/4(土)15:31 別宮さま、 いつも楽しみに拝見しています。 現在、20世紀前半のクラシック音楽史の教材を作っているのですが、その過程で面白い音楽家を見つけました。 モーツァルトの毒殺説よりもロマンも重要性もありませんが、 クレンペラーは極度の躁鬱病者で躁の時は女を追いかけたようで、 R |
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date 2006/11/4(土)18:30 betsumiya> 戦前、朝鮮にわたった日本人の3割は役人で、6割は官への出入り業者です。そして、尻は国内の財政で、大規模な公共事業をやりますから、植民地は経済発展します。ただ恩恵をうけたはずの朝鮮人は、物質的なことは重視せず(または虚偽データに酔い)、二等市民とされた屈辱だけは忘れないとなります。人間はけっこう物質主義じゃないんですね。 半島に造詣の深い作家、豊田有恒氏によれば、韓国・朝鮮人の怨念の真因は、日本人への侮蔑意識、人種差別意識だそうです。 ps あと10年もすれば、今現在、日本に大量の風俗嬢が出稼ぎに来ていることまで、広義の強制性による性奴隷だと言い出すだろうなぁ。 |
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date 2006/11/4(土)20:00 別宮様 政治的な立場としての右左をおくとして、たとえば人類学、言語学というものは、実は実験不能ですし、そんなに意識的な同時的観察対象ではありませんから、例えば進化論に近い危うさがあります。これはようするにマストドンと同時代には人間はいなかったということです。 つまり、現状残されている証拠についてどう判定するかと言う部分に絞られてきますから、日本語はウラル=アルタイとかタミルとか言う解釈も「できる」といった程度のものかもしれません。ただ、同説をとる学者も、一匹狼が多いと、左派とは言いがたいと思います。 天文学、宇宙物理学に人間原理という言葉があり、これは我観察するゆえ宇宙あり、つまり宇宙以下の自然現象は人間が観察するまでは存在が知られないのだから、逆に観察によって初めてその現象なり事物が存在を始めることができるという考え方です。漬かり込んでコアな弄り方をすると「神の存在証明」まで行っちゃうそうですが、日本語タミル起源も、大朝鮮帝国も観察要素の選択によっては「存在」してしまうということでしょう。 左派が資料発掘と批判に熱心でありながら、結局最後結論の部分で間違える、というのはこのためかと思います。そして、単年度決算で結論を出す、来年度も同じ人間が続きをやる、というお役所式にはとても都合の良い方法論でもあります。つまり、シュリーマンや白川静博士のように延々飽きもせずこつこつ新事実の発掘と積み上げをはかる、という方法論とは根本で相容れません。 ただ、ここで、不幸だったのは、左派以外の人間が、例えば歴史などの分野には関心を示さなかったということです。つまり、右派の歴史に対する考え方は相変わらずの儒教的理解にとどまっていました。そして大方水を空けられた時点で収集すべき資料や観察対象はあらたか左派が掘りつくしており、それにのっからざるをえなかったということではないでしょうか。 それでも言語学のような分野は、政治闘争にはあまり影響のない分野と実はいえますが、(それでもスターリン言語学なるものの賛美本が今でも岩波文庫にある)歴史学に関わる部分は実はダイレクトに響きます。和を倭などと読み替えたのは仰るとおり総督府役人学者と思いますが、明らかに朝鮮人の自尊心「啓蒙」と「教育」のためと当事者たちは思い定めていたのでしょう。たぶん彼らは立憲君主国大日本帝国を厭ったのでしょう。 たぶん日本の朝鮮統治の失敗はそんな日本人が手を掛けすぎ、教育しすぎたためだと思います。ベトナム人が共産国のくせにフランス風を好み、暴動起すぐらいアルジェリア人が不法入国するのはフランスが存外現地人の生活文化に冷淡だったからかとも思います。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/4(土)22:21 困ぺい糖様 なるほど制服組の著述の整理がついていないのが現状ですか、また主流ともいえる防研資料が服部が代表する内勤組が書き散らかした 一番良いのは『レイテ戦記』のような体験からくる淡々と書かれても、戦場の臨場感が伝わってくるような資料が対置されれば、弊害も大きく修正 さて戦後になり顕職に就くのが多い内勤組連が書き散らかした人物評で気になることがあります。それは畑・杉山・寺内の3陸軍元帥大将を彼らは何故あれほど罵詈讒謗をもって当たるのかがいまひとつ理解できないところがあります。我国が仮にも内勤組が言うような真性無能な将軍を生涯現役の元帥にはしないとは思うのですが、内勤組は執拗に3元帥無能説を喧伝しているのにはむしろ不審感を抱いてしまいます。畑・杉山・寺内が国政指導書という観点からみれば問題点は多いでしょうが、陸軍将官としてなら及第点は充分満たしているように思えるので、内勤組連の評価基準とは一体全体何を見て評価をつけているのか純粋に興味を覚えてしまいます。 枯山 |
