過去ログ201-250

201

date 2007/1/8(月)09:21
uname betsumiya

subject re(1):国後の経営

高城さま

観光というのは夕張と同じくだいたい失敗します。まず交通などのインフラと気候が重要です。択捉・国後、釧路、岩手、あたりまでの太平洋側は、晩春と夏、ヤマセという気候現象が起きて、霧・雨がでます。ですから、バルチック艦隊は対馬に向かい、ウラジオ・韓国・上海の北米航路は津軽海峡を通過しています。ウラジオ艦隊は太平洋に出て、宗谷海峡に向かいましたが、霧で迷子になっています。

ですから、釧路から宮古にかけての太平洋側には観光地らしい観光地はありません。恐山くらいのものでしょう。これは周囲がみえなくてもいいですよね。八戸に常磐ハワイアンセンターみたいのをつくった人もいますが、経営うまくないですね。民間資本であれば、国後に観光にはまず出ないでしょう。近所に中標津に教師になっていったのがいましたが、逃げ帰ってきました。女房に泣かれたようです。

北海道で有望なのは航空機産業だと思います。トヨタは飛行場をもってやる気ですし、ホンダもヘリコプターに出ようとしていましたが、騒音とか軍需だとかいいだして、過激な道内左翼のおかげで駄目なんですね。航空機産業は裾野が広く、コンピューター・ソフトから居酒屋産業まで期待できます。北海道人が名古屋・浜松人の爪の垢でも呑むことでしょう。

昨日もきた米軍艦載機の爆音が心地よい(早く日本も空母もて)と思う別宮

202

date 2007/1/8(月)10:07
uname 困ぺい糖

subject 日本の航空機産業

別宮様

たぶん、統制の尻尾を引きずった今のままではダメでしょうね。去年名古屋の三菱が戦闘機の試験モデルを公表しましたが、ロッキードのF-22そっくりなのにガックリきました。こういうのは最近は中国がよくやるんです。
それでもこりずにYS-11の夢をというわけか、官主導で200人乗り旅客機を作らせるつもりのようですが、言い出して何年にもなるのにハカがいきません。ちょうどジャンボ代替のスーパーバード、ボーイングB-787やエアバスA-380があれやこれやでもたついているので、今がトンビが油揚げで乗り出すチャンスだと思うのですが。

航空機産業が荒地に適は確かで、ロッキードはガラガラヘビの住む加州バーバンク、ボーイングがクマが出るシアトルです。ニューヨークにあったグラマン、セントルイスのマクダネルダグラスは90年代の軍縮期に合併されてしまいました。
ライト兄弟がいたラングレーというのも当時はこれまた結構など田舎でした。

ところで、元ヘンリー8世の御狩場、サリー州のブルックスランは後飛行場とレース場ができ、ビッカースの飛行機工場が出来たんですが、日本でも元御料地を転用と言うのはどうでしょう?成田が元御料牧場というのはいい線行ってたと思うんですが。

明日は海自の飛行初めかな 困ぺい糖

203

date 2007/1/8(月)11:00
uname 枯山

subject re(2):祖父の任務

困ぺい糖様

兵科の任務性質についての解説痛み入ります。
おかげさまで、色々不明なところが解消されました。誠に有難うございます。
祖父の軍歴を一度整理しながら纏めるてみると以下のような軍歴となります。
@昭和17年2月からの照海丸(映海丸と同様な実質陸軍所属砲艦)に備砲手として乗船し、4月から7月まではラングーン−プライ間の防潜・防空任務に就いている。
A昭和17年8月から昭和18年3月までは、引き続きラングーン−プライ−アキャブ−ラムリというビルマ〜スマトラ島海域に加えてベラ湾というソロモン海域の防潜・防空任務を行っている。
B交代のため内地に帰還した後、八月に輸送船水戸丸に乗船して、内地からパラオ−ラバウル(ここで執拗に襲撃されています)−マニラ−サイゴン−シンガポール−高雄を経て11月中には内地に帰還。
C昭和19年1月に腰を負傷して、広島で5月まで入院治癒を受けた後に召集解除
D昭和20年3月に再度臨時召集され、8月まで関門地区の防空任務についている。

祖父自身昭和19年には、負傷し入院生活だったのでサイパン・グアムの逆上陸作戦や海上機動兵団の輸送護衛任務に就いたとは思えませんが、ガダルカナル及び南太平洋の航空作戦の為の輸送護衛任務に就いたと思われます。また一番被害が大きい昭和19年は作戦に参加できなかったのが、祖父が生きて戦後を迎えられた一因というのは「塞翁が馬」だなと思いました。

枯山

204

date 2007/1/8(月)11:16
uname ロック

subject re(2):日本人の来歴と日本語・稲作

黒田様 みなさま

おそらく投稿している人の中で 私が唯一別宮様の著作をあまり読んでいないと思います
これは皆様の本意や趣旨とは相当かけ離れたものであり
おそらく皆様の中で気分を害された方もいらっしゃるでしょう 心苦しく思っています
もし邪魔である事をお伝えいただければいつでも退散したします

別宮様はじめ皆様には毎回親切に御教えいただき本当に有り難く思っています

205

date 2007/1/8(月)14:12
uname 困ぺい糖

subject re(3):日本人の来歴と日本語・稲作

皆様

何か微妙に違うなと言う感じなんですが。

もちろん、このサイトの管理者さんの著書にもサイト内容にもまったくアクセスせずに、いきなり教えてクンをやるのはいささか礼を失するでしょう。
しかし、読まなかったからといってそれで資格めいたものがなくなるわけはないんじゃないかとも思いますね。
同じソースを元に考えても全く違う結論に達することはよくありますし、逆に全然方向の違うところから同じ結論を導き出すこともよくあることです。

そりゃ違う意見を見れば「をいをい」と言いたくなるのは人情ですがね。

私自身にしたって別宮氏の著作はほぼ全部目を通していますが、まったく同じ意見というわけではないわけで、そこのところは討論の素として提示できると思います。
でも一応わりととっつきにくい(文字数多いし、ファイル数もすごいし)部類に属する第一次大戦サイトに訪れて、しかも某ラノベの情報統合思念体みたいのが渦を巻いているこの掲示板に書き込もうという方はそれなりに問題意識と自前の研究努力をした人が多いと思います。

だから、元気出していきましょ。(クスリ会社のCMみたいだな。)

困ぺい糖

206

date 2007/1/8(月)14:22
uname ペルソナ・ングラータ

subject re(3):日本人の来歴と日本語・稲作

ロック様

私はロック様の書き込み、いつも興味深く拝見しております。

私は、イタリアへ渡ると、日本へは一年に一回ぐらいのペースでしか戻ってきませんので、別宮さんの著作は、ひどい場合一年遅れで読んでました。「帰ったら早速購入いたします」で、それを買って戻ると、違う新刊書が出たり… あなうらめしや〜。「中国、困った隣人」も、「旅順攻防戦」も、長い間読めませんでしたが、それでも、誰かにおこられたことはありませんでしたよ。

ペルソナングラータ

207

date 2007/1/8(月)15:18
uname 枯山

subject re(3):日本人の来歴と日本語・稲作

ロック様

余りお気になさらないでよいのではないかと思います。自分は別宮様の著作は公刊されているものは、総て目を通していますが、目を通していないので資格無しなどと思われるのは大変惜しいことだと思います。

別の意見というのがあるのはそれは刺激になるからです。かつて海軍の開戦経緯たる直前外交の問題提起をされましたが、あの提起がなければこちらの掲示板で自分の考えを整理して書込む事などしなかったと思いますし、また正直に白状しますがロック様がかつての自分と同じ「海軍善玉」の偏見を抱かれているのを見て、どのようにすれば過去の自分と同じような考え方の人を、その偏見から説得するための方法の試金石にさせていただきました。

こちらの掲示板では流石に「第一次大戦はどことどこが戦いましたか?」式の問題は不味いですが、基本はとても自由な感じで熾烈な討論や検証もあれば、のんびりした雰囲気で料理談義に皆様が花を咲かせることもありますから気楽に行かれたほうがよいと思います。

枯山

208

date 2007/1/8(月)15:42
uname 困ぺい糖

subject re(3):祖父の任務

枯山様

御祖父様の戦歴には純粋に敬意を表します。
といいますのは、昭和18年以降、戦時輸送船の損害はうなぎのぼりになるからです。

これはひとえに海軍の作戦ミスによります。船団護衛について第一次大戦の英海軍並みのORを開戦前にやっておくべきだったのですが、その形跡がありません。地中海特務艦隊派遣国としてはこれはいかなることかと思います。
大井篤の膨大な書にもこのへんの具体的な記述がありません。逆に戦艦大和の油を返せ、に至ってはどう形容していいか困ってしまいます。

