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date 2007/5/11(金)19:07 皆様 肉食が普及したのは化学肥料の登場からというのは当然として カリは草木の灰からでも取れますので藁や雑木林があれば比較的容易に得られますが 大量にとはいきません 燐酸は燐鉱石と酸から作られますが全くの自然状態では常に不足する 窒素肥料の生産は尿素の合成よりも 化学肥料の全般として塩酸 硝酸 硫酸などを反応させて作っています 化学肥料無しでは肉食どころか世界人口の半分も養えないと思われますが |
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date 2007/5/11(金)22:25 困ぺい糖様,ロック様,そうです!そうですとも! 「のぎへん」の本,というシリーズが有るのですが,その中の1冊に,人類が如何に アメリカ合衆国の初期の重要輸出品の1つが,豊かな森を燃やして得た灰だった,という 石炭を製鉄に利用する方法(コークス化)と共に,カリ鉱石の利用が,欧州を丸ハゲ状態 ちなみに世界の三大カリ輸出国は,ロシア・カナダ・ドイツ。 燐酸は海から採ること 余談ですが,稲を育てるには,ケイ酸が必要なのだそうですが,これは種子(つまり,コメ) 高炉製鉄には,鉄鉱石とコークスの他に石灰石も使うのですが,用が済んだ後,高炉から カリ鉱石が尽きたらどうなるのか?と不安の sai夫 |
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date 2007/5/11(金)23:08 Sai夫様 ロック様 家畜の大量飼育が可能になったのはやはりエサの問題がクリアされたからなのですが、飼料として大麦以外にトウモロコシが普及したのはいつなんでしょうか? かつての牧草地大移動は飼育効率からいってもいいものではありません。それこそ機械化部隊の損耗率の如く、家畜の欠減が恒常的に発生したと思われます。遊牧が結局押されたのはこのためです。 そして、栄養価の問題ですが、やはり穀物に勝るものは無かったんでしょう。旅順の陥落後の日本側の調べで飼葉用の大麦が大量に残存しており、なぜこれを食わない?と首をかしげたのが日本軍にいたようです。 ところで、BSE騒動のとき、肉骨粉をウシが食うと聞いて、その日の牛丼喰いをやめたことがあります。翌週には性懲りも無く食いに行ったんですがね。エヘ。 豚ロースを焼いて、なすびやあまり野菜と味噌だれで炒めて美味 困ぺい糖 |
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date 2007/5/11(金)23:23 ペルソナングラータ様 MUTI様 北京のコネズミ園は一日で閉鎖だそうで。 とにかく五輪が来年なのにデタラメ加速中という印象がありますね。ボイコット以前に本当に開けるのか怪しくなってきました。 他にもペットフードや咳止めで死屍累々とか。 ハマスのデブミッキーはザルカウィに似ていると思う 困ぺい糖 |
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date 2007/5/13(日)03:54 困ぺい糖様、皆様 先月ぐらいまで、日本の某テレビ局では、中国のアフリカでの外交姿勢を万々歳で賞賛していましたが、その「したたかな外交戦略」とやらはダルフール問題で虐殺国家を援助して欧州から憎悪されていますね。(欧州人には、アフリカは日本人にとっての東南アジアのような場所だから、下手に手を出さないのがいいんですけどね…)。そして著作権ではアメリカにも目をつけられ、移民は世界中で問題を起こし、日本には公害のタネをまき続け(まァ、直接被害がでるのは九州が一番ですかなぁ。黄砂や、近頃は光化学スモッグがひどいそうで… 西の方々にはお悔やみ申し上げ候)、温暖化では世界的脅威、金属泥棒に車輌盗難グループ(小さな犯罪)から人権侵害(大きな犯罪)まで、となってますから、よくまァ、こんなところで五輪を開くよな、と言うのが普通の理性を持った大人が考えることでしょう。 モスクワ五輪のときのソ連や、あるいはナチのベルリンのときよりも状況は悪いかもしれませんね。(1936年までのドイツのユダヤ人等迫害のほうが、現中国の所業よりよほどおとなしい可能性も…) ドイツはこのあと、好き放題をはじめるんですが、中国はどうなるでしょうね。 中国の新幹線(すいません、いつもこの話ばっかりで…)は、そういえばボンバルディアとフィアット(買収されたので名目上はTGVの仏アルストムとなっているが、イタリアで作ってるらしい)と「はやて型(JR東日本)」の戦い、だと言う感じがみえてきましたが、あれだけ大騒ぎしたわりには、ハズレばかりなんじゃ…、と思わせる現状のようです。中国ビジネス、って言うのは、前評判(外部マスコミの言動)と結果の間に何かえもいわれぬギャップができますね。最後はドイツ(シーメンス)か日本(政治家がらみ?)かどっちかに泣きつくのが起死回生の方法、となる可能性がありますが、山拓や加藤等の政治家がこういうときに元気になっちゃうんですよね。 そしてあの国は空母もほしがってるらしいですけど、はてさてどんなモンができるのか… ゲテモノ好きの私としては、楽しみ、って言えば、楽しみなんですけどね。 ハマスの偽ミッキー、中に本物のザルカウィが入ってた、なんてオチなら楽しいでしょうね。(でも、死んだんでしたっけ…、あの人。パレスチナで日本の霊能者の番組のパクリでもやって「ザルカウィさんの霊が右肩に見えますよぉ〜」とか如何でしょう?) ペルソナングラータ |
