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date 2007/4/24(火)22:56 ロック様 遼馬様 官僚と言うのは結構キツイ部分があるのです。つまり予算は大概単年度主義ですから、要求した予算を使った結果はやはり決められた期間に出さねばなりません。 ところが民間企業家はそうでもありません。一つの事業に対する投資で収益によって回収ができるまで、期間の限定はありません。資本と体力が続く限り待つことができます。(もちろん、大概その前に息切れ、倒産となることも多いんですが…) ようするに何がいいますと、時代が下って人々の官僚志向が強まると、それこそ今日のことは今日知れて…(勝海舟のぼやき)となるのでは? でも、本当の意味で日本がキャッチアップするには、期間とか会計年度は関係なく、寒い北海道の大地で何年も飽きることなく米作普及に挑み続けるといったようなものが必要です。これは企業家精神ですね。 困ぺい糖 |
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date 2007/4/25(水)00:12 前略 さて,当サイトはレンタル・サーバー側の都合により, それでは,今後ともよろしくお願い申し上げます. 草々 |
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date 2007/4/25(水)04:48 別宮様 お返事が遅くなり申し訳ありません。 第二次大戦では、イタリアはあまりにもあっさりとエチオピアを放棄しましたから、すこし満州に似ている感じがします。でもアビシニア戦役では、イタリアはとんでもない数字の出費をしてますね。当時の貨幣ですでに400億リラだそうですから、天文学的数字でなんだかイラク戦争のアメリカみたいです。しかも第二次大戦で連合軍に負けるまでの数年間の間にも、これまたとんでもない額のインフラ整備の出費をしてますから、見返りになるべき「帝国」のタイトルの対価としてはあまりにも高い出費でした。(でも、最低限のインフラ整備しなきゃ、入植者すら来ませんよね) それにしても、あのオルランド元首相から、グリエルモ・マルコーニまで、みんながみんなムッソリーニに「この戦争のためなら、何でもお手伝いいたします」と言い出す始末ですから、まさに積年の恨みを晴らさん、という感じですね。ほとんど忠臣蔵の世界です。でも国際連盟の経済制裁、それにアメリカには「イタリアこそがAgressorだ」ってすっぱりと断罪されてしまいましたけどね。 しかも「アジスアベバ虐殺事件」とか言うのまであり、エチオピア政府とイタリアの間で何人死んだかで意見が分かれてますからやってられません。(事件の発端はグラツィアーニ将軍が「アジスアベバの貧民達に銀貨を与える式典」を挙行中に、推定ではエリトリア人が爆弾を投げ込んで、大混乱の中にイタリア軍が発砲したもの。これがエチオピアの伝統だった、とはいえつまらん式典ですなぁ…。ちなみにエチオピアは死者三万人、ヨーロッパ側の歴史家は数千人程度、数字面は中国政府とレベルが一緒ですが、欧州では幸せな事に他国はエチオピアの発表なんか信じませんね。だいたい、アジスアベバではみんな逃げ出して人口激減だったはずですし、三万人も人がいたかどうか…) 民族浄化は普通の人間には想像もできない事だと思います。ムッソリーニも、南チロルのドイツ系住民やイストリアのスラブ人を追い出す(あるいは、殺す)つもりがあった様には見えませんね。(敗戦後チトーにやられましたが。) 同化政策はできますが、これも国の押し付けはまず成功しませんね。(バイリンガルはつくれますが) しかもイタリア王国は、アオスタという大事なサボイア家にとって重要なフランス語圏所領がありますから、さらにやりにくいわけです。(ヒトラーは、ムッソリーニに王様なんかとっとと廃位して追い出せ、なんて言ってましたが…) 東ヨーロッパから朝鮮半島のアジアまで、結構民族浄化ネタは事欠きませんが、左翼のアブナイ思想が混ざると、これを本当に実行に移す人間が出て来るので恐ろしいものです。日本といい、イタリアといい、非文明世界との境界線に近いというのは宿命でしょうね。 ペルソナングラータ |
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date 2007/4/25(水)09:12 ペルソナングラータさま イタリアの戦費はけっこうなものですね。だいたい桁としてはリラ・フラン・ドル・円一緒だった時代ですから、当時日本円で数百億円です。日本の予算が年間50億円の時代です。支那事変では1年間で戦費20億円程度です。 陸戦は海から奥地にいくと無茶苦茶に金がかかります。日清戦争の戦費は2億円ですが、大半は輜重関係です。とにかく15万人の1年間の遠足代ですから負担はたまりませんよね。ただ、徴兵制だと給与はたいしたことがないのですが、輜重人夫は別建てですし、人夫を維持するためにまた人を雇うという悪循環に陥ります。 イタリア人について不思議に思うのは、アドワの敗戦でなぜカッカとするかという点です。イギリスもハルツームでマフディ土侯国に敗れ、第一次アフガン戦争でも大敗し、フランス人もリフ山中では負け続けで、ドイツ人もホッテントットに負けています。ただ、イタリア人の違うのは人口稠密地に海岸から攻めていることです。これは悪条件で、自らは輜重兵を自前で準備する必要がありますが、敵はむしろ後退するほど有利になってしまいます。 それだから、イギリス人は大体、海にへばりついて、そこから内陸勢力を藩王国にして懐柔策にでますよね。エチオピア高原というのは、アフリカ大陸の地勢的奇観ですし、エチオピア人はなんとか海に出ようとして、周辺に阻止される歴史ですよね。つまり、イタリアからすれば、ソマリア・エリトリアなど海岸に構え、隣接部を懐柔し、そしてエチオピア人に向わせればそれで十分です。つまりイギリス的植民地統治は完成です。そしてイタリア人で、アフリカにいきたいのは役人・宣教師・マフィア的商人だけですよね。 日本人の満州熱というのも不思議ですね。南満州鉄道なぞロシア人のつくった鉄道をあり難がったんですが、こんなもんは東京=仙台と水郡線を合わせた程度の短距離鉄道にすぎません。いわば京福電鉄の電気なしの2倍程度です。こんなものに国運をかけちゃならんでしょう。そのうえ私鉄というのは、営業もなく、伸びるのはデパート・ホテル・遊園地の経営ですよね。そして大体専門家にかないません。関西では野球と女子演劇を成功させたというのがありますが、これは例外です。京王ホテルが姉歯物件にひっかかったのには驚きました。ビジネスホテルやるより駅のトイレ綺麗にしろというのがありますよね。 日露戦争は人口稠密地からシベリア方面にいった日本軍は逆のロシア軍より有利です。ガリポリからイスタンブールに攻めようとしたイギリス軍は失敗です。イタリアのアドワも同じです。私鉄も朝は郊外から都心だけで逆は閑古鳥のため、いろいろ始めるようです。満鉄が多角化経営で長春にヤマトホテルをつくろうとしたら兵隊がでてきて、「商人のようなことをするな。鉄鋼業をやれ」といったそうです。三井物産出身の山本条太郎はそれで張り切ったようです(当時、日鉄は三井をアキンドと呼んでいた。また最近まで新日鉄営業部にある部屋は商人詰所という看板がかかっていた)。 別宮 |
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date 2007/4/25(水)10:16 困ぺい糖様,皆様,GWは9連休(予定)の渡来sです。 私,3月の日曜出勤の代休で,しぶしぶ代休をとりました。 翌月のうちに消化しない 困ぺい糖様,家内は「吉祥寺!ユザワヤ!…かえりたい」と喚いていましたよ(笑)。 さて。 このBBSでは,学研の歴史群像シリーズの評判はイマイチのようです。 私 『図説 激闘 ローマ戦記』という本を買いました。 私が,戦記ものとして,古代の 共和制時代のローマのレギオンがギリシア式斜線陣の部隊と戦って勝った時の陣形図と しかし,あの陣形で,右・左と敵の攻め来る方向が変わる時には,どう対処したのでしょう? そして,脈絡のない事を双つならべてしまいましたが,ローマの最大版図の地図を見ると こうして見ると,ローマからの影響を濃厚に受けながら,しかし,ローマではなかった トイトブルクの森での戦闘でヴァルスの軍団を殲滅したゲルマン人側の指導者アルミニウス さいきん脈絡のないことを書いてるなと反省,sai夫 |