輸送船の高射砲は落ち着けば当たるという話もあるくらいで、対艦攻撃ですと高度も低いでしょうから、7cm高角でも十分対処できたのではないかと思います。あとはどれだけ高密度の弾幕を張れるかが鍵だったでしょう。
むしろ、掃射やスキップボミングで低空から来る敵機から高射機関砲で守るほうが難しかったかもしれません。

塞翁が馬はたしかにありますね。本当に紙一重という言葉を実感します。

困ぺい糖

209

date 2007/1/8(月)17:52
uname betsumiya

subject re(4):日本人の来歴と日本語・稲作

ロックさま 皆さま

掲示板への書き込みは政治運動ではないので、あるイデオロギーについて論じる必要はなく、当然私の著作は綱領的文書でも何でもありません。

ただ、ここのところが分かりにくいのも事実です。一度、片山さつき衆院議員の反対候補、城内実氏と話したことがあります。城内氏は人権擁護法案に、「言論の自由」の観点から熱心に反対していました。そして、郵政民営化法案にも反対し「青票」を投じて、自民党を除名されました。私は「人権擁護法案についても郵政民営化法案についても、議場に提出された限りは、法案の是非に係らず、「青票」は政党政治の原則に反しているのではないか?」と尋ねました。

すると、城内氏は「法案の内容に全部反対ではないが、どうしても納得ができない点があり青票を投じた」といっていました。議論はそこで打ち切りましたが、城内氏の言では政党政治は成立しません。そのうえ、今まで党議拘束のかかった法案(与党の場合は閣議決定を経た政府提出のもの)について、城内氏が全部納得できた、とは到底信じがたいものがありました。城内氏は元外務官僚であり、父は警察官僚です。それで政党政治の外にあるんですね。同じ議員内閣制をとるイギリスでもバックベンチャー(陣笠)とフイップ(鞭打ち、与党で陣笠の取締りに当たる人)の動向はしばしば政局を左右します。警察官僚と外交官は議員内閣制を理解しないと誰かがいっていましたが、なるほどとも思いました。

ともあれ、掲示板とはこういった「政党」とは正反対の機能です。そして、黒田さんのいわんとしている所は、著作権的な問題からの意外感のようにも思えますが、「引用」の問題かなとも思いました。じつは「引用」"Quote"は「なし」というのが、政治的主張の場合の原則で、事実については"Quote"しろというのが原則のようです。これからすると、黒田さんの主張はややこしくなるとも感じました。

反面ですが、黒田さんを弁護すれば、九州言論からは理解できるところもあります。郵政反対復党組のかなりの人が九州が選挙区です。じつは郵政反対派でも江藤元総務庁長官は言論においては立派な方だと思います。この人がいなければ、朝鮮総督府の名誉など今はなかったでしょう。でも江藤氏を首にしたのも、細川(熊本)村山(大分)の九州コンビです。そして議場携帯もち込みを一喝したのも西川京子(熊本−福岡)で、対中強硬を唱える麻生外相も九州です。つまり両極端の白黒なんですね。イジメ問題も教員採用試験カンニングも福岡ですが、福岡日教組を理解しないと何が何やら分からないでしょう。この組織には「独裁者」(親分)がいて、人事から個人の年金まで支配しています。当然、反対する方も必死です。

例外を許さずが、啓蒙主義の原理ですが、明治以来九州言論は例外とするのが、わが国の原理のようです。城内氏はここのところがわからなくて、浜松で頑張ったのが仇になったのかと・・・。「白だ!」「黒だ!」といった方が議論に迫力が出るのも事実です。

別宮

210

date 2007/1/8(月)18:18
uname betsumiya

subject re(1):日本の航空機産業

困ぺい糖さま

その通りで「統制」の三菱では航空機は無理であり、またYSのような親方日の丸は最悪です。

さらに、航空機産業はリスクが高いのは当然です。10年間、1兆円程度の損がでても響かないというのはトヨタ以外考えられません。

ただ、立地で現実感のあるのは北海道です。ボーイングのシアトルの経度は稚内です。国後が帰れば、管制域が相当に広がります。ただ、リスクは膨大ですから国・道が頭を下げねば来ることはないでしょう。また、技術者は当面アメリカ人退職に頼るしかなく、アクセスは圧倒的にトヨタが有利でしょう。

ですからトヨタも天覧のための離宮をつくるくらいじゃなければ来ませんよ。御料地潰しかといわれた成田のようなことは希望しないでしょう。トヨタには豊友会という自衛隊退役従業員会があって、組合より強いようですから期待できますし、空母ができれば艦載機は受注確実、またはこれを理由に誘致するくらいでないと納税者は納得しないでしょう。

じつは、トヨタの飛行場は夕張にあります。また、メロン館と石炭博物館という愚かな公共投資の前のアイデアは日本で唯一の「航空機シアター」というテーマ・パーク建設でした。北海道炭鉱汽船の残党がやったので相手にされませんでしたが、石炭保安行政も閉山のとき問題がありました。今でも夕張には炭層が残っています。ロボット採炭が可能であれば、残存できたのかもしれないのです。これの邪魔をしているのが明治の方法しか頭がいかない通産省です。

新日鉄が、つい6ヶ月前まで北朝鮮炭を購入していると聞いて驚き呆れました。高値を理由に国内炭鉱閉山をもっとも強硬に主張したのがこの会社です。「冗談はよせよ」と思いました。上海宝山や浦項をあれだけ応援しながら、夕張にはいっさい目を向けませんから、さすがに元国営企業と思いました。

別宮

211

date 2007/1/8(月)21:14
uname 枯山

subject 輸送船護衛

困ぺい糖様

自分も祖父の軍歴を見て素直に感嘆した身です。遠く内地から南方各地を転々としていた慌しい日々を黙々とこなした祖父やその同世代の人々に自然と敬意を持ちます。また調査の結果の副産物で、模型表紙絵で有名な上田氏が祖父と同様な軍歴を持っていたということを知り少し驚きもありました。

さて、話題を海上輸送護衛に変えさせていただきます。我国の船団護衛では基礎文書の感がある大井篤ですが、開戦前(その直後から)に第一次大戦当時の船団被害に対するORに対して具体検討していたように戦後は触れ回っているように思えたのですが、確かに著作にはタンカーがどうの油の量がどうのと書かれていますが、損害に対する事前準備研究については全く触れられていないというのに奇妙に思えましたが、当時は何もかも泥縄式対応でどんどん沈む輸送船報告に顔面蒼白になりながら苦労したというのが実情というところでしょうか、それではそもそも海軍上層部の説得など出来ないのも誠に無理が無いものであるとは思います。

また嫌な予感がするのですが、大井篤が本当の意味で「シーレーン護衛任務」の重大性を理解したのは、戦時中の顔面蒼白体験が過ぎてGHQに務めている間に、米軍からの自らに対する仕事に関わる聴取とその時の外国海軍の護衛戦に関する資料を閲覧してからではないのでしょうか。また大井篤は戦時中の記述には油に執心していますが、他の分野(太平洋にばら撒いた将兵の兵站)にはほとんどといっても良いくらい触れていないところを見ると日本というより海軍中心でしか考えていなかったのではないのかと疑える記述には、正直寒気を覚えるところです。

ところでお話がらりと変わるのですが、軍事拾遺館のヒトラー元旦発言について大変興味深く拝見しました。ただ西部戦線時代のヒトラーの写真については前列左端の人物ではないでしょうか。頭の上に×がついている有名な写真なので間違いないとは思います。

映っている人物視点ならば前列右端であるので、これは「孔明の罠」ではないのかと小1時間ばかり考えた帝国陸軍下士官気質の
枯山

212

date 2007/1/8(月)21:48
uname 困ぺい糖

subject re(1):輸送船護衛

枯山様

さっそくご指摘有難うございます。誤解のないような表現に改めましょう。

大井が戦後の後知恵史観でものを言ったという視点は新鮮と思います。このあたりはかなり有名な史家でも曖昧にしていることが多いようです。
彼がGHQのウィロビー機関に属して一番熱心にやっていたのは、現在原書房から発刊されている資料によると終戦前夜の騒動に絞られます。これは政治の話ですし、また陸軍たたきかともとれます。
一方で、終戦クーデタを考える上で不可分ともいえる決号作戦などの本土決戦の作戦面についてはほとんどタッチしていない印象を受けます。
実際河辺(虎四郎)、宮崎(周一)ら参本への聴取はタッチしていなかったと見られます。

また、作戦について、石油ばかりを云々するというのも仰るとおりこの人の特徴です。海軍は蘭印石油交渉失敗を対英米開戦の理由に挙げていましたから、この文脈上とも考えます。戦後は東條一派が自衛戦争の理由に挙げ、今も莫迦右翼が騒ぎますよね。
それと、読んだ限りにおいて、やはり海軍人に国家戦略のグランドデザインは任せられないとも感じました。内海洋防衛のためには島嶼守備隊に兵站線を維持し続けなければならず、これは駆逐艦や潜水艦の代用で済むものではありません。かなり綿密な計画を要します。たとえば、何トンの○○丸同型なら兵員何名、弾薬何トン、これを何隻揃えて護衛が何隻、陣形を変え、速度を変えると損害率何%という理数計算が必要とされます。
これは米軍が弾道計算用の計算機を流用したというほどの複雑さです。石油の消費量はその結果論に過ぎません。どうもシミュレーションに失敗したか、真実を隠したか、ですね。

