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date 2006/11/6(月)12:48 R様 med様 別宮様 クレンペラーがマーラーの弟子で、そのくせ交響曲第五番(「ベニスに死す」で有名)は一度も振らなかったらしいということまでは知っている困ぺい糖です。 フリートについての解説を楽しく読ませていただいていますが、少し疑問が生じます。 別宮様解説のように、軍事情報ならGRU.政治情報なら共産党国際部からそれぞれ人形遣いがやってくるわけですが、はたしてどちらの分野だったのでしょうか? また、芸術家、芸能関係者をエージェントに使うのというのは、実はかなりリスキーとも思えます。なにしろ人目に晒される機会が多い商売です。取締側として接触者のリスト作りには結構手間知らず名ところがあるように思えますが。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/6(月)13:13 別宮様 たしかに差別意識はありますね。 社会主義に限らず、唯物論は米の取れ高とか石油の買い付け可能量、関税額の高低が全ての判断基準です。朝鮮人が我々と価値感が異なるのもこのためだ、と日本人は今も昔も考えているのではないでしょうか。我観測する、故に宇宙(朝鮮)ありです。 対韓通商優遇政策は総督府過保護の延長にあるわけですが、どうしても一人前と日本の世論自体が認めないといけないのでしょうね。 韓国北朝鮮の言動に見られるのは強烈なコンプレックスです。比較対象を憎みながら、実はその比較対象がないとやっていけない、というものです。たぶん、日本が沈没したら、自家中毒を起して亡国の可能性すらあります。 唯物的ながらも、優遇措置撤廃のようなものからやっていかないといけないのでしょうね。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/6(月)13:21 困ぺい糖さま、 実は、私もそこが一番興味があります。スパイ証明以上に推論になるのかもしれませんが。 なにせ、発端が単なる噂なので、あまり意義が見出せないかもしれませんが、良ければお付き合い願います。 週末あさったクレンペラー関連の英語資料から、またフリートに関する小さな記述(たった3行)を発見。 R |
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date 2006/11/6(月)15:08 渡来静様 「機動警察パトレイバー2 the Movie」が出てきたんでやってまいりました(w) 竹中直人の荒川はよかったですねえ。個人的には後藤隊長としのぶさんなんですけどね。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/6(月)17:36 渡会静さま、困ぺい糖さま 荒川ってのがカンボジアでゲリラにやられた指揮官でしたっけ?あんまり良く覚えてません。 メロウリンクは見たい・・・けど一万五千円ですかのSLEEP |
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date 2006/11/6(月)20:41 渡来さま はじめまして 声優・竹中直人を語る上で、はずせないのは『最終教師』(88 原作:山本貴嗣)の主人公、茶羽顔八です。 |
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date 2006/11/6(月)20:51 別宮さま アマゾンでは取り扱いがまだでしたが、並木書房のホームページで通信販売の手続きをとりました。 黒田 |
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date 2006/11/6(月)23:21 困ぺい糖さま 『韓国の妄言』にもちょっと書いたんですが、現代韓国の紙幣にのっている李退渓という偉い儒学者が昔いたんですが、「大明国王」の冊封をうけた足利将軍に、「宇宙は太陽が一つしかないように、地上では中華皇帝は一人しかいない」と書状をおくっています。 要は、「李氏朝鮮は中国の属国だから、日本も中国の属国になったら」といっているんですね。 これが前回ご指摘の華夷秩序に安住という一つの側面です。ですが、李退渓という人はもう一つ現実無視をやっています。それは日本と朝鮮の地勢的違いです。日本は朝鮮が中国の属国になると、中朝連合からの防衛を考えねばなりません。李退渓はそれを臭わせ、日本を脅迫している面があります。 ただ、日本人は小沢民主党・加藤紘一のようなのを除けば、この事態に慣れています。つまり稲荷山鉄剣でもすでに天下意識があります。これは日本を天下としてみる考え方であって、中朝連合を苦にしないんですね。ともあれ不思議なのは、現代韓国人でも日本を「縮みの国」というように理解し、また日本人ももてはやすというような奇妙な関係があります。でも縮み思考で、ハワイを攻撃しますかね?東京からハワイはヘルシンキとセイロンと同じですよね。 韓国人が迷信または思い込みから出られないのは事実にしても、トンデモ発言をされて、少数の日本人が喜ぶというのは困りもんですね。野党代表が外国にでかけて、日本の外政方針を批判するというのは、自社時代に逆戻りです。浅沼稲次郎の「アメリカ帝国主義は日中共同の敵」発言がありましたが、これは近衛・東條と同じですよね。 別宮 |
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date 2006/11/6(月)23:52 Rさま 30年以上も前の話を聞いていただいてありがとうございます。補足しますと松田家は浜田山にあり西洋式ですが、庭園の真ん中に噴水があって、規模は日比谷公園とまではいかない程度です。音楽室・応接室は1階でしたが、スピーカーはマランツだったように記憶しています。 ただ、私の仕事は書庫の整理で、野村胡堂の江戸戯作本の整理が変体仮名が読めないため苦労した覚えがあるのと、版元で整理すればよかったんですが、作者別を指向したためグチャグチャになりました。 音楽史は到底話に追いついていけませんが、当時のソ連が音楽を重視したことは間違いなく、スターリン(ジャズからクラシックをこなしたとも)も積極的でした。一つは共産党(ボルシェビキ)の大衆娯楽論というのがあって、大衆のためには音楽とサーカス・バレーを押し付けます。映画や文学・絵画は宣伝手段であって娯楽ではないようです。これは日共も同じで、配下の労音というのはそういったことによる拡大手段です。プロレタリアの夜の娯楽ということらしいです。 でも1929年、赤軍が張学良軍をおってハイラルを占領したとき、在留日本人を集めて連日、赤軍合唱団が慰安音楽をやり、大拍手だったそうです。上海租界での白系露人についてもいわれますが、ロシア人の声楽とりわけ合唱は、ピカ一じゃないでしょうか。そして、共産主義は音楽においても創造を否定しますから、指揮者の役割は大きいと思います。当然大舞台を踏めるのは党員でしょう。 ところで、1930年代のバイロイトですが、ヒトラーの評価はおいて、どの指揮者がもっとも優れていると思いますか? 別宮 |