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date 2007/4/25(水)18:31 ワルキューレ様 日本には良くも悪くもちょっと特異な文化みたいなものがあります |
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date 2007/4/26(木)04:40 別宮様 昨日ニュースを見ていると、中国の石油会社社員がエチオピアで襲われて虐殺、誘拐されたらしいですが、アフリカの危ないところに出て行く根性(無謀さ)はたいしたものです。まぁ、隣のソマリアはもっと酷くて、一週間で300人ほど市民の死者がでているとか言ってますし(そんな事、日本じゃニュースにもならないけど、まぁ日常茶飯事に近いかなぁ)、日本人なら、いくら給料もらってもそう簡単に行く気にはならないですね。日本人で大陸にあこがれた人間もちょっと変な人ですけど、まともなイタリア人が行くところではないです。一旗上げたい「まともな人間」は、悪くてリビア、普通ならばアメリカ大陸に行きますよねぇ。 エチオピア皇帝はなかなか策士(?)で、公にイタリアと保護国化の条約を結んだのに、そのうえで「条約文の訳が間違いで、そんな約束はしてない」とか言い出しますから面倒ですね。冗談みたいな話ですが。 満鉄をさすがに京福電車に比べるわけにはいきませんが(今は超経営不振で、京都、福井とも路線別にばらばらになってしまいました… 現在の「京福電車」(嵐山へ行くので“らんでん”嵐電という)は江ノ電よりもしょぼい…)、それでも撫順炭鉱やその他の付帯設備を抜いてしまえば、やはりたいした財産ではないですよね。しかも時々匪賊に襲われます。 ハインリヒ・シュネー著「満州国見聞記」を見てますと、大人数で駅を襲った上で、レールをはずして汽車を脱線させるそうですから、枕木が古くてアブナイという銚子電鉄より断然危険ですね。 付帯事業も、「撫順は埋蔵量10億トンだ」、とか、さんざん大宣伝しましたけど、最後には「先に撫順を掘ったら、日本の埋蔵石炭がそれだけ長持ちする」とか言うレベルの話ですよね。優良炭なら、採ろうと思えばいまだに夕張で取れます。阪神電鉄が村上ファンドにやられて危なかったころ、大阪の人間が「阪神タイガースを守るために、阪神電鉄をつぶすな」とか本気で言ってましたけど、私にはメンタリティーが同じに思えます。「石炭運べば鉄道も儲かる」、とか言うんですけど、実際儲かっていた感じがしないくせに、スパイやアナーキスト等アブナイ人間を顧問にして、豪華に多額の顧問料を払ってましたし… (大川周明に、今日の価値で月に二百万円、尾崎達にも結構払っていたとか言うのが、先月新聞に出てました) さしずめ戦前版の「スパウザ小田原」、雇用能力開発機構ですかね。(石炭つながり、ということで… 深い意味はありませんが。) 今回、なんだかタダのぼやきのようになりました、申し訳ありません。 ペルソナングラータ |
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date 2007/4/26(木)09:15 ペルソナングラータさま エチオピア皇帝家は系図があるようでなくて、年中、同族相食むをやってますよね。ただ、イギリス人的感覚だと、エチオピアはけっこう可愛いんですよ。ビクトリア女王が黒人の悪ガキを抱っこしている写真がいっぱい残っていますが、同族争いで敗死した皇帝の倅で、養子としてウィンザー城で育て9歳で死んだ子供です(それにつけても洞爺湖サミットには大賛成ですが、ホテルの名前がウィンザー・ホテルはまずかろうと?「騙り」は国の恥ですよね)。 これと似たような話が川島芳子です。芳子は皇帝溥儀の叔父の粛親王善耆の娘です。ところが善耆は芳子を妾として大アジア主義者の川島浪速に差し出しました。しかも芳子はその後、浜口雄幸をテロにかけた岩田愛之助、蒙古独立運動のモンゴル王室のカンジャルジャップ、綏遠工作と東京裁判連合国側証人田中隆吉の愛人にされたんですね。そして芳子の政治工作としては満州事変のさいの溥儀室の婉容救出が有名です。ただ、戦後まもなく国府軍により処刑されたときの言葉です。「僕がほんとうに死んだら、君とおやじと僕の骨をひろって、福ちゃん(芳子が可愛がっていた猿の名前)と掘り出して埋めてくれな。僕は人間とは一所に死度くない、猿と一所でけっこうだ、猿は正直だ、犬も正直だ、ポチはどこへ行ったかね、今頃は寒い事だろうね、猿も犬も没収する国家は珍しいね、ずい分ひどい所だ」。 これら日本人は悪人でしょう。みな孫文党で神戸市営の孫文記念館に名前を残していますが・・・。 イギリス人の方は、ソマリア反対側のスーダンが出鱈目で、とりわけダルフルという砂漠の真ん中にアラブ人が入り込み、マフディ回教国などつくられ、20年間ナイル第3瀑布から遡行できず、太平天国鎮圧の英雄ゴルドンもハルツームで戦死、首はマフディにおくられガハハと喜ばれました。するとイギリスからみれば、敵の敵は味方で、キリスト教国のエチオピアこそ友邦となりますよね。 土匪・緑林についても最近の日本の学者にかかると独立の英雄ですからね。描写をみると「各地を転戦し・・・」とありますが、その間、食糧・衣服・宿舎はどこから調達・徴用するんだよ?となりますよね。都合が悪くなると唯物論を棄て「人民の海」なんかいって・・・。石原莞爾は北支工作に関連して「満州は資源十分だが、北支はそれ以上だ」といっています。資源は掘り出して品位を維持して消費者に運ばねば資源にならないんですが。 江ノ電というのはチンチン電車で、昔は夏になると鵠沼あたりから海水着を着た悪ガキがのって片瀬で飛び降りるような電車です。そのうえ、海岸はといえば暴走族の片割ればかりで、昼はサザエのつぼ焼きとか・・・。嵐山と違って文明が感じられないんですよね。鎌倉の駅舎をしょぼく3階建てにして洋服屋を入れてようやく採算をもたせているとか・・・。 別宮 |
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date 2007/4/26(木)17:14 別宮様 ウィンザーホテルでは、英国の次期首相にほくそ笑まれてしまいますね。Uinza hotelとか言って誤魔化しましょうか… アドゥアの戦いはむちゃくちゃですよね。15000人の軍で10万人に対峙したんですから。しかも山国なのにまともな地図も持たずに…。 それにしても、エチオピアについてはフランスもジブチ、アジスアベバ間の鉄道の利権を持ってましたし(満鉄エチオピア版? 実際はすごくしょぼい鉄道)、英仏伊が結構せめぎあう土地柄でもありました。ただ、イタリアばっかりが、あわれ「土人国にまけた」といわれつづけ、今日でも植民地に戦争でまけた唯一の国であるかのように言われ続けてますね。火器の発展や交通通商の発展とかかわりがあるのかもしれませんが、19世紀末の植民地戦争は結構リスクが大きいですね。 スーダンは今日でも無茶苦茶で、ダルフールの名前がいまだにニュースに出てきますね。中国が石油利権がらみでヘラヘラしているものだからさらに解決が難航してしまいます。今日ニュースを読んでいると、フランスの左派大統領候補のロワイヤルがイタリアメディアに対し、「北京オリンピックボイコットも、スーダン問題解決の圧力をかけるための有力な手段だ」なんて話をしていました。彼女は左翼保護主義で親欧反米反ブッシュで、「メルケル・クリントンと自分で、G8で三人女性が並ぶと面白いですね」なんてつまらないことを言ってますけど、訪中時には「人権問題解決」を言い続けてましたし、日本文化を理解しない無教養なサルコジよりも面白いかもしれませんよ。洞爺湖サミット、誰が来るのか楽しみです。(北京オリンピックもオジャンになってたりして…) 嵐山駅もしょぼいですよ(ホームに「足湯」があるが、有料…)。嵐電のしょぼさの説明ですが、江ノ電はまがりなりにも二両編成ですが、嵐電はたった一両です。特徴はよそモンへの意地悪のような難読駅名の連発(西院、太秦、帷子ノ辻、御室、常盤、有栖川、車折、鹿王院、等々)です。京福も、昔は京都でも叡山電鉄(こっちは2両編成)も持っていて、羽振りが良かったんですけどね。 嵐山は一昔前にタレントショップが林立しだしたあたりからちょっとおかしくなりましたが、「美空ひばり館」もつぶれ、今の名所は画家竹内栖鳳の別邸日本庭園にできた超高級人形の館でしょうか(日本人形ではなく、しかも一体五万円以上する)。アンニュイな表情がなかなかオツな人形ですが、服までそろえると1000ドルする、って言うのは、ちょっと欧米人には理解できませんよね。 文化度という点では、嵐山にも「周恩来句碑」というのがあり、この前温家宝がわざわざ来てました。実は一昔前まで、誤植で「周思来」となっていたのに、誰も気づかずほったらかされていた、といういわくのある句碑なんですが… 「匪賊、仕事の無いときは人民の海で魚釣り(共食い)」、などというお馬鹿なキャッチフレーズを考えてしまうペルソナングラータ |