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date 2006/11/4(土)23:23 Rさま オスカル・フリートは初めての名前です。そして、ソ連のスパイとは特別の選別眼をもって追えば、以外と簡単にわかります。 まず、ソ連国内の元締めはKGB・軍・ソ共国際部の3つに分かれます。このうちもっとも権威の高いのはソ共国際部です。ただ、情報収集・破壊工作の対象は、ソ共を含まない各国共産党です。したがって、KGBや軍による各国共産党にたいする情報・破壊工作は禁止です。ですから日共というのはソ共国際部の監視下にあったわけです。 ですから一般的にKGBと軍ですが、この二つは軍事情報と政治情報で切断されています。また互いの連絡はありません。次に重要な点ですが、KGBと軍ともにスパイとはソ共党員に限定されます。ですからスパイは入党儀式のため必ずソ連に滞在した経験をもちます。これのほかに似た存在がエージェントです。これは、スパイによって金銭または他の手段(脅迫・女・情報交換などさまざま)によって雇われた人物です。エージェントがソ共党員であることはありません。またエージェントが自分がエージェントであると自覚しないことはよく起きます。 また、スパイは逃れる機会があれば、ソ連または東独で匿われます。つまり逃げる機会があって、ソ連に戻らないのはエージェントであって、ソ連はエージェントについてはいっさい面倒をみません。またスパイは自分で情報収集や破壊工作に手を染めることはありませんが、ソ共内粛清に会うことが起きます。 クレンペラーの件は30年ほど前に遡ります。私は大塚史学の松田智雄先生に当時師事していて書生のようなことをやっていました。松田先生は当時、日本ワグナー協会長で家には大量のSP・LPがありました。そこで先生がおられないときに、音楽室で奥さん(この方は野村胡堂の娘)のかけるワグナーを聞きました。それがクレンペラーだったんですね。 個人的に音楽の造詣は今も昔もないのですが、クレンペラーのワグナーはテンポが緩やかで、独特のとげとげしさがフルトベングラーやワルターに比較してない印象がありました。それが「ホノボノ」です。どうも、当時史学テーマが戦間期に入っていて、クレンペラーが反ナチであったことを奥さんはご存知だったのでしょう。野村胡堂も「あらえびす」というペンネームで音楽評論を書いており、最近になって所蔵のSPだけで8千枚を野村胡堂記念館に寄贈したそうです。ただ、花巻ですから簡単に行けません。 別宮 |
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date 2006/11/5(日)07:30 困ぺい糖さま、皆様、 コードギアスは絵のつくりからしてかなり予算を絞られているのではないでしょうか? 席を借りている取引先のアメリカの会社で同僚が散々な目に会う中、私は何故かそこそこ あさっての方向とケロロ軍曹が私にはしっくり来ます。 |
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date 2006/11/5(日)07:51 枯山様 畑俊六も日露戦争の参戦経験者です。そして、1939年の侍従武官まで一貫して作戦畑、野戦軍司令官を歴任し続けました。 杉山元は「グズ元」と呼ばれて省部の天保銭からは軽く見られていましたが、参謀総長、教育総監、陸相を全部歴任したのは上原勇作以来です。 寺内寿一は寺内正毅の子で2世軍人なのですが、国会の腹切問答を見るとおり、政治的センスはこれまた絶望的にない人です。しかし、元々作戦畑の人ですからね。 3人とも日露の生還者で、しかも現場方が多い人たちです。また、ゴマスリがそんなに利いたとも思えません。そして、3人3様、戦後すぐに死亡、ないしA級戦犯です。(畑はその後釈放)ここでも死人に口なしですね。 きのうだかのゲンダイで石原元官房副長官の子息が立候補するのを、親子で税金食うのはなにごとかと叫んでいました。社会主義者(左翼)というのは個人攻撃するのにすぐ血統とか皇族近親とかをあげつらいます。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/5(日)08:50 困ぺい糖さま ウルトラザウルスさま さきほど民主党政調会長氏が日米中三角同盟を主張していました。この方式は日米同盟と日中協商(不可侵同盟のようなもの)を基盤とするのでしょう(だいたい、この論者は具体的なことをいいませんが)。 