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date 2006/11/6(月)23:55 黒田さま ありがとう御座います。ただ、私の方にも見本は明日だとたった今連絡がありました。 別宮 |
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date 2006/11/7(火)08:53 別宮さま、 1930年にトスカニーニがドイツ人以外で初出演しました。そして31年にフルトウェングラーです。 私はこの3人しか、30年代バイロイトでは、よく知りません。あとアーベントロートという変わり者指揮者がいたかもしれません。 好みの問題なのですが、やはりフルトウェングラーが最上とされることが多いと思われます。 トスカニーニは、実はアメリカでは「ベートーヴェン・ワーグナー指揮者」として有名でした。 リヒャルト=シュトラウスはやはり作曲家として有名ですが、「客観的指揮メソード」の創始者という側面があります。 別宮さまに一度お尋ねしたかったのですが、ワイマール期の文化というものを要約するとどうなるのでしょうか? R |
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date 2006/11/7(火)08:59 ロックさま 事実をなぞらえればその通りでしょう。ただ、統帥権の独立、統制経済など陸軍論理は、それまで生きてきた価値観には違いないんですが、それを支えるイデオロギーがあります。 そして海軍はいきがかり上の和平反対であるのは、条約派(米内)・艦隊派(末次)呉越同舟であることから、わかります。ところが、陸軍の中では少なくとも石原莞爾は浮いています。そしてチャハル戦を参謀長でありながら司令官になって先頭にたってやった東條英機というのもいます。 つまり、「逃亡」(石原)「応戦和平」(多田)「何が何でも戦争」(東條)の3派に分かれています。今となれば「応戦和平」が正しいのですが、それが失敗したあと陸軍をリードしたのは東條一派でした。そして、「応戦和平」という戦略をぶち壊したのは近衛文麿です。そして、その後の政局を交互に担ったのは近衛・東條です。 こう考えていくと、近衛と東條に共通するイデオロギーを考えねばならないでしょう。それは、平泉澄の皇国史観です。これは一種の垂加神道すなわち儒教的神道です。儒教とは官僚の処世術ですから、官僚の欲望実現のため天皇の権威を利用すべきだということで、神皇正統記などが根本なんですね。これとモダンな社会主義が結合し「高度国防国家」の主張となりました。 他方、石原は仏教ですから、神道とは相容れないんでしょう。現在からだと、平泉澄も石原莞爾も中学生程度の作文ですが、なぜ当時迫力をもったんでしょうかね?ただ、『我が闘争』と雰囲気は似ていて、政治イデオロギーとはそんなものかもしれません。 別宮 |
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date 2006/11/7(火)09:35 困ぺい糖様 畑・杉山・寺内の3元帥共に作戦・野戦司令官が多く現場が長いという経歴の持主なのですね、明治以来の作戦・野戦司令官を歴任して出世する職業軍人の典型というのが良くわかります。こうした人物ならばわざわざ上司にへつらう必要もなく出世できるので部下の阿諛追従が効かないという、上役への絶対服従でしか出世出来ないが矜持だけは高い省部軍人には余程腹に据えかねる存在に写る事でしょう。そういった人物が苦手分野の陸軍大臣でボロを出すと罵倒をしているところを見ると暗い喜びを満たしているように思えます。 さて先帝が率直な武弁型の軍人を好まれたのは、東條・阿南という他分野に嘴をいれて責任を取らない行為をなす政治軍人の危険性を危惧されての事というのが理解できました。ただ陸軍大臣が政治面が苦手な率直な武弁というのも正直自他共に困った状態になってしまうと思うのですが、これは余りに陸軍大臣の資格適格候補者が少なすぎたところからくる弊害なのが容易に推察できますので、これを解決するには陸軍大臣の資格を文民(政治家)にまで拡大するのが良いと思うのですが、その可能性はありえないものだったのでしょうか。 大正の御世にはもうこの手の話題は出ていたものと先の梅津評伝には書かれていますし、軍政の要としての予算は帝国議会の審議を通すのも帝国憲法で規定されおり、憲政実現たる責任内閣制を定着させるのにも政治家が陸海大臣に就任するのは正に時宜にかなった改革提議ではなかいのかと思ってしまいます。 枯山 |
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date 2006/11/7(火)10:57 R様へ、 まずオーストリアです。 1933年当時のオーストリア首相Engelbert Dollfussは強固な反ナチス主義者で、1933年6月にはオーストリアナチス党を非合法化し、指導者のTheo
Habichtを国外追放にしています。 ヒトラーはオーストリア観光業を破壊するために、オーストリアを訪れるドイツ人に一人1000マルクの税金を課したりしています。 この様に1933年から1938年までのドイツとオーストリアの関係は険悪でした。 ですが逆に当時のウィーンがスパイの情報収集場所として適当だったとは思えません。 1933年以前のドイツ国内でのスパイ活動ですが、これは疑問です。 こうして考えてみると当該人物がスパイ活動を行ったとすると、1933年以降のドイツ国外、ロンドンなどとなりますが、・・・何を探ったのでしょう? 結論として書きますと、ご指摘の人物が正統的な意味での「スパイ」であった可能性は低いと考えます。 med |
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date 2006/11/7(火)13:08 Medさま、 なるほど、大分クリアになってきました。本当にありがとうございます。 スターリンに殺されかけた作曲家としてショスタコヴィッチという人がいたりするのですが フリートが殺されるんだったら、そのドイツ系ユダヤ人の素性からかもしれませんが、 R |