海軍人はほとんどこの戦争については肝心なことを話してはいません。そして、米内らのことについて批判的な言辞を聞きません。陸相阿南が切腹前に「米内を斬れ」と言ったのはやはり理由があったと見るべきでしょう。
海軍は陸戦隊と言う独自の兵力も保持していましたし。

困ぺい糖

213

date 2007/1/9(火)04:24
uname 高城

subject re(2):国後の経営

別宮さま

自分の言いたかったのは、観光といっても、自然保護区的なイメージですね。ガイドや民宿みたいなのが食べていければ、良いのではないかと思ったのですが。お隣の知床は、世界遺産で観光地としてもやっていけそうですし。道東の釧路湿原や摩周湖なども同じような気候かと。遥か北のカムチャッカなども、世界遺産ということで、観光客が訪れますよね。交通不便(島)で超多雨の屋久島(世界自然遺産)(暖かいですが)は、観光地として人気です。なので、うまい具合にブランドイメージを構築できれば(甘いですかね)、今時、本物志向ということで、失敗はしないのではないかと。

高城

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216

date 2007/1/9(火)08:06
uname 高城

subject re(7):日本人の来歴と日本語・稲作

別宮さま

弥生時代の開始期の話を蒸し返してしまうのですが、やはり、水田耕作開始の時期を弥生時代の開始と見ていいのではないでしょうか。縄文土器を伴う遺跡で水田遺構が発見された時、考古学者の間でも、弥生時代を早めるのか、縄文時代の水田なのかと議論があったのですが、おそらく、そのうち弥生時代を早める考え方が定説になると思います。土器の形の違いといっても、用途の違いであることは少なく、たいていデザインの違いにすぎないのでしょうから、出来うるのならば、生産手段の違いで時代の区分をするのは、避けられないのではないでしょうか。ただ、言葉の定義を変えると混乱するので、本当は新しい用語を作った方が良かったのかもしれません。

東日本の縄文時代の生産手段も採集・漁労あたりは特に軽視できないと思います。動植物相の違いを計算に入れないと、東日本と西日本の人口密度の違いも説明できないのでは。東日本の農耕が優れているなら、西日本もマネをすればいいのでは。でも、動植物相の違いはどうしようもないですよね。西日本の自然が多くの人口を養わなかったからこそ、非定住・粗放(焼畑とか)であり、初期の生産性の低いと思われる水田農耕に頼らざるをえなっかたと考えます。

あと、粗放農業は土地の栄養分をうばいますから、非定住にならざるを得ず、他の理由で定住できる状況なら、小規模に止めたものと思います。農地を開墾する時の手間を考えると、土地生産性の低い粗放農業で定住するのは、かなり困難だと思います。外国のように肥沃な土が流れてくるくる川でもあれば別ですが。

高城

217

date 2007/1/9(火)09:41
uname betsumiya

subject re(8):日本人の来歴と日本語・稲作

高城さま

時代区分の名称ですが、考古学者が時代名を決めるものでしょうか?弥生式土器であり、縄文式土器であり、それに伴って各種土器によって遺跡の年代比定が行なわれています。

それと、前回申し上げたのは水田を伴う弥生式住居が多数発見されたかという点です。弥生時代とされる大規模な集落の大半は防禦施設を伴うものだったり、高地性のものだったりであって、この時代がかなり血腥いものだったことをうかがわせています。

『魏志倭人伝』の倭国も弥生時代後期にあたりますが、「種禾稲苧麻」とあり牛馬無し、とあります。従来「禾稲」を水稲とする解釈が一般的ですが、そうと確定できと思えません。禾は語源からいって稲の茎から下をさすだけです。さらに漢文解釈の原則は対句を発見することで、この場合「稲」と対句となっているのは「麻」です。麻と対比する稲が水稲と限定することは誤りではないでしょうか?

さらにいえば、弥生=水田説の本は登呂遺跡のためではないでしょうか。でもこの遺跡は室町時代であって、弥生ではありません。また、粗放農業が集約農業より人口を多く養えるは何かの誤解でしょう。耕地面積にたいしてはその通りですが、水田に固執すれば耕地面積は少なくなります。なぜならば水田は水平が確保される必要があります。ヨーロッパは水田農業と比較すれば粗放農業ですが、田舎にいけば山の上から下まで全部耕地(小麦)であるのが普通です。

要は、水田の始まりを何か重要なことと考えるのは、たんなる日本人の思い込みではないでしょうか?また粗放農業では非定住は誤りです。ヨーロッパ人も華北人も定住しています。またライン河やセーヌ川は流域を変えたりしませんよ。また、私は東と西とで生産性など比較していません。ただ、扇状地が多い東日本の方が水田には有利です。奈良時代まで、東日本〜浜名湖から東はほとんど人が住んでいなかったのでは?農業は人口を決定しますが、日本で水田による人口増加が顕著となったのは龍吐水が発明された室町以降ではないでしょうか?国土面積は日本とドイツは似たようなものですが、明治中期までドイツの人口は日本の2倍です(またドイツの農業条件が北海道より悪いことは確かです。水田固執が正しいということはないでしょう)。

東西対立の原因などについては文意がよくとれませんでしたが、奈良以前の東西対立というのは北九州対奈良であって、関東・関西ではありません。さらに、関西の文化的優位は明治まで続いたのでは?円覚寺舎利殿というのみると、農家の納屋とどう違うのかと思います。これと東大寺南大門とは比較にすらなりません。

別宮

218

date 2007/1/9(火)10:20
uname betsumiya

subject re(3):国後の経営

高城さま

ガイド問題はありますよね。ただ、共産国のガイドはスパイですが、本当のガイドは山岳とか人跡未踏の地の案内です。北アルプスで遭難する人が多いですが、なぜ登山者に地元が「ガイド随伴」を義務づけろ、といわないかが疑問です。無償で救難活動だけやらされたらたまりませんよね。

また観光客とは世界遺産だから観光地にいくものでしょうか?それほど国連指定に権威があるんでしょうか?私は今住んでいる鎌倉市の世界遺産指定運動に反対しています。観光客を呼ぶのであれば、地元に宿泊、食事などして「金」を落としてもらう必要があります。すなわち長期滞在型で魅力をもたせる必要があります。世界遺産はそれと関係ありませんよね。また、私の家を出ると、ときどき、旗もった女性にゾロゾロ案内されている一群の人をみるのですが、あまりいい気持ちしませんよ。

屋久島にはいったことがありませんが、日本における重大な観光地でしょうか?観光地やテーマパークというのはリピーターが勝負です。また屋久島の主要産業は観光でしょうか?釧路湿原とか摩周湖というのはリピーターがおらず、これまた著名な観光地とはいえないでしょう(一度いけば十分ということ)。

本物志向とは縁遠いですが、近くにラドン温泉というのがあって、ときどき劇団や昔の歌手がきています。どうも大型銭湯というのは劇をやりませんよね。女剣戟とか水芸とか小柳ルミ子が歌うとか、陳腐ですかね。「イケー成田屋」とか関係ないことをいい、花道で千円札袂に突っ込んだりして・・・。1877年に日本にきたオーストリア・ハンガリー二重帝国官吏クライトナー(のち駐日公使)が、歌舞伎をみて日本人の観劇態度の悪さをあげつらっています。「観覧席でふざけたり喧嘩をして走りまわったりする。女性は老若の別なく、ふざけたりからかい合ったりである」「「男たちは酒を飲み煙草を吸っている」とのことです(『東洋紀行』)。

ウィーンのニューイヤー(ノイエヤーレ)コンサートをみて、ラデツキー行進曲を最後にきいて恐れ入りました。

別宮

219

date 2007/1/9(火)16:26
uname ペルソナ・ングラータ

subject re(4):国後の経営

高城様、別宮様

国後ですが、無理に観光開発して元を取ろうとするよりも、そのまま抛っておいていいと思います。収入確保という点では昆布漁など漁業が一番手っ取り早いですが、こういうのは、儲かると思った民間人が勝手に始めるでしょう。それより、ロシアの国境警備隊の傍若無人ゾーンが、北海道から少しでも遠くに離れるだけで、十分国益になるような気がします。

観光開発なら、ニセコのような別荘地事業が将来性がある気がしますが、どうでしょうか? 北海道や沖縄に別荘(あるいは老後の住まい)を持とうキャンペーンでもしたら、案外内需拡大になるかもしれません。賃貸でも、東京で小さいマンションの家賃で一軒屋が借りれるのですから。ただ、常に東京などからの交通の便が大きく影響しますから、あまりにも辺鄙なところでは無理ですが。