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date 2007/5/13(日)09:23 ペルソナングラータ様 NHKは相変わらず国連一票主義ですから、中南米アフリカの小国票が国際動向を決めると主張します。でも、単純に今の中国軍じゃダルフール派兵はムリですよね。もしやっても、たぶんハルツームのゴードン状態(司令官が首チョンパ)でしょう。 朝日が本まで出して大国からの武器流入が戦争原因と言うのは本末転倒です。指弾しているAKにしても、いま世界中で非正規兵小僧共が弄んでいるのは、大概中国製か北朝鮮製のコピーです。 実際、武器の購入代金と言うのは、想像されているよりは総額では負担になりません。これは武器弾薬は使わねばストックになりますが、食料、農業資機材は多くが消耗品で恒常的に補充が必要な分、コストがかかるためです。真面目に平和に生きるほうが確かに負担はかかるんです。 中国は空母をロシアから遊覧目的で買ってきて改造中なんですが、蒸気カタパルトのシーリングと言うのが米英仏の秘伝らしく、うまくいかんのじゃないかと言われていますね。 困ぺい糖 |
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date 2007/5/13(日)10:40 今年の夏、サンクトペテルブルクのネバ川に係留されているロシア巡洋艦「オーロラ号」を見学に行く計画を立てています。オーロラ号はバルチック艦隊に所属していましたが、東郷艦隊のあまりの強さに巡洋艦隊司令官エンクイスト少将以下全員がビビッてしまい、全く反撃せずに全速力でマニラに遁走した一隻です。 いまでは博物館として見学できるそうです。できるだけ詳細に見たいと思いますが、当時の推進機関、例えばボイラー室など見学できるのでしょうか。武装は、口径は不明ですが一門あるようです。閉鎖器などは鎖栓式なのか隔螺式なのかなど興味があります。 |
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date 2007/5/13(日)15:45 困ぺい糖様 アフリカの場合、平和なところが寸土と無いわけで、こんなところに中国が顔を出してくるものだから欧州人には気になりますよね。しかも植民地時代の関係は切りにくいわ、軍事的負担は大きいわ、さらにアメリカのプレゼンスが弱い地域なだけに(たまに首を突っ込むと、欧州マスコミには「石油鉱物が目的だろ」と皮肉を言われるからねぇ)米国の援助は期待出来ませんし、これじゃヨーロッパはピリピリしますよね。アフリカの奥地の病院なんかにも、結構ボランティア(医師など)が散らばっていて、彼らの保護だけでも大変ですからね。 そんな中、中国がリビアとか、スーダンとか、コンゴとか、欧州人の特に気になるところに大量に百円ショップ的武器を売り歩いてるわけですから… しかも地雷等、反人権的(むだに民間人殺し、負傷者を出させやがる)なものばかりが目立つものだから、嫌悪の対象になって当然でしょう。まぁ、リビアと言えば、日本企業で変なものを密輸した会社もありましたから、他人の悪口ばかりも言っていられませんが… 南米の場合、欧州メーカーがでっかい武器を売って派手にドンパチになるんで、地雷じゃなくてこれならいい、とか言う問題でもないですけどね。フォークランド紛争は仏戦闘機対英駆逐艦、なんていうお楽しみに発展しましたし… ペルソナングラータ おまけ |
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date 2007/5/14(月)10:06 困ぺい糖様 Sai夫様 トウモロコシの飼料としての利用は 日本では二次大戦後だと思われます 栄養価というよりは栄養の効率として穀物は圧倒的に良いです 余談ですが日本ではトウモロコシを未成熟なまま収穫して甘味を味わう傾向があります 燐酸よりカリの方が確かに資源として少ないかもしれません |