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date 2007/4/26(木)20:29 sai 夫 様 学研シリーズですが、別に馬鹿にしたものではなく、基本的なところを適当な価格で提供しているのですから立派なものと思います。 sai 夫> しかし,あの陣形で,右・左と敵の攻め来る方向が変わる時には,どう対処したのでしょう? はい、どうにもなりませんでした。 アレキサンダーは両翼に騎兵を配置して諸兵科連合と柔軟性を確保しました。 余談ですがファランクスでまともに戦うのは前から3列目辺りまでだったようです。 実際の戦闘でファランクスの戦列が全て突破されることは稀であり、そうなる前に戦闘の帰趨は決まったようです。 レウクトラでエパミノンダスの斜線陣が炸裂したときには、40列とか重厚な戦列の見た目が重要だったという話のようです。 med |
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date 2007/4/27(金)11:05 ペルソナングラータさま 将校の回想録の地図についての文句は面白いですね。イギリス人将校は「どうして戦闘というのは、地図と地図の間で起きるんだ」と文句を書いています。イギリス軍が当時使用した5万分の1の地図は、今、日本で売っているのと同じでしたから、二つ地図をくっつけないと間はわかりませんでした。ところがドイツ軍の地図は糊しろが埋まってるんですよね。件のイギリス軍将校は押収したドイツ軍地図を利用したそうです。 日清戦争のころ日本軍は20万分の1の地図を使っており、「小径が書いてないんだよな」とか当時の軍人がブツブツ文句をいっています。ところが、清軍が使っていたのは、『東海道中膝栗毛』にでてくるような宿場に○をつけ線でつないだものでした。途中に山とか川の絵があるタイプです。そして孫文の代になり、やはり参謀本部をつくることになり、事前作戦計画・図演をやることになりました。すると等高線のある地図がいりますよね。そして中国人が参謀本部の代わりに名づけた名前が「測量局」でした。 戦争をやる前、仕掛けられそうな前には地図をつくっておかねばなりますまい。中国はまだ20万分の1の地図ですら全土がカバーされておらず、今でも満州の地図で一番正確なのは陸軍陸地測量部作製になるものです。でも、平和のため日本の軍縮だと叫ぶ連中も「測量反対」とはいいませんね。 でも、どなたか問題にしてましたが広開土王碑文を事実上発見した酒匂中尉などは、現地人に身をやつして兵要地誌の作成にあたったんですよね。酒匂も士官学校卒のエリートですし有名な石光真清も同じで、当時は苦労を強いてますよね。両名とも若死にしました。でもイタリア人がエチオピア人になりきるのは、やや無理では? でも、イタリア人は「地図がないから奥地にいくのはやめとこう」とは考えなかったんでしょうか?第二次大戦のギリシャ戦でも道に迷ってますよね。でもああいう洋服をつくる人達は地図職人には向いてませんよね。1万5000で探検隊は考えにくいですよね。それでイギリス人も大河から離れてはいけない、とか気をつけてますよね。ボーア戦争ではそれすらできず、45万人派兵する羽目に陥りました。 ロワイヤルの話は羨ましいですね。日本じゃ東大法学部の恥といわれる福島です。「警官は発砲すべきでない、襲われたら逃げればいい」といってました。 嵐山線の駅名「西院、太秦、帷子ノ辻、御室、常盤、有栖川、車折、鹿王」は難読ですが、盛り上がってませんか?むかし中学校で「西院」という苗字の悪ガキがいて、皆から「公家の分際で悪さするな」といわれていました。関東だと疑いなく駅名に使われます。近くの交差点の看板が「東部清掃工場前」と書かれてカンカンになって怒っているのがいました。でも「東部清掃工場前」の交差点、左に曲がってさ、と未だに説明を続けています。 周恩来句碑ですか?中国・韓国・アメリカで嫌な風景は、岩などの自然物に彫刻したり字を彫り込んでることですよね。こういうのは日本とヨーロッパにはまずありません。温家宝もなぜ句碑なのか想像力を働かせてくれればいいですが。北朝鮮の山もマンセーばかりのハングルで埋まっているようですから、後世の民は大変ですね。ドイツ人もローレライに彫り込んだりしていません。ヒトラーはそういったことを禁止しましたから、美的感覚はあったんでしょう。でもイタリア人はやるような? 別宮 |
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date 2007/4/27(金)22:05 印象的な投稿ありがとうございます。 両社の線引きは難しい。特攻や玉砕で死なざるを得なかった我々の父祖の世代の若者も、 前者は誰でも持ちうるもの。明治は両者の矛盾が少なかった幸福な時代。 かといって、戦後日本のように後者を意図的に潰す国家も珍しいと思いますが…。 |
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date 2007/4/27(金)22:09 med様,有益な御返信,ありがとうございました。 異文化圏…我ながら好きじゃない表現ですが…との戦争は,戦術を変化させますね。 その「変化」を「進歩」と呼んでいいものでしょうか。 明日から9連休!渡来s |
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date 2007/4/28(土)02:55 別宮様 長々とお引止めして申し訳ありません。 「車折」は、なんでも昔、帝の一行の牛車が、ここで車軸を折った(裂けた?だから「くるまざき」)事からこう言うそうですが、清掃工場にも、そのうちに帝に行幸を賜って、何か故事から名前をつけるというのはいかがでしょうか。(もちろん今日の御料車はめったにパンクなどしませんが…) 京都は故事地名が結構ありますが、うちの家の近くの千本通り(昔の朱雀大路)など「応仁の乱のときに死体が千本(沢山)並んだからだ」「いやいや、野辺送りの場が近く、卒塔婆が千本だ」とか言われていますが、いまさら文句も言えないとはいえ、ホラーな名前でございます。その点、東京はお洒落でいいですね。 アドゥアのときの「バラティエリ将軍(Gen.Oreste Baratieri)の持っていた地図」というのを昔見たことがありますが、タダのメモで、山が◎(一応等高線風になっているけど…)、あとは川とかが書かれていましたが、15000人をあれで引っ張って行ってはダメですよね。これでは恥ずかしながら、日本軍より清軍のレベルのほうに近いですね。 ギリシャのときは、アテネに行こうかテッサロニキに行こうか迷ったんですかね… あるいは現地のギリシャ文字が読めなかったとか…
(冗談ですが…) ラテン系人民には「落書き」という伝統がありますけど、さすがに岩山に変なものを彫刻したりはしませんです。壁にレリーフをはめ込むのは大好きですが… スポーツカーの町モデナの、アカデミア・ミリターレがある公爵宮殿に行きますと、一階の壁一面に戦死者の名前で埋まっていて、驚きます。 モードではドイツには絶対負けない(将来一万年は最低)イタリア(フランス)ですが、地図や軍事はダメですね。一方、伏兵は日英でしょうか。なにかとフォーマルにうるさいくせに、他方とてつもなく変な格好をした人間を日常見かけるのは、原宿とロンドンぐらいでしょうが、これが軍事面にも反映するような気が… ペルソナングラータ |
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date 2007/4/28(土)07:20 Sai夫様 med様 いいなあ、9連休。CO2の排出権みたいに個人間で何かとバーターできないかな。 さて、中世以前の戦争では、元の人口も多くないですし、兵站で一番カサを取るのはメシ、水、秣でした。また、輸送手段も調達方法も限られました。 そして、指揮官の掌握できる範囲とは、ご指摘にありましたが、号令の胴間声と鉦太鼓喇叭の聞えるところまでです。 ファランクスが廃れたのは、中世以降は騎兵の突破力と強弓の飛来密度だったと思います。 ですから、それにしても…と思ってしまうのは中国史書などの号して●●万という表現です。実際不可能でしょう、あの数は。 というようなことを取り留めなく考えました。 春キャベツのペパロンチーニはアンチョビソースでおK 困ぺい糖 |