これは現実的ではありません。日露戦争前の日英同盟と日露協商は両立するかという問題と同一です。桂太郎流にいえば「伊藤公はじつは日英交渉を有利にするため日露協商を持ち出したのかもしれないが、両天秤などそもそも外交のあるべき姿ではない」ということでしょう。 さらに日露戦争直後、ウィルヘルム二世はニコライ二世とビオルグ協定という協商を結びましたが、両国の重臣から露仏同盟・三国同盟と両立しないといわれ反古になりました。そして現代中国は帝政ロシアより不信の国です。なぜならば、中朝友好同盟とはいったい何か、不思議としかいいようがありません。同盟でも協商でも恒常的に信頼関係を維持せねば形骸化は免れないのでしょう。 そして韓国です。韓国とアメリカには米韓相互軍事条約があります。そして、北朝鮮が核を保有した(=アメリカと韓国双方が阻止したい)とすると、韓国の太陽政策は両立するかといえば、両立できません。もちろん中韓同盟など成立しません。すなわち、同盟とは信頼関係による安全保障ですから、例えば三角同盟を結成し米中和解の外交努力するなどは、不確実な未来で確実な現在の安全保障を犠牲にすることです。 でも、日本ではこの種の対立は昔からありましたが、非現実的な主張をする政党は、それがゆえに国民の反対にあい政権に近づけませんでした。このままでは、民主党は小沢一郎と抱き合い心中になる道を歩んでいるというべきでしょう。 ただ、韓国では小沢民主党・旧社会党のような人物が政権をとってしまったんですね。国民が現実的でない選択をしたことになります。あるいは歴史上民主主義の失敗になるのかもしれません。 西沢潤一首都圏大学学長が「(中韓より)価値観を共有する欧米の方がわかりやすいという人がいるが、(日本)文化をねじまげているのではないか」と書いています。自然科学者の政治ボケですが、江戸文化と現代中朝文化を比較しても意味がないのであって、日本文化といってもここ150年をまず考えるしかありません。それに「文化」から軍事同盟は存在する視点はありますが、その文化とは自由や平等というのが基盤ですよね。西沢は儒教文化のようなものが念頭にあるのでしょうが、左右両翼半可通の陥りやすい落とし穴です。 別宮 |
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date 2006/11/5(日)10:24 別宮様、皆様 オスカー・フリードについては野村胡堂(あらえびす)の「名曲決定盤」に言及があります。 「岩手県花巻近郊にある野村胡堂記念館」には10年程前に行ったことがあります。 |
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date 2006/11/5(日)13:40 別宮様、皆様、 私のかつての上司に東北大学時代の西澤先生に師事して学位を取得した人がおりました。 「あの人は『俺がやった』が口癖なんだけど何をやったのかを調べてゆくと と言っておりました。 特許制度に発明保護の側面よりも権利確保のための紙つぶてとしての威力が重視され |
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date 2006/11/5(日)20:04 別宮様 北朝鮮は日本はアメリカの属国だから6カ国協議に出るな、といっているようですね。 見ていて思うのは、中朝韓の言説と言うのは、どうも日本の左翼言論の引き写しのようなのが多いですね。 そして、今日も民主党がテレビで言っていたのは、中国との共通認識(価値観)の共有です。これは儒教を共有しよう、に他なりません。つまり、自由、平等、を米英仏と共有するのと異なり、華夷秩序を認めろと言うことです。具体的には日中軍事同盟なら、台湾攻撃のために沖縄割譲を命じられたら従わねばならない、を意味します。 また、韓国や北朝鮮の妄言には毎度頭に来るのですが、彼らにとっては日朝間、日韓間の華夷秩序、と言うことでしょう。つまり、総督府式に「撫育」「教育」だと聞き入れないんでしょう。 極端な話、韓国とは共有できるものがないようですので、一度断交したほうがいいかもしれません。玄界灘の沿岸まで金正日バッジで満ちても、朝鮮が日本に本格侵攻できるまで文字通り半万年かかります。むろん、ミサイルやらテロやらの即時反撃の準備には忙しくなりますが。 中朝友好条約についても基本的に同じで、もういうことを聞かなくなった北朝鮮は同盟国ではない、などと中国人が言うのを聞くと、これはかなり重症と思います。文字通り、相互理解なしの不信の同盟です。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/5(日)21:00 亀太郎さま ラッセル・アインシュタイン宣言というのがあって、1955年、著名な物理学学者7人(そのうちの一人が湯川秀樹)が「核の先制不使用」を訴えたものです。