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date 2006/11/7(火)14:54 Rさま、別宮様 横から失礼いたします。興味深い音楽談義、楽しく拝聴いたしております。Rさま、教材作りでのご活躍、期待しておりますヨ。(現在、ろくなモンがないし…) リヒャルト・シュトラウスの皇紀2600年の記念曲は、たぶんCDがあると思います。私は昔、テレビでやっていた日本再演についてのドキュメントを見ましたが、初演に倣い、東京中のお寺を廻って「鐘」(梵鐘じゃなくて、仏壇の前や本堂の中にあるやつ)で音階にあったものを探し出し、それをカリヨン(クロマティック・ゴング?)の代わりにするという演出をしていたようです。シュトラウスの日本像は「仏教的日本」だったのかもしれませんね。 もう一つ、知られていない事ですが、このときに作品委嘱をしたのはシュトラウスだけではなく、ほかにも英国の大御所ブリテンやイタリア新鋭鬼才ピッツェッティなどもいたはずです(ほかにも数人、欧州有名作曲家がいたはずですが、申し訳ないことにド忘れしました…)。確かブリテン作品はボツ(「レクイエム」というのが気に入らなかった)、ピッツェッティは当時は有名じゃなかったからあまり相手にされなかった、とか… それにしてももったいない話です。(どうせ芸術なんかちっとも理解しない役人が企画運営してたんだろうなぁ…) 音楽が専門外の私が口出しする事ではないですが、トスカニーニはじめイタリア系指揮者のワーグナーは捨てがたいものです。とくにCDではなく劇場で聞く場合には、わたしはイタリア指揮者のほうがむしろ好きです。退屈しない(眠くならない)んですよ。バイロイトで夕方の4時から夜の11時まで缶詰状態でワーグナーを聞くと、ほとんどすべてが睡魔に対する戦いになります。(しかも、町外れの田舎で、レストラン以外は劇場の裏に小さなスタンドがあってソーセージとビールを草原の上で食べられる程度…) これはほとんど拷問です。しかもクーラーがなく、暑い夏には救急車で搬送される御婦人が出たこともあるとか… この点、7時開演、終バス前(夜一時)にはワーグナーでも何でも必ず終わらせるイタリア式劇場とは、かなり違います。 ワイマール期の音楽ですが、私の勝手な想像ですが、それまでにでかいものを作りすぎた反動かも知れませんね。オケにも劇場にもすでに山のようなレパートリー作品がある、ワーグナーやマーラーのような「大和級」の大作品がある中で、これ以上デカイ物は作れない。作曲家が勝てない戦争をするのを諦めたのかもしれませんね。 ペルソナングラータ |
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date 2006/11/7(火)15:43 ペルソナ=ングラータさま、 よくご存知ですね。皇紀二千六百年は欧州の作曲家の競作という形で企画されました。 ブリテンのSinfonia da requiem は大変な傑作で、2600年でコミッションされた作品の中では後世に残り演奏されているものです。 あとは、フランスのイベールという印象主義によく分類される作曲家で、当時はもうヴィシー政権だったから実現したのでしょう。 問題は、作品が届いてからだったようです。当時の先端の音楽を上手く演奏できるオケマンが日本に殆どいなかったのですから。 R |
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date 2006/11/7(火)16:02 ペルソナ=ングラータさま、 追伸ですが、ワイマール期のご意見は面白いですね。「大和級」(喩えがふるっています)を前にする作曲家心理としてはそうだったかもしれませんね。 R |
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date 2006/11/7(火)16:54 枯山様 現役武官大臣制というものが時代遅れで古臭いものだったということだと思います。軍の3長官全てが現役軍人でなければならない、というのは、戦争というモノが特殊だからと言う軍人官僚の言い訳に過ぎません。本当は、自分の好きな親分を立てて好き勝手したかったのです。 しかし、現象面としては田中義一の蹉跌による長州閥の退潮でしょう。すなわち、山縣有朋の衣鉢を継ぐ者が育たなかったということでしょう。このために宇垣一成による組閣は失敗し、閣僚ポストが軍官僚集団の中での内部選考の対象に落されてしまいました。こうなると、選択範囲の中から君主としてはワルだくらみの少ない廉直な人物を選ぶしかなくなってしまいますよね。 ただ、これがために、軍部大臣だけは毛色の変わったものとなり、普通でも官僚の意見を集約代表する立場の国務大臣が軍官僚の完全なスピーカーと化してしまいました。実はこうなると、政治の優先を考えるなら、戒厳令による親政以外になくなってしまうのですが、相手が肝心の軍ではそうも行かず、結局ににらみが利く、あるいは断固突っぱねられる人物をまず首班指名するという選択肢に昭和天皇は追い込まれたと思います。 昭和16年に東條英機が、昭和20年に鈴木貫太郎が組閣指名されたのは、矛盾するように見えてそうではありません。東條は当時の陸軍の親分でしたし、鈴木は海軍の伝説の鬼貫です。リモコン可能、そして、場合によっては譲位強要もできる宮様内閣など押し付けられたら目も当てられない、というお気持ちもあったと思います。 ところで、一昨日のTVで自民党の二階政調会長が、麻生外相、中川国対委員長が核発言をするのは、任命権者に類が及ぶから控えるべきだと言っていました。たぶん国会運営で野党が審議拒否などやってスムーズに運ばないのを恐れてかと思いますが、この人、わかってないんですね。 安倍総理(総裁)は責任内閣における首相であり、与党自民党の党首です。首相が責任を負うのは主権者(国民)であり、それは実施した政策の結果に対してです。つまり、閣僚の意志による意見表明まで責任を負う事はありません。 民主党や社民党などの統制屋は昔の陸軍同様、マズイ話は言うな触るなと絶叫します。平気で言論封殺をやる連中です。これを煽っているのも今も昔も朝日や共同です。二階はこれを前にしてヘタれたということです。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/7(火)17:29 別宮様 日本の政界のおもしろいのは、意見の入れられない野党や反体制よりもむしろ主流に乗っている人士がこれをよく積極的にやる、と言うことですね。 河野、加藤は現役閣僚のときに媚中を言いましたし、浅沼はたしかに野党でしたが、ことあるごとに内ゲバが起こる社会党の中では主流派(社会主義協会)でした。 はじめは個人的怨恨、意趣返しの類かと思っていたのですが、どうもそうではないですね。信念です。 ところで、韓国人にはこれまた、コンプレックスとは矛盾なんですが、なにげか日本人に対しては常に優位を保てているという意識があるようです。これが儒教意識のせいばかりとは言えないのは、何かにつけてウリナラ起源を真顔で主張することです。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/7(火)18:19 別宮先生、二等兵であります。私も明日あたり「書泉」に行って |