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date 2007/4/28(土)07:46 ペルソナングラータ様 横から失礼します。 以前、日露戦争の写真を漁っていたときに、両軍の将兵の写真に行き当たったのですが、面白いものでした。 戦場のドレスコードと言う点でこれはおもしろいものです。一方イギリス兵は例の真っ赤な上着でズールーにでかけてボコられ、トランスバールにはカーキをまとって出陣しました。 日本人は高くなくてもきちんとしたもの着なさい、とよく言いますよね。その人の品位は着用物の単価には比例しないという考え方なんです。これはどう見ても唯物論とは真逆ですね。 それに思うのは、最近は団塊以上の年配ってなんで野球帽みんなかぶるんだろう?と、いう愚痴で締めてすいませんね。 困ぺい糖 |
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date 2007/4/28(土)08:39 ペルソナングラータさま ときどき思うんですが、観光に値するのは人工物じゃないでしょうか?アンコール・ワットにしてもボルブドゥールにしても人による石積みがなければ、ただのジャングルです。滝の類はありますが、イギリスでスワロー・フォールとあり有料で名所印がついているのでみにいったら、ただの「ししおどし」程度の水がチョロチョロ10メートル程度落ちてるだけでした。なにしろイギリスの山には頂上がないんですよね。 東京の地名は職人関係(なぜか輸送関係が多い)を除けば、自然からきた名前ばかりでしょう。馬喰町の隣が堀留(町)という調子です。あとは日比谷、八重洲、赤坂でいい字あててますけど、往時が偲ばれます。屍体関係も関東ローム層がアルカリ化した土質ではけっこう残るみたいです。由比ガ浜は海岸なのでアルカリ性ですが、ここに新田義貞の鎌倉攻めのときの死亡者が大量に埋められたそうです。ところが海岸ですから地表に露呈するんですね。鎌倉女子学園というのがそこあって、誰かが「グランドにまかれている白い粉は全部人骨だろう。女子高校生キャーキャー遊んでいるがいかがなものか」と書いていました。でもこんなに本気になって戦争やってはいけないですよね。 日清戦争の海城攻防戦は厳寒期5回攻められたんですが、清軍のパターンはいつも決まっていて、朝10時くらい川沿いから攻め、午後3時に撤退していきました。川沿いは結氷しているため道より通りやすいためですが、どうして払暁攻撃じゃないかといえば、地図がなくて部隊配置が夜間できないんですね。これじゃ奇襲が成立しませんし、戦闘時間が短く、攻勢にでた場合は必敗ですよね。ただ将校斥候で狙撃死亡した日本兵もいますから地図奪って使えばいいと思うんですけれども、読み方知らなかったんでしょうか。でも海城は中国領内で、イタリア人のエチオピアとは違いますよね。当時の遼東は日本と人口密度変わりません。 バラティエリは宮廷武官じゃなくて、野戦軍司令官ですよね。ちょっと問題ありますね。エピロスにも本当にいっちゃいましたね。セルビア人も避けたところです。ただオーウェン・スタンレー(標高3〜4000メートル)越えのポートモレスビー攻めとかありますから他人のことはいえません。ヒトラーのバルバロッサ作戦もそうですが、第二次大戦の枢軸国は、けっこう事前計画抜きで衝動的に飛び込む癖がありましたね。 イギリスのケントにイギリス人が世界一美しい城と自慢するリーズ城というのがあるんですが、1943年、アイゼンハワーは爆撃を避け、1年間にわたって幕僚以外余人を交えず、そこで上陸作戦を練ったそうです。城は現住で、女主人が紅茶を出して、庭の薔薇の出来栄えをいつも自慢して、アイゼンハワーはニコニコ聞いていたそうです。アメリカ人には簡単に勝てませんよね。 どうもお話を聞いていると、ときどき「ズキン」といたします。 別宮 |
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date 2007/4/28(土)09:08 困ぺい糖様 ロック様 >「日本の文明は 欧米に比べて国民の覚醒において100年遅れている 学術世界において30年遅れている そして我が海軍は10年遅れている」 別宮さまが前に、第二次世界大戦を第一次のように戦ったのが日本だと言われていましたが、この辺りもそうなのでしょうか。 >民間企業家はそうでもありません。一つの事業に対する投資で収益によって回収ができるまで、期間の限定はありません。資本と体力が続く限り待つことができます。(もちろん、大概その前に息切れ、倒産となることも多いんですが…) 官僚は短い時間での責任は取らされますが、長期の責任はまったく取らなくて良いので、国家の長期戦略は政治家に決定させて欲しいものです。 |
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date 2007/4/28(土)12:04 困ぺい糖様 デザインは別として 野戦服は平時の実用場面でも優秀です |
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date 2007/4/28(土)16:53 ペルソナ・ングラータ様 以下、話の流れと関係ない内容で失礼します。 下のurlの先のwebページの中程以下で 「山猫」を想起してしまう女性のファッションをみて |
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date 2007/4/28(土)17:47 この前、なくなったハルバースタムは、ベトナム戦争のとき、このカミュがアルジェリア戦争のときに話した言葉を机に張っていたそうです。 一方、明治だと、秋山真之の同世代として海兵を卒業したなら、ムチゆえの幸福か喜んで出征できたかもしれません。 本当にまれな時代なのかもしれません。 |
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date 2007/4/28(土)19:05 ワルキューレ様 面白いご指摘ですね。しかし、戦間期、戦争中、多くの国では正義と祖国愛はともに軍人には矛盾しなかったのではないでしょうか。 ところが、戦間期、戦争中の士官学校、兵学校の卒業者の少なからざる者がそのような考えにとりつかれてしまいました。 これは2つの意味で間違いですね。一つはならば海軍がこれなら勝てるという戦争ならいつでも、開始してOKということになりますし、2つ目に、戦争を開始するために海軍が国策や政治をひっくり返してもよい、という考えにつながります。 そして、政治の目指すところは国益の伸張です。それを是とすることが国家、国民にとっての正義だとするなら、これを軍人と言う一部官庁組織の人が決定してよいとは言えますまい。歴史上自由な民主国家のほうが戦争で強い、というのはここで軍人以外にも広くこの正義が共有されているからです。 ただ、軍人と言うのは辛い仕事です。すなわちもし国家国民(政府)が正義と判断した戦争なら、たとえ不利と分かっていても戦わねばなりません。そして国家は常に彼らにそれを期待します。 例えば、スターリン体制は岡目八目ではどう見ても悪辣ですが、ソ連軍将兵は文字通り身を粉にしてドイツ軍と戦いました。そうしないと、ソ連が負けてソ連国民がよりひどい塗炭の苦しみを味わうと分かっていたからです。 戦争と言う大イベントの中では、高潔、献身、慈愛、逆に卑劣、傲慢、悪辣など様様なものが渦巻きます。当然井上的な人士、クーデタ計画をやるような輩もいたわけで、あの戦争はそのような連中に責任が多いのですが、一方で「矛盾」を割り切って任務を果たし、祖国に身を捧げた人々がより多くいます。 困ぺい糖 |
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date 2007/4/28(土)21:50 歴史はどのように展開したでしょうか? ある意味、当時の満州は爆発下限界を超えていたのではないでしょうか。ただ、火花を散らしたのが、関東軍だっただけで。 |