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date 2007/5/14(月)19:47 ロック様,トウモロコシは別名を「悪魔の穀物」というそうです。 トウモロコシは,やせ地でもよく育つ。 これは,土中のミネラル分を吸い上げる能力 化学肥料にせよ天然由来の肥料にせよ,どかどか栄養分を投下するのは土地のために バイオテクノロジーの産物たらいう(※)「紫のカーネーション」を買いましたが…母 おそろしい空想ですが,そのうち,ヒトの遺伝子をいじって,空気中の窒素からタンパク質 (※)本当でしょうか?? ところで,別に項をたてます。 |
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date 2007/5/14(月)19:53 皆様,時々おもうのですが,1941年の対ソ侵攻のとき,ドイツ軍は,北方と中央に モスクワを陥落させた後,両軍集団でもって「カマ」のように南方油田を狙う。 全部をどこか一方に指向するのではない,というところがミソ。 ダメでしょうか? 一気に三方向へ行ったから,ダメだったのですよ。 これなら, 御批判くださいませ。 |
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date 2007/5/15(火)08:52 sai夫さま 古来、戦争に勝つ方法は3つあると思います。@敵野戦軍(艦隊)の撃滅A戦略要地(首都・兵站策源地・兵站線・工業地帯など)占領B政治指導部の壊滅、のいずれかです。 ソ連の場合、このどれをとっても実現させることは困難です。ロシア人は全土にわたって密度低く住んでいて、野戦軍に補充がききます。また死活的重要地などどこにもありません。スターリンの殺害または捕縛に成功しても、共産党員はごまんといます。 こうなると妥協による平和しかありません。スターリンにとってもっとも苦痛であることを実現するのが近道でしょう。それにはモスクワ周辺、ツーラの兵器廠を占領し、スターリンが妥協しうる口実をつくる余地を残しながら、休戦に持ち込むことしかないでしょう。1942年春にはスターリンは妥協する意思があったともいわれます。 すなわち、モスクワ占領を急務として中央に注力し、そこで休戦を狙い、南は放置することでしょう。ソ連軍は鉄道から離れれば動けないはずです。でも、ヒトラーのテーマは「スラブ人絶滅」ですよね。こうなると全面占領しかなく、それには頭を下げて日本に依頼するしかなかったでしょうが、ドイツ人には無理でしょう。ヒトラーも「シュペー艦隊の恨み」とかいっていたようですし・・・。それにヒトラーはAAラインといっていたようですが、そこまで占領してもスターリンは屈服しなかったでしょう。そこはチェコのベネシュとは違うと思います。ヒトラーはポーランドやチェコと戦争する気分でソ連と始めた可能性があります。 またヒトラーは油田・小麦のため南方にいったとテーブルトークなどで喋っていますが、果たして本心でしょうか。ヒトラーは複雑な人間で、わりと本心は明かしません。スターリングラード方面に突出したのは、そこからボルガ河をのぼり、正面を包囲する積もりであって、あくまで野戦軍を殲滅する計画だったのでは?もし油田狙いであれば、ロンメルに勝たせ、エジプトを占領すれば中東石油を買えますよね。けっきょく、バルバロッサ作戦の発動とは、20世紀最大の決心で、未だに我々はその影響から免れていないということでしょう。 別宮 |
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date 2007/5/15(火)18:44 sai 夫様 確かにトウモロコシは土地を痩せさせます 輪作は計画経済のようなもので5年くらい先を見越して行います 豆科は厳密に言うと窒素分を固定しているわけではありません 人間に直接合成遺伝子を入れてしまうより 腸内細菌に入れて住み着かせてしまうとか.... すみません 農業掲示板のようになってしまいました |
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date 2007/5/15(火)20:19 別宮様 sai 夫様 私は南方放置というより拘束部隊で動けないようにさせるだけで良いと思います 中央軍集団が直接モスコー攻略に向かったとすると補給が続かなかったという意見もありますね ソ連の資源が多い南方の占領が遅れるのは不利になるとする意見もありますが 同時にヒトラーが何故キエフ包囲戦を行ったのかが疑問です モスコーを占領してもソ連が降伏したか疑問だ 生産施設はウラルにある という意見もありますが スターリングラード戦はかなり疑問なのです |
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date 2007/5/15(火)21:47 ロック様,sai夫あらため腸内細菌です。 町内細菌の方がよかったかな? 別宮様,ロック様,私は,例のシュリーフェン計画そのものには味がある,と思って ただ,大片翼包囲でもって敵野戦軍を殲滅,というのは,軍人なら一度はやってみたく 問題は,フランスにとってのパリのような目標がソ連には無かったこと…モスクワは では,その「何か」とは?? 私は,ヒトラーが上手くやれば,ソ連の反ボルシェビキ部分 さいごに1つだけ,むしかえしますが,やっぱりヒトラーはバクーの油田が欲しかった 要塞と騎兵が無価値になってから,陸戦には華が無くなりました…。 |