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date 2006/11/7(火)20:35 Rさま ペルソナングラータさまとの会話を聞くにつれ、だんだん追いつけないものを感じ、別スレにいたしました。 ワイマール期の芸術運動を一言でいえば、Neue Sachlichkeit(新実用主義)といわれるようです。ただ、ワイマール文化は第2帝政ドイツの延長であって、ここから大きくは脱線しません。ドイツ文化の特徴はその「大衆性」です。第一次大戦前、オーストリア、フランス、イタリアの文化芸術は上流階級のものであって、中流以下は享受できなかったのですが、第2帝政ドイツはどちらかといえばアメリカ風であって、役人風情が芸術に近づけました。つまり、オーストリアでいう第1階級がドイツでは存在せず、それはユンカーに希釈していたのです。 そして、第二次大戦が終了するとそれまでの自由に対する制限が一挙に取り払われました。ただ、それはルールのない自由でした。例えば、ソ共党員ジノビエフ、ハンガリー共産党指導者ベラ・クーンなどは自由にドイツにきてアジ演説をやっています。これは現在の日本でもちょっと考えられません。ジノビエフもベラ・クーンも無辜の民数千人の死の責任者です。そして、政党はみな武装組織をもち、演説会のときは周囲を取り囲み警戒いました。そこを他党武装組織が襲撃することは日常茶飯事で、誰も取り締まることができませんでした。結社の自由が暴力行為禁止より優先されました。 音楽についていえば、作曲はやはり12音階を特徴としたArnold Schoebergが有名ですが、あまり影響があったとはいえませんが、今日まで伝わっています。それよりもHindemith,Weill,Eislerのような人が、軽音楽をもってラジオを活用したことが当時としては有名になったように思えます。 マックス・ウェーバーが「文化革命の果てには最終的人物が出現するだろう。精神なき専門家、心のない享楽主義者たちである。これら無名人は人類がたったいかなる地平よりも自分たちは高くたっていると想像することだろう」と1920年にいっています。すなわちSPであるにせよレコードまたはラジオで従来劇場・ビュルゲルの舞踏室でしか聞けなかった音楽が一挙に大衆に近づきました。ワイマール・ドイツはいわばそれにアメリカとともに先鞭をつけたといってよいでしょう。 フルトベングラーの件、ありがとうございました。また30年前ですが、フルトベングラーのステレオ盤があるのかというのが話題となっていて、そのおり、近衛文麿の異母弟の秀麿がヒトラーの仲介でフルトベングラーに会ったことを、こともあろうに戦後吹聴して回り、ステレオ盤があるとかないとかいったで疲れたという時代でした。秀麿という人は才能ナシと断言した人がいましたがN響の創始者ですよね。どうなんでしょうか? 別宮 |
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date 2006/11/8(水)02:48 Rさま、別宮様 ブリテンは戦争レクイエムが有名ですが、結構政治的なことにも首を突っ込んでいたようですね。この作品にもどこまで政治的背景があるのかを調べて見るのは面白いかもしれません。のちのち能の「隅田川」を元にオペラを書いてるぐらいですから、まぁ心底からの日本嫌いではなかったでしょうか。 1940年(昭和15年)前半というのは、三国同盟結成の前という微妙な時期ですし、少なくとも英国は、当初この企画に乗っていたわけですから、勝手な想像ですけど、9月の三国同盟成立がなければ、案外すんなりと「神武天皇の御霊を(あるいは日露の戦いなどの英霊を、云々)鎮める」とか、適当な理由をつけて上演された可能性もあるかも、などと愚考しています。(まぁ、Rさまがおっしゃるようにオケにもよりけりですが…) イベールの作曲も日本がドイツと切れていた時期に委嘱れたはずで、上演されたのが同盟結成以前だったか、あるいはフランス降伏後だったかは知りませんが、こうなると作曲家の意図は関係ないと、私は思います。 ワイマール期については、私もそれほど詳しくありません。別宮様のNeue Sachlichkeitの説明に一言付け加えるとすれば、これが(おそらく)それまでのドイツ表現主義(Expressionismus)への反動的性格を含んでいる面があることでしょうか。葛藤だ、ニーチェ的超人だ、感情表現の爆発だ、って続けるのは疲れますし… (だったら、もっと明るいほうへ行きゃいいのに、いけないのがドイツ200年の歴史…) 音楽以外ですと、この時期のドイツ芸術代表は、有名な映画「カリガリ博士」でしょうか。建築ではマーラー夫人の再婚相手のグロピウスとかがいますが、機能的で華のない「無駄排除」のバウハウス、あるいはインターナショナルスタイルが有名で、特にアメリカで流行りました。フランスやイタリアが、この当時(特に30年代)、摩天楼林立のアメリカ建築やハリウッド映画等のアメリカ文化に対して「ムダな抵抗」をしていたのにくらべ、ドイツ文化の特徴は「アメリカと張り合わない」事かも知れませんね。第一次黄金期のハリウッド映画対「カリガリ先生」では、ジャンルが違いすぎて勝敗のつけようがありません。 ペルソナングラータ |
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date 2006/11/8(水)10:01 困ぺい糖さま 前方後円墳は全羅道で10数基発見されています。ただ、5〜6世紀のもので、日本のものより大分新しいのです。初め、韓国のジャーナリストが前方後円墳をウリナラ起源だと言い出したのですが、これはさすがに日韓の学者によって否定されています。ですから、いわば軽薄ジャーナリズムの主張であって、まともに取り上げる必要はありません(もちろん韓国ジャーナリズムの虚偽報道の多さ、またそれにのるNHKを筆頭とする悪質ジャーナリズムは批判されるべきでしょう)。 問題は次で、であるとすれば全羅道にある前方後円墳は日本人が被葬者であると考えるしかなくなります。韓国の学者はこれを認めたくないんですね。なぜかといえば、そうすると任那日本府の存在を認めるしかなくなるからです。 次に万葉仮名ですが、これ自体は韓国の吏読(リトウ)と非常によく似ています。ところが韓国における文献は正倉院に残るものを除くと、11世紀以降になってしまいます。ところが、日本では10世紀には平仮名が出現しています。ですから双方史料が乏しいんですね。全体として、万葉仮名が吏読から影響を受けていることは否定できません。ですが本質的なことは万葉仮名も吏読も漢字であって、新しい文字ではないことです。つまり漢字の音を自国語の表音文字として利用しているだけのことで、これがどちらがオリジンというより、中国がオリジンとしかいいようがありません。もちろん、日本の国粋主義者は「稲荷山鉄剣はどうなんだ?コラ」というでしょうね。でも、漢文(中国語)で書けた方が偉いというのが江戸時代の終わりまでいたんですね。またハングル文字というのは合理的な文字システムではありません。もちろん日本語の漢字3重読みも合理的ではありません。 そういったことより、日韓両語が似ているという人が日韓双方に多いことが問題でしょう。言語の比較は数詞を基本とするべきであって、残念か喜ぶべきか知りませんが、日本語は世界に冠たる孤立した言語です。そもそも「日本人がどこから来たか」という問題の設定が誤りで、以前からいたというしかなく、それから裸になってたどり着いたさまざまな国からの難民を吸収して日本人が成立したのであって、いわば古代のアメリカです。それに反して、韓国語というのはインド=ヨーロッパ語に似ている印象を捨て切れません。韓国語の123がハナ・トゥル・セですから、仏語のun,deux,trois英語のone,two,threeに似てますよね。この比較自体は比較言語学からは無茶苦茶ですが、日本語のヒ・フ・ミはいずれにしても類語がなく厳しいですよね。 ジャーナリストや学究ではない学生のアジ演説を相手にする必要はないのですが、韓国人は自己の主張が敗れたとき、次の論理に従わず、ブルブル震えて人格否定だと泣き叫び、指をつめたりすることが問題でしょうね。 別宮 |