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date 2007/4/29(日)02:42 別宮様、MUTI様、困ぺい糖様、皆々様 MUTI様、ありがとうございました。写真、これほど画質のいいのは私もほとんど見かけません。パレルモのバリケード写真なども楽しめました。ガリバルディの写真の下の「自由は裏切らず・・・」というサインもオツですね。 バラティエリは軍人としてはマヌケですが、彼も赤シャツ隊出身(つまり、元は軍事シロート)ですから、そのあたりに問題があったかもしれませんね。(ちなみに、この人はトレント出身で、苗字もBaratterだったのをイタリア化した、という人ですから、イタリア人のみんながみんな全て地図も持たずに戦争する、というわけではありませんです) アメリカはたぶんちゃんと北朝鮮への軍事作戦などもこっそりと製作してくれていることでしょう。(おそらく、日本の都合に合わせて、自衛隊の関与度の仮定値を変えて、幾通りかで)。こういうのはむっつりスケベ(失礼!)でないと出来ませんね。 ただ、イタリア人は服や装飾を色から決めるところがあります。知り合いなど、本棚の本の配置まで、置いたときの雰囲気で決めてますから… バラティエリも、ヴィスコンティ=プラスカ等のギリシャ戦線の参謀達も、「大丈夫だ、相手は弱い、それに無駄な抵抗はしない」で突っ込んではダメですよね。 日本人の本質を見抜く目ですが、わたしは超一流だと思います。服飾に関してもですし、アニメ(今日、ナポリは永井豪の訪問が大ニュースに… イタ公はなぜマジンガーZ好きなのだ!?)、その他あるいは武器軍事、工業製品に料理エトセトラ、世界のトップに日本人が大抵絡んでくるのは、日本人が困ぺい糖様が観察されているように、唯物論の反対をちゃんと理解できるからでしょうね。逆は「世界の単純労働者」中国人ですが。 西洋の服飾(特に紳士服)は軍服と切っても切れない関係がありますね。お洒落なジャケット等、大抵はどこかしらミリタリーな雰囲気があってはじめて良い感じになるものです。トレンチコートでもダッフルコートでもいいですけどね。軍服は機能性第一ですが、でももしヒトラーがムッソリーニを知らずにすごしていれば、親衛隊等のドイツ軍服も機能性ばっかりで、だいぶ下世話なものになった可能性はありますよね。バーバリーが「イタリアンスーツ」の掟破りをやる今日、英国紳士服もダメでしょうかね。(まぁ、永久金欠男の私にバーバリーは縁遠い存在ですが…) 帽子は、私はキャスケット(つぶれたデパートの無印で叩き売り、200円だった)を使ってますが、野球帽より(ちょっとだけですが)フェミニンな雰囲気だから、私みたいな良い歳をした男には使いにくいし、野球帽のほうが楽でいいですね。 別宮様、皆様、ありがとうございました。 ペルソナングラータ |
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date 2007/4/29(日)08:03 ウルトラザウルスさま 満鉄は欧亜を結ぶシベリア鉄道の最末端という意味がありました。これは「人」の輸送路として、「軍隊」の兵站線としては重要ですが、貨物という点になれば、満鉄の採算以外重要とは思われません。ただ、幹線長距離輸送路は都市近郊鉄道ほど重要でしょうか?シベリア鉄道が駄目なら北米経由でも日数と金がかかるだけではなかったかと? また、日露戦争で得たものは短い満鉄でしょうか?やはり朝鮮半島(安全保障地帯という意味)と遼東半島が、日本の安全にとりより重要ではなかったか、と思います。釜山に「ロスケ」が、「赤旗」がというのは、日本人にとり潜在的恐怖であった気がします。要は満鉄は営利事業の一つであり、国防とは関係がありません。 宇垣一成は、 「御手当ては平時に倍して宜しい、山海珍味の御馳走になる機会が多く、裙(スカートの意味で転じて女)連から持て囃される、時の御時世でどこに行きても幅が利く、支那に行けば独裁王、という有様だから有頂天になり増長し、金や女の毒が身に回りて、腐敗堕落の傾向を辿り居るかの感あるは、近時における将校一部の実情にして今にして厳戒せずんば全軍を毒するに至るべし」と関東軍将校の堕落・腐敗を書いています。これは満鉄と関係がありました。 独占企業は国がよほど首を締め上げていなければロクなことはしません。満鉄は一方で、東京で調査部をつくってテロリストと共産主義者の巣窟としていました。ともあれ満鉄はいいにしても、中国側に満鉄並行線禁止というのは許されないでしょう。なぜならば、満鉄は日露戦争の結果です。 満州事変の直接原因は中村大尉事件と万宝事件、あとはソ奉紛争です。これらは(狭義の)日本の問題ではなく、朝鮮人・ロシア人と中国人の問題です。当時の日本人が満州を中国人の独占とさせたくない、という希望はあったでしょう。ですが、ロシア人と朝鮮人はもっとあったと思います。関東軍将校の行為は、目先の腐敗を温存したくて、ロシア人朝鮮人の利益と日本人が共通だとみせかけたということでしょう。もちろん、国民はこの行為を好ましいと思ってしまいました。 外国における営利企業の私益が国民の利益とは思いません。ただ、当時の日本人がスエズ動乱のときの英仏人と同様、そう思っていたことも事実です。 別宮 |
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date 2007/4/29(日)09:03 別宮様、皆様、 1936年のエチオピア戦終結後にアドワに記念碑が建立されたそうです。 「アドワの死者に、復讐は遂に果たされた」 と刻まれたとの事。 内容と状況からして、現在残っているとは思えませんが。 med |
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date 2007/4/29(日)20:20 ウルトラザウルス様 今のイラクで日本が会社を立ち上げるようなもので合法、非合法関係なくイランとの対立に巻き込まれます。 |
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date 2007/4/29(日)21:00 皆様 実は遅れているということを恥じる必要はなく、成功できると信じることが大切です。しかし思考が捉われると自分の”行為”が正しいとしか信じられなくなってしまいます。 次郎丸 |
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date 2007/4/30(月)07:53 次郎丸さま 最後の世界史的視野をもつべき、という点は賛成です。ただ、支那通軍人・支那進出企業と国民とは分けて考えてもいいのではないでしょうか? 当時の日本人が植民(つまり移民)したのは、朝鮮・中国ではなく、南北アメリカでした。これは当然です。今海外で仕事しようとするのは企業派遣でなければ、ほとんど欧米ではないでしょうか?これは居住環境・収入からみて当然のことです。例えばロンドンの日本人会加入者の子供で日本人学校に通わせているのは半分以下ですが、同じ英領でも香港では100%日本人学校に通わせます。つまり香港にいる日本人はほぼ全員企業派遣で、数年後日本に帰る算段をしています。 戦前でも同じことで収入が減少してまで植民・移民はやらなかったと思います。満州・中国・韓国にいったのは役人・企業派遣だけでしょう。ただ、当時の日本人が頭では、誤解していたのは事実です。でも財布は別の計算です。また19世紀末まで南米は富裕でした。 また大連の町並みをつくったのはロシア人で、日本人ではありません。そして日本の満州国統治というのは、悲劇でなく喜劇でしょう。今でも当時の関係者が満州国がいかに発展したか、いかに治安が好転したか述べたてていますが、私は彼らをあまり評価しません。本国の財政を利用して、植民地を延ばして何の開拓者魂でしょうか?満州の建築物をみると、バブル期のビルをみるようです。 また関東州はともかく、満州は日本の植民地ではなく、奉天軍閥の支配地でした。今でいえばソマリアのようなところでしょう。ソマリアを日本の生命線だ、治安を回復しようといっても日本の国内世論は駄目ですが、満蒙生命線というと説得力がありました。アメリカは生命線といわずに、イラクの治安維持をやっていますから、好戦的なのか、善意にすぎるのか、テロでカっときすぎたのか、というところですね。じつはテロという気がします。日本の満州熱もじつは中国本土のテロの横行が原因ではないか、とも思います。「拉致」もそうですが、テロに怒り軍事力行使はいいのですが、あとの治安維持に責任をもつ必要はあるのでしょうか? ご指摘の蹴散らしたあとの「拠点防衛」に賛成です。軽い気持ちで中国本土内もビシビシ出兵をやり、すぐ引き上げればいいのです。ところがこれを軍人が嫌がります。小規模派兵は手間なんですね。また幣原のような軍事嫌悪のセクショナリズム外交官、数が多いオバサン平和主義とその都度話すのは面倒です。 別宮 |