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date 2007/5/16(水)06:13 日々楽しみに拝見しております。 アバロンヒルの独ソ戦で出てくるところの「泥ねい」ってものが http://englishrussia.com/?p=315 |
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date 2007/5/16(水)07:48 ロックさま 腸内細菌さま cobonzuさま けっきょく戦争と外政は分離できないということでしょう。ヒトラーのバルバロッサの狙いはイギリスの脱落だったと思います。開戦1ヶ月以降のドイツ軍の逡巡はそれでしょう。 というのは、シュリーフェンプランは「事前」作戦計画であって、敵野戦軍の包囲殲滅を目的とすることははっきりしています。ところがバルバロッサはソ連国境守備隊を殲滅したあと、何も計画がありません。ヒトラーは、モルトケ以来伝統の事前作戦計画策定をやらず、将軍たちもそれでよしとしたんですね。 これの理由は「外政」すなわちイギリスを脱落させることができれば、ヨーロッパ問題は解決すると思ったことです。しかし、これは口外できる性格のものではありませんが、ヘスの行動がそれを示していると思います。なぜイギリスが独ソ戦争が始めると「高みの見物」をやると考えたのか?それはヒトラーが社会主義者のせいで、イギリス人が「物質」「カネ」「土地」で継戦するかどうか決めると疑っていないからです。 先日もテレ朝の古館が、アメリカはイラク戦争を「石油」で始めたと絶叫していました。物質主義者はアトを絶たないということでしょう。独ソ戦は絶滅戦争で双方とも敵国内の反政府運動などは目もくれていません。社会主義者は、戦時における反政府主義者など見つけ次第殺せばいいと思っていますから、力にならないと考えたのでしょう。イギリス人も資源豊富な南アフリカでボーア戦争をやり、戦争は経済的に引き合わないことは骨の髄からわかったようで、それからは戦争は「自由」「正義」のためにやると決めたようなところがあります。すると、ナチズムは「近代の衣を羽織った中世暗黒時代の逆戻り」(チャーチル)という見方だと戦争から降りられませんよね。 でも、ドイツ人はいいんです。なぜ、日本人がこれを見抜けなかったか、がひっかかります。英米人は「泥濘」も含みますが、ドイツはソ連に簡単に勝てないとみました。ところが、陸海軍人や文官はみなドイツの圧勝とみました。それも1942年度中の大勝利で「バスに乗り遅れるな」という発想でした。ただ、近衛や東條が社会主義者であるのはともかく、非社会主義者の海軍人がシュリーフェンプラン的構想をもったのが落とし穴でしょうね。 別宮 |
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date 2007/5/16(水)13:32 腸内細菌様 cobonzu様 別宮様 イギリスの脱落を目論んでソ連への短期戦を挑んだとすると大きな誤算ですね しかしこれもおかしい点が出てきます ここでもやはり青作戦が疑問になりまして 当初は腐ったドアを蹴り飛ばすように短期戦を目指して それがどうも困難だと思うようになり 単純に日本からみると塹壕戦ではなく華々しい電撃戦が見えてくると思います |
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date 2007/5/16(水)14:35 sai夫様 大包囲戦はやってみたいですね モスコーはパリとは違うのはよくわかります バクー油田狙いでの ドイツの資源利用は副次的なものかと思うのです |
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date 2007/5/16(水)22:11 sai夫様 ロック様 別宮様 拙HPで日本が参戦した直後、頭を転がしているヒトラーというのをアップさせていただいております。 ヒトラーの内心では、独ソ戦というのはやはり日本なしには片付かない戦だったと思います。でも、もし日本がシベリアに飛び込んでいたら、蒋介石茫然自失、イギリスは実はほっと一息、アメリカはもう勝手にせえや、で、ハバロフスク=イルクーツク間のタイガを皇軍が行ったり来たりとなったかと思います。 泥濘についてはハルダーが「馬の腹まで泥にもぐっちゃって、もう前に進めないよお」と泣き言を戦後書いていました。でも、秋雨自体は1週間前後らしく、あとは低温で地面が凍って、T-34なんか絶好調だったらしいっすよ。 *渡来さんすまんね。このところ胃腸悪いんで、旧HNで呼ばせていただきますわ。 困ぺい糖 |