このころ、ソ連は核実験したててで弾道ミサイルには搭載できず、また朝鮮戦争がようやく終了した情況でした。 そしてラッセルやアインシュタイン、またオッペンハイマー(妻が米共産党公然党員)らは、第二次大戦中、核開発に協力したばかりでなく、その使用についても反対しませんでした。そして彼らは10年たつと「核の先制不使用」をいいだしたのです。これほどひどいミスマッチはないでしょう。つまり、日本(もしくはドイツに)に核先制使用を自ら主張実行しながら、他人にそれをしないことを訴えるという街を歩く金髪女高生にもありえない言行不一致です。 このときのトピックはマッカーサーによる満州核攻撃論でした。直接にはこういった議論の出たアメリカを非難する目的でした。でも、満州を核攻撃して仮に朝鮮動乱の国連軍の勝利=李承晩による南北統一がなったとするとどうでしょうか?そのあとに起きた北朝鮮強制収容所における200万人の死、500万人の餓死者は防げたはずです。ラッセル・アインシュタイン宣言の一人は「100%人道だけを考えよう。他は全部忘れろ」といいました。でもこれはトリックです。そして、アインシュタインら自然科学者がこのような単純なトリックに気づかなかったのです。 じっさいにはソ連スパイが、英米世論を核先制不使用に向けさせるためトリックを編み出し、それにのせられたんですね。宥和はほとんど成功せず、即小さい戦争に訴えた場合と比較して、もっと大きい戦争・人権蹂躙を招くというのはだいたいのところ真実です。 西沢学長については、ある自動車用シールド・ビームの会社の人が、「(発光ダイオードの)業績は認めるけど、どうしてチームのことは考えないんだろ。一将功なって万骨枯るだよな」といっていました。学界は産業界より一歩引くんですかね。それと河野洋平が欧米では忘れられたこの宣言をまだ引き合いに出してますね。 別宮 |
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date 2006/11/5(日)21:36 亀太郎様 バブル崩壊期に日本に駐在したクズどもを除けば、アメリカのビジネスマンはビジネスにおいてフェアに付き合ってくれます。 そして、日本のビジネスマンと言うのは、限られた経験では欧米のどこでも丁重に扱われます。 ただ、外地駐在、特にアメリカだと、生活環境が日本より結構ショボかったりしてがっかりする人が多く、帰国者はおおむねにわかに国粋主義者になります。 扱わないのは中国と韓国ですね。香港に赴任し、深センの事業を監督しに行った友人は半年で逃げ帰り、会社に辞表を出しました。よほどひどい目にあったらしい。 こういうところに日本の未来を賭けようなどと言う経営者のオツムの中身を非常に真剣に心配しています。 アニメはもう乱造気味ですから、これからは淘汰の時期に入るでしょう。つまらんアジビラものは長くないですね。コードギアスも絵の質があんまりですよね。 「パプリカ」の出来はどうかな?困ぺい糖 |
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困ぺい糖さま 軍事同盟で対等の関係はあるか?というのはグラドストンの「栄光の孤立」の時代から論争されてきました。結論からいえば、(ヨーロッパ5)大国の間には平等があって、それ以外はないということでした。また小国同士の軍事同盟は機能しないというのがあります。これは現代でもあてはまるんでしょう。 中朝友好同盟はなぜ機能しないのか、といえば中国が小国だからです。つまり、同盟の目的が第三国によって左右されるようでは大国とはいえないのです。そして、国家間に平等などありません。なぜ、国連が機能しないかといえば、どうしても1国1票にならざるを得ないためであり、大国の主権が国連より優先するためです。結局、国連中心主義というのは、国家と個人を混同することからくる誤りです。 民主党の「中国と価値観を共有し・・・」というのも、国家と個人を混同することからくる誤りです。個人が争えば、あるいは円卓に坐って、仲介者とじっくり話せば問題は解決するかもしれません。ですが、国家の間ではこれは不可能です。よく、首脳が話し合えば問題は解決すると「寝言」をいう識者がいます。旧軍政治将校が「近衛とルーズベルトがハワイで会議をやれば、日米戦争は避けられた」といい、『朝日新聞』が「靖国参拝により首脳外交ができなかったことが日中非友好の原因」といいます。 これは誤りで、「日米了解案を呑むか、呑まないならどこが呑めないのか」が明確でなければ首脳が膝など突きあわせたところで妥協は成立せず、「日本の首相が靖国参拝を止めるか、中国首脳が反靖国キャンペーンを止めるか」しか解決の方法はありません。