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date 2007/4/30(月)09:28 次郎丸さま 遅れている、ということはコンプレックスとしてバネになります。 個人のレベルが必ずしも当てはまらないのは承知で言うのですが、コンプレックスのある人間はこれの解消をはかります。 現実に自動車はすでに追随を許さぬレベルに達しました。これは単なるモノと片付けられません。国産車を運転してみたり、軽く点検したり、分解したりしてみれば、わかりますよね。いつでも心配なくスタートして乗れます。私事ですが、13年目の旧車をやっと買い替えたのですが、全然機能上問題がありませんでした。また、新車もそのメーカー中最低価格帯の一番シンプルなのを選んだんですが、これまた支障はなんらありません。 最近私は、率直に言って、遅れているいないは個別の事例に分けて評価すべきかとも思っています。むしろ、個人が物事の重軽を選択できる自由があることが宝と思います。 キャパもないくせに全ての分野で半万年優越とか顔を真っ赤にすると、どこやらの国の人たちのように遺伝子操作とかでウソをつくことになっちゃうんですよ。 困ぺい糖 |
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date 2007/4/30(月)17:45 皆様 遅れているので前向きに努力すると言うのは健全な感覚ですが、儒教的発想が入ると遅れている者同士の中で序列付けという全く不毛な遊戯に没頭するのかと思います。 |
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date 2007/4/30(月)22:26 竜馬様、ロック様、困ぺい糖様、ワトソン様 皆さんの書き込みを楽しく読ませていただきましたが、私の見解は皆様とは少し異なるようです。誤解を恐れず書きますがお付き合い頂けると幸いです。 まず「日本の文明は欧米に比べて国民の覚醒において100年遅れている。学術世界において30年遅れている。そして我が海軍は10年遅れている。」についてです。 この言葉自体は、欧米を実体験でもって知っている日本人が受けた正直な印象を言っているだけでしょう。そして数字は所詮感覚量にすぎません。つまり20年か30年か実際はどうだと論じることは意味がありません。ところが、私はこの感覚を異常だとは思いませんし、むしろ概ねで的を得た表現だろうと考えます。逆説的ですがこういったものは体験者による直感、感覚で語られる方が、より本質を示すものではないでしょうか。必ずしも分析眼、観察力で武装する必要はないでしょう。 技術・生産力・経済規模という点では時代が進むほど数字ではっきりとさせることができます。この点で日本は他の列強と遜色ない力を身につけつつあったと評価できるでしょう。しかし、例えば国民の啓蒙度なんて言ったらどうでしょうか。別宮様の言に近いですが、アメリカの大規模量産工場がすごかったのでしょうか?現在のトヨタの生産システムがすごいのでしょうか?それを可能にする人、国民がいるということの方が物質的な価値に勝る力を持つのではないでしょうか。あるいはそれが自由・平等という価値を知るということではないでしょうか。例え山本五十六という人物が啓蒙主義如何を加味しなかったとしても、大きな差を感じさせられる根底に"人"の差、あるいは違いがあることを理解したということでしょう。 問題は別で、やはり軍(あるいは官僚)による良導という発想が大きな誤りなのでしょう。比較のあまり国民が馬鹿に見えたのでしょうか。遅れているものを発展させるのは政策の役割で、ここに彼らが幅を効かせてしまいました。この如何ともしがたい失敗は今の北朝鮮や中国を見れば分かります。軍人・官僚には国の興廃を決めてしまう責任があるんだという独りよがりな妄信は、彼らに限らず人が為しうる失敗の根底に見え隠れする魔物です。 また他の列強に並ぶ強い日本に憧れはあったでしょうが、昭和の軍人のコンプレックスということにいまいち理解が及びません。今の日本人の英語コンプレックスと大きく変わらない程度の問題なのではないでしょうか?どちらかというと「見たくないから見ない、気が付いても言わない、言っても聞かない・・・。」というレベル。驕りからくるものに近い気がします。あるいはこれらに儒教社会の負の側面、共産主義の欠陥と同質なものを見ることができるということでしょう。 特に韓国人・中国人の問題点に触れるならば、これらを踏まえねば日本人も同じ土俵に陥ってしまう危険があります。とはいえ、これは難しいです。福沢諭吉の路線が一番苦労が少ないのでしょうが。 次郎丸 |
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date 2007/5/1(火)11:01 坂の上の雲ではわからない日本海海戦を読みました。バルチック艦隊の軍艦が |
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date 2007/5/1(火)11:22 ペルソナ・ングラータ様 楽しんで頂けたようで幸いです。 http://www.bibi.vlog.br/archive/2007/03/triumph_des_willens_triumph_of_the_will.html (ブロードバンド環境でないと視聴困難なもので申し訳有りません。 現代日本在住者の一人である私の目からこの作品を見ると、 集団全体の描写に、現代北朝鮮のマスゲーム等と比べて見るべき物が少ないのは、 しかし、この作品に出てきている人々、 |
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date 2007/5/1(火)13:47 忙中の小閑、武蔵野のキングタイガー、KTです。噂の東京ミッドタウンに行って みいこさま、はじめまして。クロンシュタットの軍法会議、拝読しました。失礼ですが、鋭いですね。学究の徒、という言葉 常々想うのですが、日本でも1952年以降、第二次大戦の敗戦責任を問う軍法会議をやっておくべきだった。でも、これを 似ているのか似ていないのか、ドイツでは1990年代も終りの頃になって、ドイツ装甲師団の父ともいうべきハインツ・グデーリアンが ペルソナングラータさま、この虎めも、必要な時には帽子を着用しますが、できることなら、帽子とは無縁でいたいと思うのです。 官制大観や古装束のサイトをみると、明治より前の日本では、身分の上下を問わず、成人男性は室内・室外で被り物を着用していた 別宮さま、サイト上の討論、拝読しました。第1次大戦直前のドイツ帝国の首相選びをみると、対米戦を回避しよう・回避しようとして |
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date 2007/5/1(火)23:13 ワルキューレ 様 某A新聞の世論調査では「9条は平和に貢献」が78%だったそうです。にもかかわらず憲法改正が「必要」が58%もあり、時代が変化していくのに「憲法が変わってはいけない」なんて馬鹿な事はない-と多くの国民は思っているようです。 そして自民党が考えているらしい「自衛隊を自衛軍に変える」は18%にとどまったとありました。これは政治家が憲法と自衛隊の存在との矛盾を整理したいということがありますが、だからといって例えばネーミングが自衛軍になる必要はないでしょう。自衛官も自衛隊という名前を誇りにしているはずです。 ものによっては分かりやすさを優先した方がいい場合もあります。しかし町の「公民館」が「コミュニティーセンター」というのは何かがっかりさせられます。二元論的な解釈は一見で楽で便利ですが、限界に窮屈な思いをして見える道さえ見えなくなるのは嫌ですね。世論調査を見る限り今の国民はまともだと思います。そして軍人とは異にして、戦前の国民の心理は、実は思ったよりかまともだったのかも知れません。 次郎丸 |