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date 2006/11/8(水)11:56 R様へ、 当該人物は、1937年までの消息がわかり、1937年から1941年までの間にソ連で死亡したということでよろしいでしょうか? この仮定ですと、粛清と言っても細かくは3つの時期に分けることが出来ます。 まず一般に大粛清、とかスターリン抑圧とか言われているものの時期ですが、厳密に言えばスターリンは死ぬまで粛清を続けていたともいえるので明確な時期は諸説あります。 第2は、1939年の独ソ中立条約です。 最後に1941年の独ソ戦開始です。 全体的に言えるのは当時のソ連においてはあきれるほど人命が軽いということです。 例えば1941年には、ドイツ軍の進撃に対して、当局の疎開通達以前に早めに逃げた農民は、「許可無く農地を捨てた罪」で処刑。 ヴォルガ流域に殖民していたドイツ系住民やクリミアタタール人などはそれまで何もしていなくても信用ならんと、いきなり強制疎開。拒否すれば当然処刑。 他に戦闘機設計者なども設計に不良が続けば、「生産を故意に遅らせた罪」で処刑だったようですから大変です。でもおかげで、皆、必死でいい物を作ったようではあります。 「人民のための音楽を作らない」というのは当時のソ連では至極全うな罪の部類でしょう。 このように、1937年から1941年のソ連では「何でもあり」という感じですので、当該人物が何らかの粛清に巻き込まれた可能性は低くないと考えます。 ただ、逆に当該人物が積極的に何かして粛清されたという可能性は低いのではないかと思います。まあ、1939年の独ソ不可侵条約であわてて再亡命とか企てて、ばれて、強制収容所行きとかの可能性も捨て切れませんが、・・・。 最後に、前回、職業的スパイの可能性は低いのではないかと書きましたが、一つだけ可能性がありました。 まあ、プラハにいたからスパイだったとは言えませんが。 med |
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date 2006/11/8(水)12:05 別宮さま、 本当にありがとうございます。ワイマール文化について、お説を元に、私なりに文献を当たり再構成してみようと思います。 仰る通り、近衛秀麿はN響の前進である新交響楽団の創設者の一人です。つい最近、彼についての初の伝記が出版されたはずで しかし、彼はただのお公家さんではなく、才能は絶対にあります。初回以外は確か客演という形でベルリンに招かれているはずです。 日本人の悪い癖に「嫉妬」(?)があると思うのですが、どうでしょうか。 彼のベルリンとのレコーディングはアメリカでも売られていて、私は数曲聴いた限り大したものだと思いました。 彼が作ったN響ですが、2週間前カーネギーホールにやってきました。 R |
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date 2006/11/8(水)18:27 R様 カーネギーホールですか。N響の当日の演目は存じ上げませんが、Avery Fisher Hall辺りよりは良かつたかもしれませんね。 近衛秀麿の伝記は私も書店で手にとつて購入しやうと思ひましたが、運悪く?別宮様の著作を見かけましたのでそちらにしてしまいました。(大笑) 朝比奈の海外での評判は存じませんが、小澤はWiener Staatsoperを仕切つたのですからたいした物です。 |
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date 2006/11/8(水)18:33 別宮さま、皆さま、はじめまして。結構前から閲覧させてもらってます。 オッペンハイマーについては、大学の倫理系の講義で学んだ覚えがあります。(当方、理系の院生です…) 満州核攻撃論についてですが、 マッカーサーの他にも、パットン将軍はドイツ占領後、モスクワまで攻める気があったようですが、 |
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date 2006/11/8(水)20:37 だいもん様 ダウンフォール作戦そのものを原爆投下によって代替させるという考えは米軍はもっていませんでした。むしろ、原爆だけで日本軍が降伏するなどとは思ってもいませんでした。 一方、朝鮮戦争においてマッカーサーが主張した満州空爆は、これは戦時における日本空爆とは別の性質を持ちます。すなわち、朝鮮半島における共産軍打倒のために中国領内を攻撃する、は、満州における中ソ両軍を先制攻撃することを意味します。そして、中ソ友好同盟というものを盾にとって、今度はソ連軍が東西ドイツ国境から西欧諸国に飛び込むおそれがあります。ようするに日本を基点としての大陸への軍事行動は、直接ヨーロッパに響くのです。 そして、理系学者はおおむね政治音痴です。ですから、空爆そのものを禁止すればいいんだ、というような浅薄な議論になってしまいます。これはいわゆる観念や理性の問題ではないのです。 満州空爆論は戦線がほぼ鴨緑江まで推進できて慢心したマッカーサーが中国軍に逆ネジを食らわされて慌てたのが発端です。むしろ、朝鮮戦線で反撃して中国兵の死体の山を築き続けるべきでした。とにかく戦線を後退膠着させることに必死で、殺し方が足らなかったと思います。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/8(水)20:41 ペルソナングラータさま ドイツ表現主義とはいいえて妙であって、よその国にドイツ的な意味での表現主義はないのでは? 表現主義とはいわば、個人の感情なり心理なりを、文学にしてみたり、音・光などで示すことでしょう。劇場ですと、悲しい場面ではライトが青い暗い色にすることで、日本人からすれば「それがどうした」ですよね。 考えてみると日本では、紫式部といった11世紀のおばさんが心理描写をやってますし、和歌などもそれが中心です。源氏物語もそんなに悲しんだり脅えたりしないで、気合で復讐しろ、須磨あたりでしけ込むな、という印象ですが、ニーベルンゲンの歌のように「おのれ卑怯な」しかモチベーションがないというのも情けないですね。でもカフカの心理描写は紫式部より落ちますよね。 バウハウス運動というのも、大阪の市立(これはすごい)高校にドイツ的例があるらしいですが、これ1軒ではないでしょう。