そして、どちらかがその方針を採用したところで、「価値観の共有」などできません。なぜなら、啓蒙主義と共産主義(社会主義)は両立しません。日米戦前では、陸海軍統制主義(社会主義)政治将校がその主張を取り下げねば、「価値観の共有」はできなかったでしょう。今普通の日本人事業家が経営の「自由」をいって投獄されるような国で事業をやるのは、自殺者が出るのを覚悟です。 韓国との外交は難しいですね。結局、反日が票になるようでは、友好は不可能でしょう。ですがウルトラザウルスさまのいうように、日本人に朝鮮人への差別癖があるのも事実です。断交はともかく、貿易上の特別な優遇措置は撤廃すべきでしょう。とりわけ「知的所有権侵犯容認」や「懲罰関税」「輸入禁止措置」などの韓国の悪徳は、対抗措置を講じるべきです。いつまでも子供扱いすることは、屈辱感を持続させることではないでしょうか? 別宮 |
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date 2006/11/6(月)10:31 R様へ、 私は音楽に疎く作曲家もろくに知らず、まして指揮者などさっぱり判りません。 ご指摘の人物がスパイであったかどうかですが、まず根本的には当該人物が、どの程度有名で、その経済状況、社会的地位、そして交友関係がどうだったのかが大きな鍵でしょう。 当時の事件を順に書きますと、 1931年ごろ 1932年12月5日 1933年1月30日 3月10日 4月7日 1935年3月16日 1935年3月30日 1939年9月 1941年6月22日 1941年12月 ある程度有名なクラッシックの音楽家といいますと、大学ないし準公共機関(大きな楽団とか)関係と考えますが、そうしますと1933年4月7日に職を失った可能性が大です。 一方において、ドイツとソ連の関係はそれ以降も必ずしも悪くありませんでした。共にヴェルサイユ条約の被害者という関係でもあったためとされます。 つまり、ソ連から見れば1935年3月以前のドイツはそう軍事的な脅威ではなく、従ってスパイの対象としては上位だったとは思えません。 結論として、該当人物がソ連のスパイでドイツの情報を流していたと考えるならば、 ヨーロッパのユダヤ迫害ですが、基本的に東側が酷く、ヒトラー以前ではポーランドやロシアでの迫害、ポグロムが酷いのです。 ある程度の地位と財産があったユダヤ人でしたら、他国、特にアメリカを脱出先として選択した物と考えます。 ある程度の地位と財産があった人間で、ソ連に移住したのであれば、基本的にソ連と何らかのつながりがあったことを示していると考えます。 一方、もし該当人物の経済的状況社会的地位が並かそれ以下であれば、ソ連への脱出はあまり不思議ではありません。 また、当時の音楽家でマルキストだった、というのも実はそう不思議ではありません。当時のドイツでは共産主義は最新流行の政治スタイルの一つでした。 最後に、ソ連で1941年に死亡したのであれば、その死亡時の状況が不明なのが普通でしょう。単純にものすごい混乱状況だったためです。モスクワでも一時は遷都の話が出て政府機関と資料を急遽移動させたりしています。 以上、思いつくままに書きましたので、結構頓珍漢かもしれません。 med |
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date 2006/11/6(月)11:23 別宮さま、 ベートーヴェンの第9を初めて録音した、その人に間違いありません。最近、それが有名レーベルより発売されています。 別宮様の助言を頂き、フリートのCDを発売したプロデューサーなどに話を聞き、資料を見せてもらったところ、 野村あらえびす氏の娘さんにクレンペラーを聞かされたとは、奇遇ですね。氏の文章は格好の資料でもあります。 R |
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date 2006/11/6(月)11:58 別宮様 海軍省と軍令部の協力という恰好で妥協すれば 考え方の閥としてはたぶん 自分が今まで生きて築いてきた価値観がそうさせるのだと思います 派閥や軍の官僚化はある程度避けられないものとは思いますが |
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date 2006/11/6(月)12:07 Medさま、 大変参考になります。わざわざどうもありがとうございました。感謝申し上げます。 フリートについて、ナチ政権取得後のドイツ国内でのスパイ活動は絶望的です。 ただし、彼は天下のウィーン歌劇場で(大戦以前は王立)、つまりウィーンフィルも何度も指揮しています。 つまり、スパイでありえるとするなら、帝政期かワイマール期のドイツ、またはロンドン?ということになりますが、 R |