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date 2007/5/1(火)23:36 みいこさま 日本海海戦におけるロシア側裁判記録ですが、サンクトペテルブルグのロシア海軍省に完全な形で残っています。ロジェストウェンスキー航海と一緒のようでFond17.406.417.469.470.531.763.870.1233が全部とされています。誰でも閲覧できるようですが、当然ロシア語です。まあ日付、時間とを合わせるだけで日が暮れるという悲哀は免れません。 ロシア海軍省というのは拷略されたことがないんですね。ただ、裁判記録・戦闘報告というのは膨大ですから、そのまま出版されることは少ないようです。英語版としては、"Jane's Fighting Ships"という雑誌の1906年と07年にかけて裁判の上申書、反対尋問などが訳されています。防研にありますが、ここはその場コピーを許してくれないので、けっこう厳しいものがあります。 ロジェストウェンスキーとネボガトフはそりゃあ犬猿でしょう。日本や英米ではネボガトフ味方が多いですが、海戦の降伏はなしでしょう。日本人が司令長官であり、ネボガトフの立場になったら降伏するでしょうか?100%ないと思います。海戦の降伏というのは艦が敵の手に渡ります。なんのためにキングストンがあるのかという気がします。ただ、大半のロシア人水兵は泳げない、年寄りは助からないは前提です。 あと手に入りやすい本としては"Richard Hough, The Fleet That Had To Die."があり、ペーパーバックスで値段も手ごろ、ネボガトフの裁判の上申書が末尾にあります。加えてタグボート「ルス」に乗船していたドイツ人船員からの聞き取り、タンブルホームを設計したフランス造船監の言い訳が掲載されています。 ドイツ人船員によると、泳げないのが水兵?アル中ばかりが水兵?勝てるわけないよ、とのことです。フランス造船監によると、タンブルホームが原因じゃない、ツェザレビッチはウチが設計したけど沈まなかった、ライセンス料も払わずにボロジノ級などいって一杯つくちゃってやだな、もちろん教訓としてあの海戦以降、タンブルホームはやめたよ、とのことです。 別宮 |
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date 2007/5/2(水)00:26 別宮様 "企業派遣"はとっても分かりやすかったです。当時の日本人の誤解として、北海道屯田からそう変化していない意識はあったと思います。 19世紀末まで南米は富裕というのは、未開の地に文明を持ち込み日本人が簡単に成功者になれたということでしょうか。徴税・法制が未発達で事業を起こしやすかったイメージはあります。 大連の町並みをつくったのは確かにロシア人で、パリの凱旋門のような放射状の道路網が今も残ってました。ここに日本人が莫大な資本投入をしたのは事実でしょう。 大陸でのテロですが、テロが場合によっては許されるというのがあちらの考え方です。ただ今日でも目の前のテロは国民にインパクトを与えますが、イラクで頻発するテロに日本人は関心があるようでありません。情報化社会ではなく新聞等でしか知りえない日常とは遠く離れた大陸で起きる事件に国民の反応がどれ程のものでしょうか。それとも新聞の方がかえって大きな反応を引き出せるのかも知れませんが、日本国民というのは米西戦争のアメリカ国民とは一緒にできない気がいたします。ただ軍人のメンタリティーに与えたインパクトはあったのでしょう。 一緒にするなと怒られるかもしれませんが、昨年のレバノン紛争の時、メディアは中東戦争から続くイスラエルとヒズボラの対立ばかり取り上げていました。しかしこの核心はレバノンの内部対立ですよね。ヒズボラの誕生目的、存在意義はイスラエルとの抗争ですから、ベイルートの親欧路線に対して国民のヒズボラに対する支持が薄くなることを彼らは防ぎたかったのでしょう。兵士拉致に対するイスラエルの報復ではなく、むしろヒズボラが積極的に攻撃を望んだ結果でしょう。 新潟中越地震の時に自衛隊員と連携して仕事をしたことがありますが、彼らも国民に頼られる姿を見せたかった、あるいはそれを確かめたかったであろう心境をかいま見たことがあります。軍人も人間ですから、誰のために任務しているんだというメンタリティーは何より重要なのでしょう。 関東軍はそれまでの日本軍とはちがって長期の外征駐留軍で不景気の閉塞感が漂っていた時代です。以前の日本軍が対外戦争で受けてきた国民の賞賛を機会あれば得たかったという願望、軍人ならではのメンタリティーは影響したと思います。 次郎丸 |
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date 2007/5/2(水)06:44 KTさま ドイツとわが国の関係について自分も色々かんがえるわけですが、三国干渉やチンメルマンノート事件(米人はジィマーマンと発音するらしい)のようなことをやった連中となぜ同盟を組んだのか?はもっと深く考えるべきじゃないかと思います。これこそ戦後の反省、外交の失敗じゃないかと。 軍法会議は必要なかったと思いますが、せめて海軍の責任、そして世界に類を見ない統帥二元化と権力の過度の分散をこそ問い詰めるべきだったと思います。 帽子は誰もかぶってなかったんですよね、自分の周りの人は。 SLEEP |
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date 2007/5/2(水)08:27 次郎丸さま 19世紀の前半は帆船、後半は石炭推進の汽船の時代でしたから、大量輸送時代じゃないんですね。とにかく、前半における世界交易品は、茶・香辛料・阿片の類であって、食糧はほとんど海洋を通しては移動しませんでした。 非鉄金属にしても、19世紀は金:銀:銅=1:15:15000、現在は1:60:300000ではないでしょうか?つまり世界交易品は値下がりするんですね。当然のことながら、小麦や玉蜀黍は重いですから、19世紀前半では運ぶのが大変であり、後半になって交易品となりました。ですから、19世紀後半まで、農産物は比較的高かったんですね。南半球はそのうえ収穫期が逆ですから、欧州輸出には最適でした。また緯度が高い方が有利で、当時のGNP世界一がアルゼンチンではないかといわれるのは当然でしょう。 昭和40年代まで、世界でもっとも農業適地はアルゼンチンのパンパだと日本の学校では教えていました(次はウクライナだと・・・)。このとき教育をうけた世代がアルゼンチン国債にひっかかって大損したのでは?農業を決めるのは、土地の広さと水、肥沃度じゃなくて「頭」だということがわかってなかったんですね。今の農水省も同じですが。 日本人はテロには敏感かどうかは別にして、並じゃないでしょうか?問題は為政者とマスコミです。マスコミは、「テロへの報復は無駄で、連鎖を招くだけだ。根本にある貧困問題を解決せよ」とがなりたてますが、ではオウム真理教にたいしてどうすればいいのでしょうか?徹底弾圧しか方法ありませんよね。ただ、日本の為政者は敏感でなく、マスコミに踊ることが多かったのでは? そして北朝鮮の拉致です。日本政府はこれを認めない、認めてもテロではないという姿勢をとり続けたんですね。これは大国では考えられない態度です。「範」を示すという気持ちがないんですね。これが中朝人に影響しました。でも国民は反応しましたよね。 そして満州事変ですが、このとき直前に中村大尉事件、万宝山事件がありました。現在の外務省系学者は万宝山は朝鮮人入植者の問題であり、(現地で)死者は出なかったといいます。でも張学良の官憲はこのとき子供の手に穴をあけ、針金を通して連行しています。そのうえ発端はただの民事事件です。中村大尉事件にいたっては殺害犯の学良軍旅団長の妾が日本人女性で、その女性の通報によって犯人が判明したありさまです。奉天領事が犯行を認めさせたのは事変の直前でした。石原莞爾が1個中隊を派遣してこの旅団を殲滅しろ、と叫んだとき国民が喜んだのは当然ですよね。 とにかく、外国官憲からテロにあったとき、国家はすぐに国民を納得させうる手段を講じないと駄目です。さもなくば、オーストリアのベルヒトルト状態になります。イラクのテロは遠いですし、アメリカに気合が入っているからということかもしれません。でも日本人で「人間の盾」とか「テロリストの看護婦」をやったのがいましたね。でも、外国官憲によるテロがあれば国民は反応することは日本の為政者はわかったと思うんですが・・・。 別宮 |
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date 2007/5/2(水)12:04 お返事ありがとうございます。 やはり、ロジェストベンスキーとネガボトフは、反目していたのですね。これでは海戦にも勝てなかったでしょう。 バルチック艦隊は、ウラジオストックで完全に整備・点検・訓練を施さないと、とてもまともに日本艦隊と戦える代物ではなかったのですね。 言い換えれば、ロジェストベンスキーはその宿命を理解して、戦いに望んだともいえます。 裁判記録は全てロシア語ですか。ちょっと難儀だなぁ。でもそれしかありませんね。英語のペーパーバック、当たってみます。 どのみち、日本海海戦を最後に、19世紀が終わったと考えていいと思います。 |