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date 2007/5/17(木)07:57 ロックさま ドイツの日本にたっての参戦は、ドイツ人現代史家セバスチャン・ハフナーなどが「ヒトラー最大の失敗」などとタワケたことをいっていますが、至極当然まともな反応です。 というのは、もしヒトラーが日本の「公式」要請を拒否したとすれば、どうなったかを想定すればわかります。アメリカはレンド・リースを英ソ中に続け、海軍で日米戦に集中し、日本は旗色が悪くなれば自由に降伏できます。これはノルマンジー以降を除く第2次大戦と(日本の脱落を除き)ほとんど変わりません(もしアメリカが誤って、陸軍でインド洋経由で中国大陸に介入すれば日本の一番思う壺)。そのうえ、日本との同盟は破綻です。ヒトラーは最強力の同盟者を失いたくなかっただけでしょう。 日本が「シベリアに飛び込めば」の仮説は相当の"if"ですが、じっさい起きた戦争よりよかったでしょう。予想として確実な1点ですが、「統一指揮」はできなかったと思います。両方の国民性もありますが、ナチズムと立憲君主制は矛盾しますよね。ヒトラーは大島に吹き込まれ、「日本では重臣層と革新(軍)官僚と権力を争っているようだ」といってますから、根底のところで相互理解は不可能でしょう。 1941年12月初頭、ヒトラーはヨードルに「この戦争は負けだ」といってます。事実、その通りになりました。けっきょく、作戦だけから戦争を理解しては難しく、ヒトラーは明らかにバルバロッサの政治的失敗(イギリスは脱落せず、敵を一つ増やした)を認めています。この点からだと1941年12月5日には新しい戦争が発生してるんですね。ドイツの前年の成果はウクライナの占領です。極東情勢がヨーロッパ戦局にはねるのは、1年半後でしょう。その前提で、越冬を決心したあとの作戦をどうするか、です。 地図を眺めると、スターリングラードにいきたくなりますよね。フロンタルアタックは嫌いですから。このヒトラーの心理からだと、高速道路によるウクライナ殖民計画とか、コーカサスにいって山の写真とった司令官を更迭するなどの奇矯な行動も理解できると思います。 別宮 |
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date 2007/5/17(木)13:06 別宮様 日本という同盟国を失いたくないのはわかります やはり短期戦を目論んで開戦したが ソ連の回復力が予想に反して大きく(あれは予測できないかもしれません) ヒトラーは面白い人物ですが発言だけではあまり理解できない タイフーン作戦頓挫後の攻勢として ヒトラーがスターリングラードを狙うのは妥当と思います |
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date 2007/5/17(木)14:53 ペルソナ・ングラータさま 先日開幕しましたジロ・デ・イタリアはサルデーニャ島スタートだったんですが、その開幕式典で軽空母ジュゼッペ・ガリバルディが使用されたようです。 ガリバルディの生誕二百年を記念してのようですが、こんな大きいイベントで一個人の生誕を祝うなんてそうないと思いますけども、ガリバルディという人はどんな人だったんでしょうか。リベラルな西郷隆盛みたいな感じでしょうか? SLEEP |
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date 2007/5/17(木)22:15 ロック> 確かにトウモロコシは土地を痩せさせます 自爆に到って、本当に何も採れないようになったのも、当然の結果なのですな。 |
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date 2007/5/17(木)23:16 SLEEPさま ペルソナングラータさま ハリアーと言うのは結構人気者で、気が付いたらイタリーばかりか、スペイン、そしてタイやインドまで買っています。 いずれも空母とコンビで購入してますが、中国には売らなかったようですね。 トルクの高い大型エンジンを腹の中に抱え、決して取り回しのたやすい飛行機ではありませんが、それでも普及したのは、元祖VTOLとしてそれだけの蓄積もあるということでしょう。 ところで、今年はフォークランド紛争25周年。初代シーハリアーの武勲譚も遠くなりました。 困ぺい糖 |