でも都立青山高校(昔の陸大)正面も似た雰囲気があります。都立高校や有名区立小学校というのは、震災のあとよほど予算が余ったとみえて奇抜な建物が多いですね。私が出たところもそうですが、銀メッキしたスチーム暖房があって、もはや温度調節のバルブが作動せず、近くでは暑くてしょうがない状態でした。でも世界広しといえども国家議事堂の隣が千代田区立永田町小学校というのは日本だけだろうと思いますが、廃校の憂き目のようです。 Das Kabinett des Dr Caligari, Metropolis, Dr Mabuseというのは表現主義映画の代表とされますが、じつはみたことがありません。これトーキー前ですよね?映画作製は資金が必要でメディア王こと鉄兜団首領フーゲンベルグ程度しかドイツでは資金能力がなかったんじゃないでしょうか。ただ、ドイツ人は、伊仏人と違って、アメリカにたいしてハスに構えず真正面から勝負にいこうとしたのは事実でしょう。ただ1932年の統計では(1000人あたり)ラジオ・電話・車の所有率は、米131・165・184、独66・52・8、西欧平均35・20・7です。これだけ離れると、ハスに構えたくなりますね。 そしてドイツ名物階級闘争です。映画館・出版社でもつくるのは難しいのですが、社民党・共産党くらいの組織であれば簡単です。じっさいつくったのですが、そうすると御用左翼芸術家が集まります。ところが商業資本も同様ですが、こちらはオペラハウスのような映画館をつくります。プリレタリアがどちらにいくかといえば、なぜかオペラハウスにいきたがります。そうするとゴム棒などとりだしてSA・鉄兜団などがローテフロントと殴り合いになり、プロレタリアはただのプロレスがみられることになります。そこにヘンリー・フォードが「階級闘争解決の道は大量生産だ」などと言い出して、わけがわからくなりました。 別宮 |
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date 2006/11/8(水)21:34 ペルソナングラータ様、別宮様 >劇場ですと、悲しい場面ではライトが青い暗い色にすることで、日本人からすれば「それがどうした」ですよね。 おお、さう言へば戦後Bayreuthを風靡したWieland様式もよく考へますと、真つ暗と青い光オンリーだつたやうな。 |
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date 2006/11/8(水)23:10 別宮様 ペルソナングラータ様 ドイツ表現主義ですか?活弁時代の映画はけっこうキッチュで面白いです。 当時からお金を一杯かけられない分、カメラと演出(というかダマシ絵)で工夫工夫というのがお約束のようです。 しかし、メトロポリスといえば、この ついでに吸血モノ映画の元祖「吸血鬼ノスフェラトゥ」 時に、最近のドイツ映画でも「ベルリン天使の唄」とか「Uボート」など、ハリウッドと違うといいながら、やっぱりハリウッドを意識、というのが多いのです。 ところで、わが国の「ハワイマレー沖海戦」「加藤隼戦闘隊」「南海の花束」を見ると、これまた地球の反対側でモンキーじゃなくて完成度の高い作品があるのはちと驚きです。 やっぱりブルーノ=ガンツのヒトラー役はいいね 困ぺい糖 |
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date 2006/11/9(木)00:11 困ぺい糖様 今回の中川氏の核発言(しかも内容は我国は核武装しないにはどうするかの議論)でもそうですが、最近とみに朝日・共同に社民・小沢民主党などは陸軍統制屋や革新官僚連の由緒正しい後継者なのだという認識が強まる一方です。この手合いがよく内面指導を好み、他者の自由を踏みにじるのに恬として恥じない言動をするのを見てしまうと、本当は自由や権利というものに対して全く深く考えてませんでしたと白状しているというのに気づいていない上に、そうした態度がどれだけ反感を買うと言うのがこの半世紀以上もの間に国民多数の支持を得られない理由というのが、全く理解できない頭の鈍さには驚かされるばかりです。 この手合いにの提言は、かつて大日本帝国を崩壊に導いた体制の復活というのは頭の痛い問題だなと思ってしまいます。 こちらが長々と伸ばした話題にお付合いいただきまして誠に有難うございました。 |
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date 2006/11/9(木)01:49 別宮様、さきちゃん様、困ぺい糖様 ロボット女、いいですねぇ。不思議となまめかしく色っぽいんだな、これが… さて、ドイツ表現主義の影響が一番強かったのはおそらくソ連でしょうか。 演劇では、演出家のメイエルホリドMeyerholdなどがいますが彼の「素晴らしい寝取られ夫」(Le cocu Magnifique)の演出についての記録では、別宮様のおっしゃるのと同じパターンで、主人公が悲しいときには舞台が暗くなったり、そわそわすると風車が回りだしたり、嬉しいときには花が咲いたり主人公が滑り台をすべったりしたそうです。彼はモスクワではえらく人気だったそうです。(後年スターリンによって粛清されちゃったけど…) ロシア前衛構成主義とドイツの間には、かなり親近性があると思えます。ほかにも、映画では「戦艦ポチョムキン」のエイゼンシュテインの名前などが思い浮かびますが、両者がともにドイツ系なのと関係があるのかはわかりません… (どちらが本家か、とか、言い出すときりがないでしょうし…) ドイツに限らないインターナショナルスタイルという視点ですと、私の知っているかぎりでは、日本人の建築家だと、武道館を作った山田守などがあげられるかもしれません。この人は戦前は逓信省で働いて、結構色々な「電話局」「逓信病院」などの設計にかかわっています。大正期には、復興事業では復興院の橋梁担当で永代橋、清洲橋等の隅田川の橋を架けるのにも参加していて、ほかにも曲線のかわいい御茶ノ水の「聖橋」とかも彼の作なのですが、昭和のはじめにヨーロッパ、特にドイツ方面へ研修に出かけて、もったいない事に、帰ってからはすっかり「四角く」なってしまったみたいですね。(電話局が大抵四角い建物なのは、彼のせいかどうかは知りませんが…) そういえば、大地真央が紫式部やるそうですね。残念ですが、さすがに光源氏が「暴れん坊将軍」というわけには… |
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date 2006/11/9(木)04:38 困ぺい糖さま > ダウンフォール作戦そのものを原爆投下によって代替させるという考えは米軍はもっていませんでした。むしろ、原爆だけで日本軍が降伏するなどとは思ってもいませんでした。 朝鮮戦争については正直に言って詳しく知っているわけではありませんが、 ただ、よく知らないのですが、当時ソ連は満州方面からいつでも侵攻できる準備はできてたのでしょうか? |