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date 2007/5/2(水)12:51 次郎丸様 皆様 測定できないものは、考慮しない。という科学的な立場を貫けば、良かったと思うのです。 試験エリートの山本が、欧米に行って圧倒されたのは、本人のレベルが低かっただけで、 遅れていたのは、海軍を含む官僚組織とマスコミの方でしょう。 というわけで、山本は、こう言えば(思えば)良かったのです。 こう思えたのなら、太平洋戦争など起こらず、明るい軍人でいられたでしょう。 |
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date 2007/5/2(水)16:44 遼馬さま、みなさま 横からお邪魔いたします。遼馬様のセリフに賛同します。蛇足かもしれませんが、バリエーションとしてちょっと変えたのも作ってみました。 それにしても、「国民の覚醒が100年遅れ、云々」という一言は、やはり「なんか変」と、心に引っ掛りますよね。 日本人はもともと「遅れてる」ということをきにする国民ですから、今日、いまだに日本は欧米に遅れていると日本のテレビ局が事あるごとに言いますね。福祉についてはヨーロッパ、金融その他はアメリカが「お気に入り」ですが、伊仏を知る私としては、ことヨーロッパについては大抵が電波、噴飯モノだと断言出来ますよ。中でも左翼的な報道は特に都合のいい事しか言わないんですよね。(実際、仏大統領選での「スーダン問題で北京オリンピックボイコットか」という話も、一部のマスコミ以外流してない… そのくせ「日本嫌いか?」は話題になる。 そのレベルなのです。) おそらく戦前(1930年代)も、(たしかに勝てそうに無い)アメリカはともかく、日本とヨーロッパの間に、そんな差は無かったでしょうね。ましてイタリア(やフランス)などとは… (伊、あるいは仏海軍と帝国海軍がシンガポールあたりでぶつかったら、たぶん日本が勝ちますよな…) ただ、「国民の覚醒」という言葉が本当に何を意味するのかわかりませんから、なんだか万能のフレーズのように響きますよね。「教育水準」とか、「離婚率の高さ」とか、「行動の下品さ」とか、「レディに対する振る舞い」とか、「米を食わずにパンを食え」とか、もっと具体的ならコメントしやすいんですが… あと、日本人の特徴として、各々の役所等の「中」での人間関係ばかりが強く、欧州人のように、役人がいろんな民間会社や他省庁その他に「横断的」に、広くコネのネットワーク(友人同士の繋がり)を作っていない感じがします。昭和の軍人は、明治軍人と比べて、はるかに風通しの悪い閉鎖的環境に生きていた感じがしますね。まぁ、今もあまり変わりませんで、国をつぶしても自分の省だけは守りたがる役人は無くならないんでしょう。 ペルソナングラータ |
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date 2007/5/2(水)18:34 KTさま、SLEEPさま 帽子愛好家のペルソナングラータでございます。大学時代など、当時だーれもかぶってる人間がいないもんだから、キャンパスでは有名人になれました。(それに味をしめちゃって、今もやめられないんだな…)ただ、イタリア女性からはしばしば「Brutto(醜い)」と言われます… あっちじゃ、シシリーのおっさんぐらいしか、へんな帽子はかぶりませんから。(野球帽姿のオジサマもたまにいるけど、バイクメーカーやら、意味不明のマークのものばかり。野球チームが無いから仕方なし) 欧州の大陸では、帽子は日本以上に絶滅状態と言っていいでしょう。日本では結婚式の花婿など、たいてい一応ちゃんと手袋を持ってますが、あっちではこれも絶滅してます。英国は君主国であるせいでしょうか、アスコット競馬場の女王臨席のときなど、(気持ち悪いぐらいに)みんなシルクハットにモーニング姿ですけど、日本では園遊会とか、モーニングは着てもシルクハットまではかぶらないでしょうね。(ニュースで見たかぎり、天皇陛下はちゃんと帽子をお持ちで歩いておられるようですが…) ともあれ、帽子もサ○エさんの波平氏が元気であるかぎり、使われ続けることでございましょう。(たぶん…) 外交で、日本が気をつけなきゃいけないのは、やはり中国カードの評価でしょうね。中国による小泉時代のいざこざを経て、現在は日米蜜月になったわけですが、これからどう転びますやら。米中関係の評価は、マスコミも言う事がばらばらですからね。ベルリンやモスクワでの松岡の失敗の二の舞もやりかねません。そしてもう一つ、最近高飛車なロシアもいますし、大変ですね。 私、個人的には、中国の姿が今回の別宮氏の討論や、デイリーテレグラフ事件の項にあるウィルヘルム2世のインタビューから浮かんできました。ドイツ外交の失敗から何か学んでくれると嬉しいんですけどね。無理ですかね。今回も。 ペルソナングラータ 追伸(237番に) |
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date 2007/5/2(水)19:43 ペルソナ・ングラータ様 皆様 国民の覚醒というのは何なのかと思った時に色々考えてみたのですが 役人は都合の悪い事をしすぎたので国民の判断を仰ぐ事が怖いのかもしれせんね |
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date 2007/5/2(水)21:49 ペルソナ・ングラータさま 今回も興味をもって頂けたようで何よりです。 >芸術的な雰囲気があるだけ助かった、と言った感じでしょうね。 ドイツ・ウーファー社の薫陶を受けた女性監督、 マスゲームは無いが、全体の構図や、 ただ、全体主義国家特有の、 特に、1時間半をすぎたあたりに出てくる、 あと、南ドイツの半ズボンの風習は、 |
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date 2007/5/2(水)22:32 遼馬様、ペルソナ・ングラータ様、 ロック様 官僚や為政者というのはやはりエリートであるべきなのでしょう。たとえばお隣の韓国が言う民主主義ですが、これは直接民主主義の性格が強く、世論が政策を決定してかまわないという感を受けます。この問題点は権利だけを主張し義務を負わない社会が形成されてしまうことにあります。ですから法という概念が重要になり彼らが必要になるのですね。国民は勝手な事を言うものでしょう。 保身・自己利益の前に硬直してしまうというのは彼らに限りません。今の役人をコントロールするシステムに改善の余地がおおありということでしょう。これは昔から大して変わってない気がします。 日本とヨーロッパとの国民レベルでの大きな違いとして、日本では個人に対して大きな権利が認められているということがあります。不動産等で顕著です。ヨーロッパの市民は公共のため、全体の利益ために自己が一歩引くことができるんです。そしてこういった道徳観念は戦争からの歴史的経験や宗教的なところからきているのでしょうね。ヨーロッパの景観の美しさや総動員等がなぜ可能だったかは、市民意識とは何かを理解しなければならないでしょう。 国民国家というのは国民の質の差が如実に現れます。国家意識でもなく、自己主張でもなく、市民意識というレベルでの日欧の差は現在でもあるのではないでしょうか。 不逞なやからの目立たない国なんてまれです。ドイツ人でもゴミをポイ捨てします。問題はどんな法治が営まれているかです。自身に義務を強いる訳ですから、これには市民意識の高さが反映されているといって良いでしょう。 一方モラルが高ければ法に煩わされる必要のない場合もあります。例えばできる学生が多いほど、校則を緩くすることは可能ですよね。実際校則の中身は学校によってそんなに差はないでしょう。しかし、適用の厳しさに差はあります。やることやってる人にやいの言う必要はありません。 そして日本人です。江戸時期に日本人が成し遂げた文化的レベルの高さや見識の深さは欧州列強のそれと比べて遜色ありません。シビリゼーションを可能にした下地が既にあったというべきでしょう。そして人口規模や産業技術で勝るということが可能でした。市民意識というレベルではどうでしょう。 エリートによる「良導」も愚かしいですが、かといって日本の国民レベルが自慢できるほどのものだったとは思えず、かといってこれは悲観する必要のない代物で「だからどうした」も気持ちがいいですね。ただ自由・平等という社会は、その度合いが高ければ高い程、国民には高い見識が求められるという因果を知る必要はあるでしょう。日本のレベルは既にして高いので、もう他の国に学ぶところはないという人もいます。しかし私は韓国・中国からは学ぶ要素を感じませんが、伊・仏はともかく、英・独・北欧諸国には多いにあると思っています。過大評価でしょうか? 次郎丸 |