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date 2007/5/18(金)04:32 SLEEP様、困ぺい糖様 面白いニュースを教えていただきました。ありがとうございます。 空母って、色々使えるアイテムなのですね。日本も三隻ぐらいつくって、秋には運動会の会場(海上の会場なり)などとして貸し出したりするのも楽しいかもしれませんね。でも、イタリーの場合、アイデアは楽しいですけど、この季節に空母の甲板の上で長時間待たされると、(しかも地中海の真ん中で…)、ほとんど拷問ですわな… 伊海軍は、今年あたりに新空母カヴールが出来上がるはずなんですが、「金がかかるぅ」と言うぼやき以外、艦載機については全然話が聞こえてきません。ガリバルディのハリアーを流用するんですかね。(まさか二隻で15機を半分こ、とか?)フランスも退役して久しいクレマンソーの解体費用(4500万ユーロ、60億円程度と見られる)で躊躇、いまだにヒーヒー言ってますから、負担が結構こたえる様子です。 変なたとえをすれば、英米ビジネスマンのタキシード強制購入(「強制」などというと別宮様に怒られるかも知れませんが…)のようなものかもしれませんね。日本は身分的に持っていて相応(持ってないと恥ずかしい)なんですが。(一方中国は江沢民みたいに人民服でお似合いでしょう。どうせ台湾と東南アジアを脅かすヤクザ的使用法しか思いつかないでしょうし。) ガリバルディは、西郷隆盛の「士族に対する義」のところを、「共和国(自由)」に書き換えたような人間です。時は下って第一次大戦のときも、彼の孫たちが義勇軍として、危機に立つフランスで赤シャツに銃剣をもって参戦、二人死んでますが(ブルーノとコスタンテ)、大群衆とともに遺体を迎えた母は「息子は義務を果たしたのです」と言ったそうでございます。(でも、14年末のイタリアって、まだ独墺の同盟国じゃ…) 昨日まで火、水と自転車で神戸明石まで夜通し出かけ(しかもママチャリで)、夜中三時に須磨で二度も職務質問を受けた 追伸 フォークランド紛争は、イタリア移民の子の将軍が政治なんかに首を突っ込んだ挙句に、フランス起源の名前 |
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date 2007/5/18(金)08:14 ロックさま 1941年12月以降の時間についてのご見解はその通りでしょう。とにかく1年半でソ連を「解決」せねばなりません。陸における英米の日・独の策源地に与える攻勢は、それ以降でした。 ただ、地球儀的な状態では日独伊vs英米ソです。これは負けではないですか?日本の海軍軍令部とドイツ参謀本部という自惚れ組はそう考えなかったようです(なぜならばソ連は簡単に打倒できる。そのうえ海では防御有利・陸では攻勢有利と思った)。じっさい太平洋とロシア平原で起きたことは逆でした。 ヒトラーは、ドイツ軍人と違い地球儀は理解できた(ヨーロッパ的人間という人もいますが、こと軍事に関しては)、と思います。そして、ドイツ軍事学には「防御戦」または「攻勢防御」という考え方はなく、また1年半という期限設定は同時に自らイニシアチブをとらねばなりませんから、「攻勢」ということになります。攻勢で敵野戦軍殲滅となれば、部分にせよ包囲作戦しかありません。 ところが、敵が攻勢に出てくれなければ包囲作戦というのは困難です。ヒトラーが黄色作戦でもっとも喜んだのは、英仏軍がベルギー領内に入ったときでした。ヒトラーはソ連軍が市街か山岳・河川、いずれにせよ平坦でないところで攻勢に出てくれることを期待したんでしょう。そして、そこがスターリングラードだったと思います。 スターリングラード戦はキルレシオではドイツの勝ちです。ただ、ドイツ策源地から遠すぎますよね。ゲッペルスはこの戦闘の詳細を報道していますし、ミッドウェーとはえらい違いです。継戦中、何かヒトラーの頭に計算と違うなと思わせるものが起きたんでしょう。疑えば、スマートには勝てない場所と思ったのでしょう。 「作戦」「作戦計画」といった場合、ドイツ軍事学だと「どこから攻めるか」「どこを通るか」「作戦軸」を重視しますが、こればかり考えると「着眼戦術」に陥り、(小)戦略を喪失することがよく起きます(マンシュタインの『失われた戦争』というのはその典型でしょう)。例えば、寡兵であったり、兵站線が悪ければ、敵野戦軍を包翼しようが包囲しようが、それより以前に必敗となりかねません。ガダルカナルで兵力逐次投入で3回違う方向から攻め全部失敗したというのがあります。ヒトラーのスターリングラード戦の失敗は、距離が遠く、また陸軍の動員体制不十分に起因しているのではないでしょうか?戦争はドイツ軍事学の教えるところとは逆に将軍だけでは勝てません。 別宮 |