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date 2006/11/9(木)08:50 だいもんさま 用語定義にあいまいさがあったことをお詫びします。空爆は通常、核双方を含み、当時軍人は区別していなかったと考えられます。つまり、兵器として投入可能なものは何でも使え、ですし、化学兵器のような同害報復の可能性も薄い(日独は核開発を断念)兵器の場合は、気軽も何もなく、純粋に他の兵器と同価として使用したでしょう。 そしてこの場合国体と言うものは、ようするに立憲君主制国家大日本帝国の政治体制です。つまり、領土の縮小ではありません。例えば宣言受諾時、沖縄は既に米軍占領下に入っていましたが、これがために受諾拒否とは陸軍も言っておらず、また、朝鮮、台湾の放棄についても争った形跡はありません。 ところで、このことを敷衍すると、国境線の戦時における確定とは、陸軍部隊の進出線となります。つまり、これを朝鮮戦争に当てはめるならば、1952年以降膠着した前線、つまり現在の軍事境界ラインと言うことになります。これがもっと北方に推進できなかったのは、やはり米軍による38度線持久陣地構築後の攻勢作戦の欠如でしょう。つまり、ヨーロッパ方面への配慮から本気で北上することが出来なかったのです。 一方、ソ連は伝統的に極東においては持久静謐です。つまり、1945年以外、満州に侵攻するという意思は共産党政治局は持ち合わせていません。これはやはり単純に腹背に敵を受けるからで、スターリンとしては、日本軍やドイツ軍の替わりに日独に居座った米軍の存在を意識せざるをえません。スターリンが金日成の南進を承認したのは、勝てる、という金と毛沢東の目算を是としたためです。したがって、空軍と高射砲、兵站以外の派遣は拒否しています。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/9(木)08:53 Rさま さきちゃんさま 近衛秀麿はやはり才能あるようですね。男の嫉妬というのがありますが、あえて苦言をいえば、小沢征爾についていえば、「身なり」がよくありません。やはり会社に寄付金集めにいくときにはネクタイくらい締めねばダメだと思うんですがどうでしょうか? また、近衛秀麿に戻ればやはり素行が問題でしょう。今でも近衛家は荻外荘に住んでいるんと思いますが、戦後になってもいっさい荻外荘に入れないということがあったようですね。 というのはアメリカの会社からフィラデルフィアで音楽会に招待されたんですが、アメリカでも特殊な場所でした。まず不思議なことは、演奏者に黒人はいますが、観客には私のみえる範囲ではいませんでした。そして、中間とあとでボックス・シートの客を集めて、ホールでカクテル・パーティをやります。多くの人はタキシードで、こっちは出張でそんなものはなく、隅に隠れていました。 聞き耳をたてると、どこそこの娘がいるが、おたくの息子にどうかというような話です。そしてプログラムにはスポンサー企業や××夫妻が印刷されており、その人々が理事会を運営し常任指揮者を決めているんですね。つまりアメリカですと、地域の社交界があって、指揮者だけ同格なんですね。そういった意味で演奏者の身分は落ちてもいいということでしょう。こういったヒエラルキーですから、小沢征爾もアメリカでは理事と話すときは、タクシードくらいは着るんでしょう。これが日本に戻るとボヘミアン・スタイルというのが「海外で活躍する芸術家」のなんとなく気にさわるところです。 音楽に限らずベーシックな専門性を知らねば、芸術家の評価はできないと思います。その意味で私には資格が欠けます。でも、スズキメソッドからピアノに話が飛び、我が家のピアノはヤマハだといったら、スタンウェイしか知らんとぬかされて、今でもフィラデルフィアにはガダルカナルと同様、復讐心に燃えています(戦後長く市長をやった人物がガダルカナルのウォーベテランであるため)。 別宮 |
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date 2006/11/9(木)09:43 別宮様 以前、少し朝鮮の古遺物について多少調べたのですが、現存する美術品の殆どが12世紀以降なのですね。つまり、美術史という見かたからするとそれ以前は空白なのです。 前方後円墳が韓国に残る、というのは、埋葬者の出自含めて興味深いですね。 ところで先日、フランスの映画会社が日本の動画を実写映画化するとかで、主演が韓国女優だと言ったらウヨが頭から湯気を立てて怒りだしました。 考えてみればおかしなもので、ガチガチのナチをイギリス人やフランス人が演じても文句が出ません。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/9(木)14:59 Medさま、 もう一度詳しく調べてみましたが、とにかく資料がすくないんですね。この人物。 ご教示頂いた大粛清について、仰る通り年齢的に自然死の可能性もありますが、これも真相は?です。 奥深く理解できました、どうもありがとうございました。 R |
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date 2006/11/9(木)15:20 困ぺい糖さま 例を上げればきりがありませんが、例えばヴィスコンティの「山猫」では、シチリア貴族の親子がバード・ランカスターとアラン・ドロンのコンビでした。ヨーロッパ映画では、わざとまぜこぜキャストをやりますね。(そのほうが、全欧で売り易いからでしょうか。) まぁ、ピリピリしたい気持ちはわからなくもないですけどね。イタリアなどではHyundaiの車が日本車か韓国車かわからないで買ってる人も結構いるようですし… (都合のいいときには「ウリナラ放棄」する韓国…) 一方、「朝鮮の舞姫」こと崔承喜が、欧米ではいまだに日本名(というか、日本流漢字読み)のSai shokiのほうが知られている様で、こういうは結構韓国人メンタリティーには腹が立つかもしれませんね。(まぁ、不思議と全欧的に有名な「サダヤッコ」と違い、崔承喜については今日では専門家以外は誰も知らないでしょうけど) ペルソナングラータ P.S. 滝川クリステルも美人だ。(←本文とは無関係のひとりごと) |
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date 2006/11/9(木)16:12 困ぺい糖様、皆様、 名誉ブリタニア人と同じと感じますのは、同列の人間以上にはちゃんと接して Interstate沿いに新しいGentlemen's clubが出来たと言うので会社のどうしようも 一応田舎オケも田舎バレエも田舎オペラもある町でのことですので、そのような所 #BlueLagoonの放映時間にはなぜかRedGardenが録画されてしまう亀太郎 |