ラデッツキー行進曲は好きですけど、クストザの戦勝将軍を讃えた行進曲を、過去ムーティー等イタリア人指揮者も喜んで振っていましたし、ちがった意味で感心しています。(中国人指揮者に、「松井石根行進曲」が指揮できるでしょうかね…) ともあれ、劇場というのは社交場ですから、多少うるさくても良いのでは? 18世紀にベネチア人女性がパリでオペラを見て「こっちの劇場はとても変わっています、だってみんな黙って音楽を聴いてるんですもの。」と手紙に書いています。まぁ、オペラは良いんですが、普通の芝居の悲劇役者などは常に大声を張り上げなきゃダメなので、最後はノイローゼになる人間が結構いたようですが…

ペルソナングラータ

220

date 2007/1/9(火)16:27
uname SLEEP

subject re(4):国後の経営

高城さま、別宮さま

前に書いたことの繰り返しになるような気がしますが、金を落とさせるにはそれに見合う「何か」が必要でしょう。たとえばニセコですが、ここはオージーが土地を買い捲ってますがパウダースノー&交通の便がいい(飛行機代やアクセス)から売れるんであります。リピーターを呼ぶというのは言うはやさしく行うは難しの典型に思えます。王滝100KMのようなクレイジーなMTBレース(朝6時スタート、ゴールまで7〜10時間)が世界中で流行ですがたいてい定員一杯まで埋まるようです。そこに山があるから登るというのは一見めちゃくちゃですが、そのぐらいの魅力がないとリピーターなんて無理なんでしょう。

ちなみに昨日は通勤途中近所でバードウオッチャーらしき一群を見ましたが、朝から道路を占領しやがって!と大変不愉快な気分になりました。観光って大変だなあとつくづく思います。

ところで夕張ですが、北海道のたかり体質(共産主義体質?)を具現化したようなところではないでしょうか。中日新聞に、国が財政援助してくれれば映画祭は続行できた小泉政権の地方切捨てだ、という関係者(匿名ですが)のコメントが掲載されてました。もしも本当だとしたら空恐ろしい話ですね。

SLEEP

221

date 2007/1/9(火)21:59
uname 困ぺい糖

subject re(4):国後の経営

別宮様 高城様

世界遺産。難しいですね。
これを観光資源にすると、当然世界遺産煎餅や世界遺産饅頭が発売されるでしょうし、そうなると今度は純潔派?が「汚すな!」と騒ぎ出すのは必定です。

結局観光と言うのは娯楽です。日頃と違う風景を見ると言う以外に、オフタイムの遊びが大きいんです。越後湯沢のスキー宿はどこでもカラオケと麻雀セットが完備です。滑らずにずっとジャラジャラやってた恥知らずを少なからず見ます。(つうか、周りにいる)
そうなると団体さん向けには踊り子さんいらっしゃいで、真冬に兄弟舟を聞かされる羽目になります。それでも受け入れ側は嫌な顔できません。なにせ、維持するお金は彼らが持ってきます。

つまりは世界遺産饅頭や煎餅の商売を止めることは観光資源としての命脈も絶ってしまうことになります。

摩周湖観光、エアーズロック巡りも他の娯楽ポイント、例えば北海道食い倒れツアーとか豪州シドニー、ブリスベーン5日間のパッケージとなっているのが現状です。つまりそれ単独ではお客を呼べないというのが業者の偽らざる感想と思います。

残念ながら今年のNYコンサート聞き損ねましたが、2年前のCDは持っております。ラデツキー行進曲、そうですね、使うマーチの美しさと軍隊の強さは反比例するのかしらね。ドイツ軍の打楽器ガンガンのホーエインシュタウフェンマーチを比べて聞いた後に特にそう思いました。
ところで、叔母が78というのに昨秋ウィーンの例の楽士会館で合唱に参加しに行きました。今年は阻止せねばといつ言い出すか戦々恐々です。

困ぺい糖

222

date 2007/1/10(水)02:36
uname 高城

subject re(5):国後の経営

別宮さま ペルソナ・ングラータさま SLEEPさま 困ぺい糖さま

ご意見ありがとうございます。

娯楽性が薄いのは承知していたのですが、大して養うべき人口もいないのだろうから良いだろうぐらいにしか思っていませんでした(現住のロシア人は別問題として)。確かにそれだけが主要産業という訳にもいかないでしょうし、ペルソナ・ングラータさまの仰るとおり、放っておいて漁民の安全が確保されたことで良しとすべきなのでしょう。国主導の開発にロクなものは有りませんし。

世界遺産に関しては、ワールルドワイドに文化遺産や自然を評価するということで、面白がって見ています。見た目だけで選んでいる訳でもないので、インパクトが薄いと、行って見てショボかったなどと結構いわれますよね。かつての武士の都にあまり文化遺産が残っていないというのも、個人的には寂しく思うのですが、住民の生活を乱したうえにショボいと言われては、たまったものではないですよね。

高城

223

date 2007/1/10(水)05:19
uname 高城

subject 別宮さまに感謝

別宮さま

過去の文章を読み返し、ようやく、すべての疑問が氷解しました。

別宮さまは、北部九州人の拡散が生産手段=水田によると思い込んでいる自分に、戦争によるのでは?と言いたかったんですね。誤解に誤解を重ねて、あらぬところに行ってしまいました。弥生時代が血なまぐさい時代とは自分も承知していたのですが、何故か水田で拡散とばかり思い込んでおりました。ここまで辛抱強くお付き合いくださり本当にありがとうございました。

また、粗放は非定住にならざるを得ずとの文章は、完全に間違いですね。粗放は土地を連続して使えないことを言おうと思ったのですが、もうムチャクチャです。最初に勘違いをしなければ、駄文を長々書くこともなかったのですが。本当に申し訳ありません。

高城

224

date 2007/1/10(水)09:54
uname betsumiya

subject re(5):国後の経営

高城さま 困ぺい糖さま 皆さま

誰か、「観光地の条件とは、大きい・古い・美しい・楽しめることだ」といっていました。人間、貴重な金を使って旅行にいきますから欲張りになるのはやむを得ない所があります。

これがため純粋な自然だけだと有名な観光地となるには、世界で一つ、日本で一つくらいの迫力がないとわざわざいきませんよね。また、大きいですが、大きすぎてみることができない、という問題があります。例えば仁徳天皇陵は中に入ることは当然できませんし、外からみまわすこともできません。これだと観光地にはなりにくいでしょう。

結果として、人工物が一番人気を集めるのでは?ディズニーランドなどというのが観光地になっています。日本人にとってヨーロッパで人気のある観光地がイタリーやフランスというのはよくわかる話です。

イタリア人がフランス人の観劇態度がおとなしすぎる、と感じたとは驚きです。コンサートとは語源からいっても、調和を崩してはいけないと信じておりました。香港でオーケストラがくると観客は英米独人と日本人だけになるのですが、英米人はタキシードやイブニングに決めてきます。その格好でスターフェリーという1回10円のフェリーに乗りますから笑わせてくれます。日本人とドイツ人はスーツ姿、これで第二次大戦の同盟関係が決まったのかとも思いました。でも、ジャンパー・Tシャツで入場するには根性要りますよね。

ウィーンフィルのノイエヤーレはアンコールの最後がラデツキーと決まっていますが、これはイタリアへのあてつけでは?返せ・戻せ南チロルとか。とった方は鈍感で意に介さないのでしょう。またいつも、いわされているんでしょうが、指揮者が訳の分からぬ口上をいい、今年は「ルーマニアとブルガリアのEC加入へのお祝い」でした。これはトルコへのあてつけですよね(考えすぎか)。

中国はとにかく「作戦家」がでないところです。南宋の岳飛が有名ですが、どちらかといえば対外硬を唱えた政略家です。結果として、三国時代の関羽が唯一の「軍神」であって、横浜にも「関帝廟」というのがあります。でも関羽は内乱中の英雄であって、ラデツキーやオイゲン公のような(オーストリア=ハンガリーも数少ない)外征に勝利(たいしたことはないが)したわけではありません。林彪や彭徳懐は失脚したせいもありますが、軍功がたいしたことがなく、評価されていません。ともあれ結果として、中国人は軍神になりたくて仕方がないところがあります。

ところが、日本は軍神だらけで、75万人の野戦軍を崩壊させ、人口6億の国の首都を陥落させた松井石根を知っている現代日本人はあまりいないのでは?ところが、中国人はよく知っていて、これがため南京虐殺をデッチ上げられて(方面軍司令官であって軍司令官でなく、法務を担当していなかった)処刑されました。この事実も大半の日本人が知らないことからきた結果かもしれません。蒋介石も同様で、和戦の交渉相手を松井石根とみていたフシがあります。これはハーグ陸戦規定からみれば自然(蒋介石の肩書きは国民革命軍総司令)ですが、日本的にはおかしいですよね。それで近衛文麿や広田弘毅が不貞腐れたというか、あまり相手されず面白くなくなった可能性があります。