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date 2007/5/18(金)09:13 Sai夫様、 お説の趣旨が明確ではありませんが、2つに分けて述べたいと思います。 まず、根本的にバルバロッサ作戦においてドイツ軍が南方軍集団を作成しない、正確に言えば防衛戦力の歩兵師団だけしか配備せず、南方に対して全く、あるいはほとんど進撃しない、という仮定に付いてです。 これですが、残念ながらまずだめでしょう。 対ソ戦の準備研究を行ったドイツのマルクス将軍は、ロシアの地勢がブリベチ沼沢地で南北に分断されていることを指摘し、沼沢地の南北どちらを主攻勢とした作戦も成り立つが、どちらにしても主攻勢の反対側にもある程度の戦力を投入する必要があると結論しています。 例えば史実ではキエフとスモレンスクの両方が一度に危機に陥ったためにソ連軍は増援を分散させざるを得ませんでした。片方だけならそちらに増援を集中できます。 仮に、ドイツ軍がブリペチ沼沢地北方だけに装甲集団を集中した場合ですが、装甲が集中すれば補給もそれだけ大変で、鉄道の関係もあり、進撃は多少早くなる程度でしょう。ソ連軍の対応を考えると史実と同程度の進撃かもしれません。 ソ連軍はブリペチ沼沢地南側の部隊がまるまる戦略予備となります。史実で準備されていたというルボフ地区からポーランドに突き上げる反攻作戦が発動された可能性は高いでしょう。キエフ地区からミンスクないしスモレンスクに北上する作戦も魅力的です。 ドイツ軍は結局、ソ連の南方集団に対処するために多くの部隊が必要となるでしょう。防御すべき戦線の距離を考えると必要となる戦力は史実の南方軍集団と同程度か更に多いかもしれません。 現実には更に、政治的問題が加わります。 史実ではドイツはプリペチ沼沢地の南に4個の装甲集団の1つを送ったわけですが、これは妥当だったと考えます。 med |
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date 2007/5/18(金)09:15 Sai夫様、皆様へ グデーリアン装甲集団が南方転回せずに、そのままモスクワを直撃していたらどうなったか、に付いては古来議論があります。 補給が持たなかったのではないか、という説も根強いのですが、最近の説では、取りあえずモスクワは占領できたのではないか、というのが多くなってきたように感じています。 ただ、この場合、南方の進撃は遅れ、キエフは取れただろうけど、ハリコフの占領は困難で、スタリノ、ロストフはまず無理だっただろう、とされます。 ドイツ軍のモスクワ占領ですが、これは「モスクワショック」でソ連政府が崩壊する、内部分裂やスターリン失脚を含めて、かどうかにつきます。 これは、結論が出ない水掛け論です。 ソ連が降伏してくれれば良いのですが、降伏しなかった場合、ドイツ軍は結構大変と思われます。 その意味で、グデーリアンの南方転回は無難な選択だったとは言えます。 med |
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date 2007/5/18(金)09:28 別宮様、他皆様へ、 ロンメルアフリカ軍団がエジプトを占領できる確率が3%以上あったかどうかは疑問ですが、イタリア海軍がイギリス海軍に勝利して地中海を制圧し、かつ輸送船を大増産すれば不可能ではなかったかもしれません。 マジメな話にしますと、第2次大戦当時の中東はあまり石油を産しておりません。あるのは判っていましたが。中東の石油が開発されるのは戦後なのですね。例えばイラクの戦時中の産油量は1950年代の10%以下、1990年代の1%未満です。サウジアラビアはまだラクダしかいません。 仮にドイツが中東を支配したとして油田はそれなりですが、問題は輸送でしょう。トルコ経由の鉄道しかありませんし、これは貧弱な物だったようです。更にトルコ通過を認めさせたとしてその後は多分ユーゴスラビア経由です。 青作戦ですが、目的は敵野戦軍の殲滅、ソ連軍南方翼の包囲だったというのが一般的見方でしょうか。 その意味では青作戦は1942年9月の段階で、包囲網の中が空っぽだった時点でほぼ破綻していたと言ってよい作戦でした。へたに多くの土地を占領していたため失敗とも言えず、ずるずると続けてしまったものでしょう。 青作戦の石油に付いてですが、作戦計画書には、油田を占領して敵にこれを使わせない、と書かれています。 資源産出地区を占領して長期不敗の体制を築くというのは、資源開発に要する労力と時間、更には採掘した資源の輸送手段を無視した机上の空論です。 ただ、バクーの油田地帯をソ連が失っていたら、あるいは一時的にでも占領されて生産設備が破壊されていたら、ソ連の継戦能力が著しく低下したのは間違いないでしょう。 余談ですが、ドイツがコーカサス地区で唯一占領したのがマイコプ油田ですが、当然のごとく完全に破壊されていたようです。 med |