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date 2006/11/9(木)16:17 別宮さま、さきちゃんさま、 おふた方が仰る通りです。 小澤は、弁護するわけではないのですが、結構あのままの性格で、彼を個人的に知る外人はだいたい彼を好きになっているので 教養の無さは、現代の音楽人は大体そうなってしまいました。 本当に難しいところなのですが、少しはみ出す人のほうが芸術は成功するんですね。不思議と。人から好かれますし。 アメリカ人は基本的に世界知らずで保守的ですが、見栄を張る小成金は、よくアメリカ文学のネタになっていますが 何か、音楽談義に付き合って頂き、光栄です。 R |
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date 2006/11/9(木)16:49 ペルソナ=ングラータさま、 なるほど、イペールは確かに三国の前だったのかもしれませんし、 下の表現主義のやりとりを見ながら、カンディンスキーを久しぶりに見たりしたのですが、改めて熱い時代だったんだなと思いました。 R |
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date 2006/11/9(木)18:28 Rさま わたしも、Requiemは常識ハズレだとおもいます。考えられる可能性は嫌がらせか、あるいはペシミズムが発作的にとまらなくなったかのどちらかでしょうね。美術だと買い手が拒否する事はないことではありませんが、音楽では珍しいですね。 ロシア構成主義は半分発狂してるみたいに見えるところが楽しいところだと思います。建築ではヴェスニン兄弟やリシツキー、作家ではマヤコフスキーなどがいますが、ただ単に「芸術は爆発だ!」のイタリア未来派等とは、なんか違うんですよね。 ペルソナングラータ |
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date 2006/11/9(木)19:33 別宮様 「その後の政局を交互に担ったのは近衛 東條です」はおっしゃる通りだと思います |
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date 2006/11/9(木)21:04 ペルソナングラータさま ロシア構成主義は、キュービズムの影響をうけていませんか?というのはキュービズムは、立体をキャンバスに描くことを、いわば科学的というか真面目に研究し、絵を画くより理論づくりに力が入って、結局代表作がなく終わったようなところがあります。 つまり、ロシア人と(低地)ドイツ人は、理論をつくってそれから絵を画こうとするところがあります。ですから、いわゆる名画がかの地に存在しないのでは?まともな美術館がなく日曜日の暇つぶしに困るのは、ベルリン・ロンドン・北京じゃないでしょうか?それにひきかえ、NYメトロポリタン美術館は尋常なる財産の集積とは思えません。だいたい、ドイツ、ロシア、イギリス、中国に画家はいませんよね。天気が悪いせいかもしれません。 日本も近代以降だと熱海のMOA美術館はどうもNY同様狂気の名画集めですね。宗教団体営ですが、分裂して内紛を起しているという噂があります。尾形光琳がどっかいっちゃうと拙いですよね。 それと聖橋はいいんですが、武道館は帝冠様式みたいでグロテスク感があります。九段会館からみると、お堀越しに屋根だけみえて借景が台無しです。京都の名園で比叡山を借景にしているものがありますが、昔、遊園地があって雰囲気を壊すことおびただしいものがありました。それよりも筋悪のような。都知事のいうように、取り壊して、江戸城本丸再建に乗り出すべきかと。 光源氏が、中四国の武士を糾合して、京都に攻め上るというのはダメですか?全国的には瀬田に旗をたてるといって騒いでいるのは田舎者ばかりですね。 別宮 |
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date 2006/11/10(金)07:56 別宮様 ペルソナングラータ様 イギリスの画家といえば、霧のターナーくらいですか。日曜画家がせっせと風景画を描いているというのが英国絵画の私なりのイメージです。あと、最近は軍艦絵と飛行機絵を一生懸命描くのが目立ちます。 ロシア人は革命後のアヴァンギャルドもそうなのですが、定まった形式や様式に沿った作品つくりという伝統がある国です。たぶんイコン作りの影響でしょう。正教に帰依し、神田のニコライ堂に来た司祭から聖母像の手ほどきを受け、ペテルスブルグにも留学した尼僧画家が東北にいたんですが、結局聖母像の形式論議で元の師匠と喧嘩してます。 ただ、おかしいのは、同じ「前線で頑張る赤軍兵士の図」でもロシア人が描くとなにか憎めないところがあることです。眉目秀麗筋骨隆々、重い銃はお約束のトップポジションの模範的兵士が抱きかかえている女の子がやたら福福しかったり逆に萌え系だったり。 ドイツ人画家といえば、私はまずフリードリヒですね。ドイツロマン派愛国画家ですが、いかんせん、ドレスデンやらポメラニアやらの森とバルト海しかない土地に生まれつきました。ですから微妙なデッサンをする人なのに風景画ばかりで人物画がありません。でも、ヒトラーの絵に通じるところがあります。 MOAが光琳をサザビーに出そうものなら、朝鮮総連並み制裁で、優遇税制撤廃ですね。ましてネットオクなぞなら、破防法です。大本教みたく本部にマイトしかけてやる。 あと、光源氏に挙兵を慫慂するには、地方武士も彼の気に入る娘の持ち合わせが必要だったでしょうね。それを京都に連れて行かねばなりません。都から明石大橋近く程度のところに転居させても泣いちゃうような人ですから。 困ぺい糖 |
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date 2006/11/10(金)09:24 Rさま アメリカ英語で楽団控え室を"Green Room"というようですが、日本は知りませんが、けっこう終わったあと出入り自由なんですね。音楽技術などいいだすのは野暮ですが、女性関係・男性関係は大っぴらですね。 この点で日本は厳格すぎるのかもしれません。英米で自宅でパーティをやって、家主がいい加減にしろと思うことは「2階のベッドルーム貸してくれ」というのが何組も現れることのようです。でもこうなると人種的区別は壁になったり(日本人女性にはそんなふしだらはいませんし、いるか?)しますから、小沢征爾がパーティ嫌いになったのはわからないでもありません。ただ、フォーマルなのは嫌っても出るしかありませんよね。それに日本人からみても背が低いですね。 小沢征爾も父親は満州協和会幹部でしょう。これは官出入り業者による政治団体ですが、じっさいには社会主義者の集団です。満州で活躍した人物は「二キ三スケ」といわれますが、いずれもA級「戦犯」に問われ巣鴨に収監されました。すると他の戦犯から「満州帰りはどうもガラが悪い」といわれたそうです。安倍首相の祖父もお仲間ですから、どうなんでしょうか? 一方、アメリカの成金ですが、けっこう軍務経験があるのがいますよね。CVに予備役少佐など書かれると、グッときますね。欧州でこういったことはないので、そのうちアメリカ異質説が出るかもしれません。 別宮 |