あと数百年たつと中国人が松井石根行進曲を作曲してくれるかもしれません(中国はピアノがあっても調律不十分なためオーケストラ向け作曲は難しいのですが、人口が多いですからバイオリンなどでは天才的なのがいます)。

別宮

225

date 2007/1/10(水)14:10
uname med

subject re(5):国後の経営

SLEEP様、他皆様へ、

北方4島の経営ですが、確かに観光ぐらいしかないでしょう。
漁業もありますが、この海域で漁をするとしてもその基地を島におく必要はありません。
漁業で潤うのは根室、釧路などになるでしょう。

ただ観光とはいっても「自然」しか売り物が無いわけで、その自然にしても港やその周辺には廃棄船が野ざらしで、地上には廃屋と廃棄物が山のようですから、これらを整理してからになります。
そして皆様ご指摘のように「自然」だけではあまり売り物になりません。
知床を訪れる人は少なくないのですが、「通過」型が大半でお金を落としてくれる「滞在」型は少数のようです。
実際の宿泊は近隣の温泉地になってしまっているようでして、・・・。
まあ、「自然」しかない地区に宿泊しても夜間に森をうろつくわけには行かないわけで、・・・。

ですから、北方領土で「観光」で食べていけるのはせいぜい数千人でしょう。
現在のかの地の住民は2万人程度と聞きました。
以前、この問題に詳しい友人と話したときには、北方領土を抱えた場合、1万人以上のロシア系生活保護者を抱えることになるだろうとの結論になりました。
うーむ。

夕張ですが、SLEEP様のご指摘は、・・・残念ながら事実でしょう。
ちなみに北海道新聞では本日も「夕張の苦境は国が見捨てたから」という論が載っていました。

夕張その他の炭鉱は潰れたのではなく、国に潰されたのであり、それは炭鉱の組合を潰して社会党と共産党の地盤を破壊するための自民党の策謀である。
という意見を未だにまじめに語る人が存在しているのが北海道の悲しいところです。
こーゆー人は、当時の炭鉱員の給料が平均給与の3倍以上であったこと、夕張炭の値段が輸送費込みのオーストリア炭の10倍近くに達していたことは触れないんですね。
当時の社会党の代議士は、夕張の石炭が高くても国の政策として製鉄会社に引き取らせればよい、と主張し、製品の鉄の値段が高くなって競争に勝てないと言われるとその高い鉄をまた国策として自動車会社に引き取らせればよい、と主張していました。
共産主義まっしぐらでした。

ですが、流石に北海道民の中でも夕張の苦境の原因は夕張自身という意見が強くなってきているようには感じます。
何しろ財政難と言いながら平均の倍の数の職員がいたようですから。

また内輪話になりますが夕張映画祭というのもいろいろとありまして、・・・。
手伝いの市職員には残業代、休日出勤代が出るのです。ところがボランティアにはほとんど出ない、・・。
恐ろしいのが「芸術家」の扱いでして、・・・。
さる画家の方が激怒していたのですが、夕張映画祭のポスターを頼まれて描いたらしいのですが、これがなんと事実上の「無料」だったらしいのですね。
その方は北海道の洋画家としては指導的な立場の方で絵もそれなりに売れている、当然高齢、なのですが、作品を書いて渡し、それがポスターや絵葉書になり、しばらくたっても契約書も金も持ってこない、・・・。
で、問い合わせると、・・・。

「最初に確認しなかった私も悪かったが、まさか無料で絵を提供しろということだとは考えもしなかった。こんな事は初めてだ。ポスターに選んでやったからありがたく思えという話なら小学生の絵でも使えばいい。」
とのお話でした。
何でも、これまで絵を提供してきた画家は、公に悪口は言えなかったようなのですが、その代わり二度と依頼を受けなくなったとの事でした。

なんともあきれる話ですが、夕張映画祭の体質が判る話と思います。

med

226

date 2007/1/10(水)17:23
uname 黒田長政

subject re(5):別宮師へ質問させてください。

別宮さま

自分はこの掲示板で歴史学の事について造詣の深い別宮さまと対談させていただいている気持ちでいました。
雑誌の投稿の肩書きも近現代軍事史評論家→近現代史家へとご自身で名乗っておられるではないですか。

それなのに「高城」氏は何ら独自性も独自の情報でもない、ユーモア皆無、しかも別宮師の論旨を別の言葉で
言い換えただけの要領をえない長文に私をつき合わせました。だから怒ったのです。
ですが、反省してもう二度と投稿者の厚顔さを指摘するのはやめます。

別宮師に質問ですが、自衛隊、警視庁で九州出身、及び両親が九州、祖父母が九州の人間が、
いっせいに辞めれば、組織はガタガタになるのではないですか?

勿論、ヤクザにも九州出身者は多いですが。

黒田                           謹言

227

date 2007/1/10(水)22:26
uname こぺてん

subject re(6):国後の経営

国後には、横田基地や厚木基地などからの米軍の移転というのはいかがでしょうか?
もともと、横田基地は、米軍の極東地域全体の輸送中継ハブ基地(兵站基地)としての
機能を有しているのであって、別に東京でなければいけないわけでもないのでは?
また、厚木のほうは、岩国移転が言われてますが、岩国のほうで反対運動でどうなるか
わかりません。
横田や厚木が返還されれば首都に大規模空港が増えますし、メリットは大きいです。

また、自衛隊や米軍の大規模演習場としても使えると思いますが・・・駄目ですか?

228

date 2007/1/10(水)22:36
uname 困ぺい糖

subject re(6):国後の経営

別宮様 高城様 med様 他皆様

観光の要素、というか娯楽業であと一つ付け加えるなら「自分だけ得した気分」というのが大事です。

TDLが当初成功したのは、弁当持ち込み不可、人気アトラクションを行列待ちでもガマンする、スタッフが気障な呼び名でお客にサービスする、という大衆娯楽の常識からは真逆のことをやってしまったと言うことがあります。
実はこれ、Disnyというブランドを眼一杯お客に浴びせてこちら側に巻き込むという戦略のほんの序の口でした。おかげで、ボクもあたしもミッキーの選ばれたお友達になれたという満足感に浸らせることが出来、リピーターを呼び込むことに成功したと言えます。
つまり当初からあそこの狙いはリピーター増産でした。

ところが、20年を閲してこれを真似したのが愛知万博です。しかしまず成功しなかったのではないでしょうか。回りを見回してもまた行きたいと言う人はまずいませんでした。
官が期間限定のイベントで腰をすえて浦安に骨を埋めるつもりのテーマパークの真似をしてどうするのでしょう。

エアーズロックは人生でも一回しか見れないとかいうのは、確かにまた見たいという願望は呼びおこしますが、岩は「また来てね」と愛想を振りまいたりいたしません。日本の官営観光イベントの最大の問題点はまた来る気の起きないものばかりを打ち上げることです。
夕張映画祭にしても、カンヌやベニスがなんで盛況なのかという点をちゃんと調べていないように見受けました。そう、映画祭の主役とはその時々の旬の話題作なんです。これらの作品と監督、俳優、スタッフを前面に押し出さずにどうするのでしょう。

なにせ、VTRが家庭に普及して30年たちますからね。古い映画なら大概いつでも自宅で見られます。

ところで、九州について一言言っておくぞ。(口調変わる)
もう、大分というのは村山トンとか阿南とか平松とか衛藤征士郎とか。
福澤諭吉や広瀬武夫の顔にこれ以上ドロをぬるなっつうの。

謝れ、全国の衛藤に謝れ!

困ぺい糖

229

date 2007/1/10(水)22:59
uname ウルトラザウルス

subject 行くにも帰るにも経費はかかる

こぺてん> また、自衛隊や米軍の大規模演習場としても使えると思いますが・・・駄目ですか?

 演習場への移動経費、これって馬鹿になりまへん。
 拙者が任官した頃は演習場への往復は、全経路高速道。辞める前は一般国道ばかりになりました。
 それから、警備だけで陸自1個師団増設、また海保も第12管区の新設が必要でしょう(現在は沖縄・南西諸島の第11管区まで)。
 ロシアですら半分見棄てている土地ですから、我が国が返してもらっても半分持て余すでしょう。

 いやー、戦前の満州移駐って、毎年師団送っていたんだから、銭かかったろうな。

230

date 2007/1/11(木)01:16
uname ストレンジラヴ

subject ヒトラーに関する最新の報告

何年か前にディスカバリーチャンネルでヒトラーの特集がありまして、
そこでは最新の事実としてヒトラーがミュンヘンの共産主義政府軍に参加し、
評議員に19票で当選し、国民義勇軍(フライコール?)が来た時には寝返ったと
報告されていました。これは深く印象に残っており、ヒトラーが転向者であることを
裏付けれるのですが、なかなか日本文の紹介記事が見つかりません(一つはありましたが、同じ特集を見た感想だけでした)。
しかし、皆さんの研究に非常に役立つかと思いまして報告させていただきました。
できましたら、そこらへんをフォローと言いますか、リサーチして頂いたら何よりです(独文とかで)

231

date 2007/1/11(木)03:10
uname ペルソナ・ングラータ

subject re(6):国後の経営

別宮様、困ぺい糖様、皆様

困ぺい糖さま、落ち着いてくださいませ。どうも、伊吹文明(私、この人の選挙区)にも飛び火したみたいですし… まぁ、変なパンフを高額で売りつけてた、とか、征士郎どんはあまりにもせこいですが…

欧州には「何でも市民ホール」の悪しきシステムが存在しませんので、イタリアでは交響楽コンサートもオペラハウスでやっている場合が多いのですが、日本からのご招待の親善アマチュア楽団でもいきなり定員2000名、築二百年以上の絢爛豪華な劇場などを用意されたりする場合があって、行ってみてびっくり、とか言う話を聞いたことがあります。

さすがに今では、イタリアといえどもコンサートでは私語厳禁ですが、向こうのオペラハウスは、伝統的な桟敷席ならば開演後に遅刻して行っても入れてもらえますのですごく便利です。眠くなったら勝手に席を立って、ロビーでコーヒーを飲んだりとかも… (つまんないコンサートだと、すでに先客がいたりするんだな、これが…) イタリアの劇場は、「大事な日」と「どうでもいい日」の二つがあって、「大事な日」(初日など)に変な格好をしていくと、えらく肩身が狭い思いをします。12月7日のスカラ座のシーズン初日は入場料30万円(2千ユーロ)で、女性は生半可なドレスでは恥ずかしくてロビーに行けないぐらい… (今年度はドレスの似合わないメルケル独首相や、どういうわけかカダフィー大佐の息子なんかが来てましたが…)

そういえば、北朝鮮のマボロシのバイオリニストがどうのこうの(チャイコフスキーコンクールで、低評価に怒って帰ったとか…)、というのが以前ニュースで流れていましたが、中朝の器楽奏者は結局はダメでしょう。バレエでも、フィギュアスケートでも、シンクロでも同じですが、技術だけで、どうも「魂」と芸術性に欠けます。(日本人も、これが結構苦手ですが…)。ロシアは例外になりますが、共産圏の人間はなかなか「イナバウアー」を入れる心の余裕がないでしょうし。

さて、ルーマニアとブルガリア“なんか”が加盟して、何のメリットがあるのか理解できないのはさておき、日本は紀伊半島沖に沈んだトルコ軍艦の引き上げをはじめるらしいですから、ここはもう一度、友邦トルコを皮切りにNOGI−TOGO を国際社会に広める努力をしたいところですね。一方で影の薄い日清戦争、日中戦争での英雄はともに悲しいですね。(どうもその当時からシナなどは雑魚だと思われていた?)挙句にでてくるのが、「百人切り」のようなマスコミのセコイ嘘軍国美談でした。

旧万世橋駅前にあった広瀬中佐の銅像も、できれば復活させたいものだ
ペルソナングラータ

232

date 2007/1/11(木)03:46
uname ペルソナ・ングラータ

subject re(1):行くにも帰るにも経費はかかる

こぺてん様、ウルトラザウルス様

確かにお金はかかるでしょうね。かなり… 

国後、どうしても何かを、というのなら、最後の手段として、日本のほぼ全ての自治体から嫌われている「核処理施設」を作る、という手があるかもしれません。まぁ、これでも港湾や道路の付帯設備建築で、すごい金がかかるでしょうが。(夕張も、この諸刃の剣を振るえば、調査で10億、完工すれば100億以上の助成金が入ってきますが…)

それよりも、こと観光になると「とりあえず近いところからお客さんを呼ぼう」という視野の狭い人間が必ずでてきますが、対馬のような結果にならないように気をつけなければなりますまい。

ペルソナングラータ

233

date 2007/1/11(木)08:24
uname betsumiya

subject re(6):別宮師へ質問させてください。

黒田さま

あまり肩書きに興味がないため、その場その場で適当なことをいっておりまして、ご迷惑をかけたかもしれません。ただ、雑誌に投稿(読者の声などへの意味?)の記憶はなく、なにかの誤りではないでしょうか。

高城さまの「弥生=水田」説は、独自ではないと断っていますが、ある種斬新ではないでしょうか?ただ、人種からしか歴史をみない日本人は多く、昔、ヨーロッパ人=狩猟民族、日本人=農耕民族説は誤りだといったことがあります。それと、私の方法論から納得できません。というのは水田=新時代とすれば、同様のことが世界のどこかで起きねばならないと思います。でも聞いたことがありません。日本だけ特殊というのは大体誤りです。フィリピンの水田耕作も日本と同時期に始まっていると思います。これも山がちということでしょうが、土器に変化はみられません。

まあ、ツボにはまったような反論が可能だと、いろいろいいたくなるのは一般的で、私も例外ではありません。

警視庁に多いのは九州、とりわけ熊本県人が多いようです。「オイコラ」というのは熊本弁らしいですね。でも、最近は茨城県人が幅を利かせているようです。いずれも、柔道が強いところですよね(テロリストも輩出しますが)。自衛隊も以前は九州出身者が多いといわれましたが、最近は公務員人気で採用が楽なため、偏りがなくなっているそうです。

別宮

234

date 2007/1/11(木)09:17
uname betsumiya

subject re(7):国後の経営

ペルソナングラータさま 困ぺい糖さま

スカラ座初日が30万円とは、ビックリ。メルケル首相がくるようなことでは、当然かもしれませんが・・・。それと、オペラハウスへはイスラム教徒は入場禁止かと思っていました。付属のボールルームで無料シャンペンを飲もうとしても、入り口にドレスコードが書いてあったりして。

いくらなんでも、外套はおってスカーフ巻かれたら、聞く気がなくなりますよね。そしてドイツ人女性は子供のころは瓜実顔ですが長ずるに及んで、長方形になるような。プロテスタント系は似合うものがあまりありませんよね。

中朝というのはオリンピックに出ても成績ばかり気になるんですね。もちろん日本人も気になるんですが、自分のやりたい種目の成績ですよね。ところが中朝人というのは、金メダルをとりやすい科目というのを狙って、国家が重点予算配分します。中国にいたっては、全国の背が高い女性を中央に報告させ、運動神経のいいのを選んでバレーボールを強制的にやらせたりします。スポーツとは「そういうんじゃない」といってもわからないでしょうね。

音楽についても同様のところがあり、「魂」はその通りです。ただ、日本人より猛練習に耐える「精神力」はあるようで、25歳まではいけるようです。それから後が続かないですね。

万世橋交差点は今、名前を変えて須田町の交差点になっています(全国区では万世橋ですが地元的には須田町、万世橋警察署というのがあって、悪いことばかりする神田住人は好まない)。角に「万世」というけっこう庶民的なすき焼きがあって流行っています。この交差点は、5差路でおそろしく広く、走らないと渡れないくらいで中央には大きな空きスペースがあり、いつでも銅像を置けるようになっています。ただ、昔の銅像は広瀬中佐が下士官を踏みつけているようでどうも評判がよくないようです。

前述のように交差点のぐあいが悪いので、改良し地下道(すでに地下鉄が2本走っており、あるんですが迷路状態でよくわからない。噂では日銀と渋沢栄一銅像のある常盤橋まで歩けるそうです)を銅像真下に通し、バーバリーでも誘致して、トラファルガー広場のノリにしたらどうでしょうか?

別宮

235

date 2007/1/11(木)12:04
uname ロック

subject re(5):日本人の来歴と日本語・稲作

皆様へ

私はいらぬ心配をしていたようです
心苦しさから出た不安と思いますのでご容赦ください

海軍好きな私は(プラモデルは軍艦から入った)元々海軍側情報が過多ではありましたが
海軍善玉説支持というよりは以前から海軍善玉説に疑問を持っていました
ここで自分の問題点を質問して 御答えいただけたことでやっと解れた感じがします

236

date 2007/1/11(木)13:36
uname betsumiya

subject re(1):ヒトラーに関する最新の報告

ストレンジラブさま

ヒトラーの兵士評議会(Raete)参加については、だいたい確実と思われ、本サイトにものせています。ただ、政治的アクティブであれば右左関係なく評議会には参加していたので、これをもって共産主義運動に参加とまではいえないようです。19票云々については諸説あってはっきりしません。

また、本件の出本はミュンヘンの郷土史家"Anton Joachimsthaler"の著作によっていると思われます。1997年の"Hitler in Muenchen 1908 - 1920"(英文)が有名ですが、この本はよく売れて、最近、"Hitlers Ende""Hitlers Liste"と立て続けに出しています。この2冊は独語ですが読んでいなので内容はわかりませんが、2冊で37ユーロの価値はないと思います。1997年版(独語版は1987年)を捜すといいでしょう。ただ日本アマゾン程度では無理で、丸善か南開堂で取り寄せるしかないと思います。

別宮

237

date 2007/1/11(木)15:35
uname モー大佐

subject 『硫黄島』読本

別宮先生、みなさま

モー大佐です。本年も宜しくお願いいたします。

『硫黄島』読本を読みました。フォレスタル海軍長官の言葉はとても印象的で、本人の苦悩が伺われます。
でも南北戦争を遂行した国民なんですね。

私の故郷は伊予の農村で、正月に家族で宴会になると父母から戦時中の話がよく出ます。

今回の話は大叔父が重機関銃兵だった話で、父によると暗闇でも分解・組立ができたそうです。
当時の農村青年は怪力で身体能力が抜群だったのですね。米軍が恐れて当たり前です。

ついでに戦時中の食糧事情を訊くと、まったく困らなかったそうで、役所に見つからないように
祖父母が屋根裏に米を隠したそうです。

空襲もB29よりも、主要道路を低空で機銃掃射するグラマンが怖かったとのこと。松山海軍航空隊は迎撃に
失敗したのですね。田んぼに逃げた人は助かったそうですが。

話は変わりますが、「昭憲皇太后の紅白のお菓子」のエピソードも情け深く、昭憲皇太后は花も実ある皇族ですね。明治天皇の皇后の業績や
人柄は知りませんでした。

妙な話になり失礼いたしました。取り急ぎご挨拶まで。

モー大佐

追伸
できましたら日露戦争勃発年の修正お願いいたします。

238

date 2007/1/11(木)17:42
uname SLEEP

subject re(6):国後の経営

medさま

とあるニュース系ネタサイトで夕張市の今冬のボーナスが夏に比べ半減したとか、住宅費や子供の養育費を除くと19万円しかない!というのがありました。前者は北海道新聞で後者は毎日の記事だそうですが、はっきり言いますがこういう記事に怒りを抱かない北海道民というのはあほじゃないでしょうか?だいたい破綻する前の夏のボーナス平均70万円というのが信じられません。民間じゃちょっと前はボーナス現物支給とかもけっこうありましたよねえ。どうりで横路みたいなのが当選するはずです。

夕張映画祭についての情報ありがとうございます、つか内実はスゴかったんですね。キルビルのゴーゴー夕張で誤魔化されそうになりますが。ともあれ日本版赤い貴族が好き放題やってこれからどうするのか、安倍さんも軽々しく財政援助とか言わない方がよろしいように思いますね。

SLEEP

239

date 2007/1/11(木)18:43
uname 黒田長政

subject re(7):別宮師へ質問させてください。

別宮さま

弥生=水田の議論に私は関われません。基礎を知らないからです。登呂遺跡が室町時代の水田だったらしい、
という情報は私にとって有益でした。ありがとうございます。

現在の自衛隊に九州出身者が突出して多い、という事はない、との事。了解しました。
しかしながら、戦後の一時期、自衛隊は九州出身者が支えていたという事実はご理解ください。国防を担っていたのです。

そして首都の治安を守る警視庁を九州人と茨城人が担っていることも教えていただきました。

で、本題ですが、国防と首都の治安をあずかる、あずかっていた、九州の言論を無視するのがいい、という話には私は
うなずくことが出来ません。何かうまく九州人の武力を下げる事なく知力を磨く事は出来ないものでしょうか?

戦後すぐ東京人は九州人を野蛮人だと言っていたようですが(別宮師批判ではないですよ)、
それは失礼ながら陰謀公家・腰抜け旗本・責任をとらない町人の匂いがします。
国防と首都の治安を守った者を野蛮人?

みなさまのご意見・ご感想をお聞かせください。

黒田                                謹言

240

date 2007/1/11(木)20:31
uname betsumiya

subject re(8):別宮師へ質問させてください。

黒田さま

軍人は国家・国民のため一命を賭して戦う宿命を負っています。そして、残念なことにこういった国家に命令されて戦う軍人について、心無い罵声を浴びせる勢力(〜暴力革命主義者と平和主義者)は確かに存在します。でも、まっとうな軍人は、その人々をも護るために命をかけます。これは当然のことです。

そして、そのようにして戦ったからといって軍人の政治的発言力があがるということはありません。つまり、軍人とりわけ将校は「職業」なのです。日本は職業によって平等の権利が侵害されることは決してなく、例えば「額に汗して働く人々を出し抜くと、より重罰が課せられる」ことはあってはならず、「農村の貧困があると、軍人は戦闘力が衰える」ことがあってもならないのです。つまり、軍人でも検察官でも、職業の特質以外に変わったことはなく、政治的発言権はどの国民とも同一です。

当然、軍人と警察官の待遇について重視する必要はあります。ですがその政治的発言について重視することも無視する必要もありません。つまり一国民です。

仮に、九州人を野蛮だとする発言があったとするならば、多くの九州人が、上述の啓蒙主義について理解していないためでしょう。佐賀の暴力団員が警察内の道場内で、警察官によって殴る蹴るの暴行をうけました。暴力団員はそのあと警察を特別公務員凌虐罪で告発しました。この事件について佐賀市内である女性がインタビューに「多少のことはしょうがないんじゃないでしょうか」と答えていました。これは九州一般の感覚でしょう。でも、警察官も暴力をふるう特権はありません。

最近、警視庁の白バイがやたらと茶髪女高生のミニバタを捕まえています。ですが物事には順序があって、強い人間をまず取り締まる必要があります。ミニバタよりダンプ、女より男をまず捕まえる必要があります。昔の九州男の警察官にはそれがよくわかってたようでした。この点で九州勢力が衰えることは残念なことです。昔の九州人は「野蛮」「バンカラ」といわれれば喜び、「シスターボーイ」「女の腐ったヤツ」と呼ばれると殴り返す気風がありました。

別宮

241

date 2007/1/11(木)21:53
uname ウルトラザウルス

subject 山本七平の砲兵論から

モー大佐> 今回の話は大叔父が重機関銃兵だった話で、父によると暗闇でも分解・組立ができたそうです。
モー大佐> 当時の農村青年は怪力で身体能力が抜群だったのですね。米軍が恐れて当たり前です。

 日本軍は、こうした職人芸で成り立つ組織だったんですね。
 山本七平元砲兵少尉は、日米陸軍砲兵の前進観測者(FO)の違いから、日本砲兵のFOはその場で観測結果から射撃諸元を計算し、砲側に通信する。各中隊のFOは、どんな射撃も短時間で計算できる職人ばかりだったわけです。しかし、こうした職人が一人戦死すると、1個中隊の砲兵の射撃能力がガタンと落ちる。
 一方、米軍砲兵のFOは、単に観測結果を「近い」「遠い」「右」「左」で報告するだけ、「昨日入隊した兵でもできる」。その単純な観測結果から諸元を計算するのは、射撃指揮所(FDC)の仕事で、FO一人戦死しても、次のFOを送り出せばいいだけ。日本砲兵ほど素早い修正射はできないが、戦死者が出ても戦力は簡単に低下しない。零戦のパイロットと同様、どちらが実際の戦争で強いかは、明白です。

 まぁ、重機手は本来の射手が戦死しても、二番、三番が代わりになれるよう教育していたとは思いますが……
 日本人って、近代組織に職人芸を持ち込むのが癖なんですな。それが良く作用する面も多いけど、悪く作用する面も少なかったわけで。
 これが、完全に過去の話ではないところが、なんつーか……

242

date 2007/1/11(木)23:33
uname R

subject re(6):別宮師へ質問させトください。

黒田様、

私も福岡出身ですが、そんなに九州やら福岡やらにこだわって、
半分冗談かと思っていましたが、どうやら本気にご様子でビックリです。
少なくともユーモアが無いのは、あなたも一緒(私もね)だと思いますね。
こんな掲示板のような小さな世界でさえ、そんなことを本気で言うんですから、
そんなのを見せられる方はたまったもんではありません。

私はあなたの投稿は普段は見ていませんが、あまりに酷いと思ったので一言書きました。
皮肉ではなく、大変真剣にこの掲示板に向かい合われているようですから、
「日頃見ていないのに云々」「地理的な特性云々」「であれば**を証明しなければ云々」と言われるかもしれませんが、
私には、答える能力も意思もありません。ただ、掲示板には、こんな人もいることを知っておいて下さい。

R

243 削除
244

date 2007/1/11(木)23:43
uname こぺてん

subject re(1):行くにも帰るにも経費はかかる

演習施設としては、自衛隊が国内で不可能なため、アメリカで行っているような
演習・訓練のことですね。
さすがにアメリカへ行ってやるよりは安いのでは?

あと、確かに国内で嫌われている核施設の移転もありですね。
究極の方法として、核武装用の核実験場という手もありますが・・・無理でしょうね。

観光からずいぶん遠くなりますが・・・

245

date 2007/1/11(木)23:53
uname 枯山

subject re(8):別宮師へ質問させてください。

黒田様

母は九州薩摩の生まれで、今でも癇癪を起こした時には悪口一番「女々しい奴め」等をよく言うとおり、柔弱さは極端に排撃される価値観を保有していますから尚武の気風はいまだ健在というところなのだと思われます。ただ薩摩と肥後はどうも他の九州人とは気質が違う気がいたしまして、薩摩人から福岡人の見方は「京都流儀の人々」でして、どうも戦国期と維新の時からの実績から余り北九州を重く見ない傾向があるようです。

どうも、福岡や大分などの九州では知性を重んずる地方の評価を著しく野蛮評価にしてしまったのは、薩摩・肥後人のあおり評価を受けてしまっているのではないのかと思います。もともと北九州は文化に投資や蓄積のあるのですので、武辺一辺倒の気風ではなく胆力と知性を併せ持つことが可能な人材が輩出できる地方だと思っています。ただ大陸に近いのか知性の向け方が「正潤論・儒教・大アジア主義」に向かうのが問題ではないでしょうか。近代思想に向かえば福沢諭吉ですからやはり九州の文武を称揚するために何より必要なことが「大陸の悪友を謝絶する」事が何よりも成さねばならないことだと思われます。

枯山

246

date 2007/1/12(金)00:02
uname ウルトラザウルス

subject re(2):行くにも帰るにも経費はかかる

こぺてん> さすがにアメリカへ行ってやるよりは安いのでは?

 演習場は、生の地形(生地といいます)では使えないんですよ。適度に人の手が加わっていないと。例えば道路が必要です。それから、中で砲兵や戦車に射撃訓練をさせるならば、弾着地を整備(外に跳弾が出ないよう、工事が必要)しなきゃならない。つまり「里山」であることが必要です。
 演習中に泊まるバラックやトイレ、風呂、売店とかも必要になります。
 演習場整備にもカネがかかるので、きっと国後に演習場を作ろうとすると、とてつもない予算が必要になるでしょう。まだ北海道の過疎の町村を丸ごと立ち退かせた方が安いかも知れません。

247

date 2007/1/12(金)02:19
uname 黒田長政

subject re(7):ご安心を。百姓は斬りません。

R殿

アナタの「冗談だと思っていた」という文章は、文芸批評家の柄谷行人が、三島由紀夫の割腹自決と
その生前の主張を評して「私は彼が実際に死ぬまで、彼の言っている主張を冗談だと思っていた」と
評したのがヒントですね?

相手の主張を「冗談だと思っていた」と評することが、三島をこき下ろすのに一番スマートな表現だと
柄谷は思ったのでしょう。

アナタも批判くらい自分の言葉で書いたらどうですか?

実は私もアナタの文章を読んだ事はありませんでした。
ですがアナタの主張を読んで、まぁ、読まなくて正解だったかな(笑)と思っています。
 
黒田                   謹言

248

date 2007/1/12(金)04:08
uname ペルソナ・ングラータ

subject 墺の伊植民地の経営

別宮様

スカラの初日、桟敷だと一つ借り切るのに100万ぐらいかかるんですが、今年は販売開始直後に全席(約2500席ある)売り切れたそうですから、もっと驚きます。

スカラ座は、もともとは皇帝マリア=テレジア自身が直々に命令をして建てさせた劇場ですが、イタリアの金持ちゾーンは、すっぽり旧オーストリア領とかぶりますね。特にパルメザンチーズで有名なパルマ(イタリア一番の金持ち都市)は今日でも、ここの領主だったナポレオンの二番目の后でもあったマリー=ルイーズ(マリア=ルイジア)に頭が上らない状態で、けなげにも博物館まで作って大々的に顕彰しています。この辺は韓国とは違いますね。スカラも、ちゃんと「マリア=テレジアがつくらせた」と宣伝してますし。一方、北方領土のロシア人は、中朝と同じでたぶん日本には感謝しないでしょうね。

話は変わりますが、パルマ女公マリア=ルイジアの伝記によりますと(最近、日本語も出た)、彼女の愛人ナイペルク伯(Neipperg)との間の隠し子がモンテヌオヴォ家を創設し、その子供が、あのフェルディナンド大公の貴賎結婚に大反対した宮内大臣だったそうでございます。Nei(=Neu「新」)Perg(=Berg「山」)をそのままイタリア語にしたのがMonte(山)Nuovo(新)だという謎かけだそうで。ハプスブルグ家も、愛人の家までに面倒見がいいのはさすがですが、結果的には大失策ですね。

万世橋の広場化は面白そうですね。大噴水も作りたいところです。五叉路などは、ラテン系の発想になるとすぐに凱旋門エトワール広場のような大ロータリーにしてしまいますけど、日本ではダメなのが残念です。譲り合いすぎて、永遠にぐるぐる回り続けることになりますから。

ペルソナングラータ

249

date 2007/1/12(金)05:24
uname R

subject re(8):ご安心を。百姓はaりません。

黒田さん、

結局は自分の知識のみから信じられない断定して、かつ失礼で大人気無いですね。
これが冗談じゃなくして何でしょうか。
あんな書き方や考え方をするのならば、確かに東京や京都などの都会風とは相容れないでしょうね。

私も失礼を言っていますから、おあいこですが、
真面目に言いたいのは、誰でも気分が害されることのなく投稿でき読める掲示板であって欲しいことです。
気持ちは分からないでもないですが、別宮さまの著書などを踏み絵にされたり、(結構読んでいる私でも相当不愉快です)
冗談九州論を提供するのは勘弁願います。話題は自由ですし、私もよくやるように読み飛ばせば良いことです。
しかし、そんなとき、ネットでは私も含め多数の地域の該当者がいて、論じる価値があるのか知りませんが、同じく不愉快だと思います。
あなたが、それで「別宮師より近代的自由を学んだ」と仰るのでしたら、明らかに違うでしょう。
こんなことを言うと卑怯かもしれませんが、「心の問題」に入っていませんか?

R

250

date 2007/1/12(金)09:15
uname betsumiya

subject re(1):墺の伊植民地の経営

ペルソナングラータさま

ウィーンのノイエヤーレの楽友会館のエントランス・フィー(英語の宣伝にはそう書いてあった)は、10万円程度のようです。それでも押し寄せいく日本のおばさんはどうかしている、と思いましたが、序の口ですね。

でも、そういったことに支出できる人口がいないと文化・芸術はもちません。リサ海戦でもオーストリア海軍将校の大半はイタリア人のようで、イタリアのオーストリアへの見方は複雑なものがあると思いました。一つは、サーブ・クロアチア人は、どうしても西ヨーロッパの規範がわからないとこころがあり(アルバニア人は論外としても)、少なくとも北部イタリア人は二重帝国が重しになると思っていたのでは?

トリ・トリ問題では、トレントのやや北に国境線を引けば問題ない気がします。ダルメシア・キューステンラントはもっと複雑ですが、農民は動きませんから、商人のイタリア人は勝ち目はないですよね。でもこれは傍目であって、当事者は冗談じゃないということでしょう。

モンテ・ヌオボの話は誠に面白く納得できました。二重帝国の閣僚は、第1身分にほぼ限定されていましたが、11言語族全てが入っていました。貴族の国際主義であって、フランスの第3身分が嫌うところですね。でも、パルマ公爵家はブルボン=パルマ家と呼ばれていますよね。ツィタ・ハプスブルグはナポレオン家の系統も引くとあって、何がなんだかわからなかったのですが、一端がわかりました。ナポレオンがマレンゴで戦勝したので、フランスが固執したのだと思っていました。

万世橋は戦前はロータリーだったようですね。靖国通りと銀座通りの交差点で、1本は旧万世橋駅からきているんでしょう。ただヘンな場所で、神田川を挟んで北は明神下(神田明神の下の意味で、今は秋葉原電気街)、南は司町という長屋街でした。そして銀座通りに沿って室町(京都の室町の真似、それゆえムロチョウでなくムロマチ。前述のはツカサチョウ)とつながります。

そして、「柿安までは江戸の内」といいますが、この柿安というのは本郷3丁目に現存しています。なぜこんなことをいうかといえば、江戸町人というのは「二本差が恐くて目刺が食えるケー」とかいいながら、柿安の奥にある加賀屋敷の前を通ることも憚られた名残です。とにかく、明神下という地名があっても、明神上はなく、そこは昌平黄でした。今でも下町古老は(湯島)切通しを上がることを嫌います。そういったことで政府のいわれたことには唯々諾々とし、自分からアイデアをいいだすことはないという「お上ごもっとも」体質です。ともあれ、日本橋の上の高速道路は次世代までには取り払うべきでしょう。

別宮