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date 2007/5/18(金)09:31 別宮様、他皆様へ、 ヒトラーの対アメリカ宣戦布告ですが、結果的には大失敗だったと考えます。 ヒトラーとドイツが日本に最も期待したこと、すなわち日本の対ソ連宣戦布告と関東軍のシベリア北上は成されなかったからです。 ヒトラーが宣戦布告しなくてもアメリカが対ドイツ宣戦布告を行った可能性はあります。 更に、ヒトラーが真珠湾直後に、アメリカ国民に哀悼の意を表し、日本との同盟廃棄を宣言していたら、ルーズベルトはドイツに対して手を出すのが困難になったでしょう。 真珠湾の結果として、アメリカ国民の激昂は日本に対して向けられていたわけで、日本とアメリカの単独講和は極めて困難、アメリカの要求が過酷、と思われます。 ヨーロッパ戦線でアメリカの参加が1年乃至2年遅れるというのは極めて重大な意味を持ちます。半年でも結構大きいでしょう。 ソ連に対するレンドリースは史実の半分以下の規模に留まったと思われますので、1942年末のスターリングラード反抗は、その開始が少なくとも1ヶ月遅れるか、あるいは全く発動できなかった可能性があります。 1942年の北アフリカ上陸はなくなりますので、ドイツはリビアを1943年以降も保持できたでしょう。1943年9月のイタリア降伏もなくなります。 史実でドイツは1942年夏、1943年夏にフランスに多くの装甲師団を配置していますがイギリスだけが相手なら、これの必要は少ないでしょう。 何より大きいのは1942年末〜1943年春にドイツ空軍が地中海で壊滅的打撃を受けることが無く、また1943年夏の時点で戦闘機の6割をドイツ本土防衛に割り当てる必要がなくなることです。 ヨーロッパにおけるアメリカの存在は1944年6月以前にも極めて大きいのです。 1942年春の時点でヒトラー以下ドイツ首脳は1942年中にソ連との戦争に目処をつけるという意識が強かったようなのですが、アメリカの参戦が遅ければかなりのゆとりが出来、無謀な作戦は慎んだ可能性があります。 自軍が防戦一方で、唯一の同盟国イギリスも北アフリカでちんたらしているという状況が続けば、スターリンが講和へと向かった可能性は高いでしょう。 正直、ドイツの対アメリカ宣戦布告はしなかった方がマシだったと考えます。 med |
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date 2007/5/18(金)12:17 medさま 外交的な読みはその通りだと思います。アメリカはレンドリースは続行しても、いきなり対独戦には踏み切らなかったでしょう。ただ、イギリスがFDRに哀訴するのは必至であって、アメリカ国内ムードどのようになるかでしょう。 そして、イギリスは1941年7月に非脱落をソ連と約束しています。ヒトラーがフランスとポーランド・ノルウェー・ベネルクスなどから撤退して、イギリスが脱落することは100%ないでしょう。 日vs英米戦ですが、もし3国同盟が崩壊し単独講和が可能となれば、日本がドテンする可能性があるのではないでしょうか?真珠湾以降の日本の政治というのは、けっこう流動的であり、東條支持者などよほどの御用新聞以外いなかったのでは?翼賛議員ですら、反東條運動を昭和18年には始めていますし、終戦時東部軍司令官の田中静壱は「ケッ、東條のバカが。アメリカに勝てるわけないだろ」と真珠湾のとき家族に語っているくらいです。 とにかく、日本は第2次大戦中、平和裏に政権交代がありました。昭和天皇も非脱落をドイツと結んだのが失敗だ(ただし戦後)といっています。海軍が空母パリティが喪失したと認識できた時点で講和の道は広がるでしょう。 ヒトラーは日本のドテンの可能性については論及していませんが、日本の政体については疑念をもっていたようです。ドイツの駐在武官に皇女を誘惑せよ、という指示を与えるかどうか大島に問い、大島は目を白黒させています。一種の神権政治でミステリアスで古代の制度とみていたんでしょう。これだとイタリアについて危機感をもって、王室追放をムッソリーニに要求したが如く、日本も天皇によって政変が起きる可能性を予測していたと思います。 もし、ドテンがあったら、地球儀的にドイツは必敗ですよね。もちろん、アメリカがドテンを認めない可能性はありますが、降伏否認はできないでしょう。単独講和せず、は両次大戦の大国同士では常識化していましたから、日本の降伏自体も簡単ではありませんが、ヒトラーはその可能性をみたんでしょう。 1942年のドイツの戦争努力ですが、兵員の9割近くが東部戦線に向かっていましたし、また航空機の地上戦の関与が大きかった時代ではありません。なにしろ野砲がは1日1千発打てますから、これだけで10トンです。対地攻撃機などタカが知れています。1942年のドイツ作戦についていえば「無謀」はその通りですが、まだ戦場は遠く離れており根こそぎ動員の必要がないと、考えていた方が「甘い」のでは?ゲッペルスはドイツ国内に「暖かい靴下を編んでスターリングラードに送ろう」とPRをやりましたが、それよりも一人でも小銃もたせて前線に配置すべきあり、「軍需工場にいこう」が普通じゃないでしょうか。 ただ、お説の通りで実戦より戦局は遅れ、また好転したでしょう。ですがドイツの大局にさほどの変化はあったでしょうか?イギリスが脱落しないと確定すれば、ソ連を短期戦で打倒するしかないことに変わりありません。ヒトラーの遺書で、日本に対する謝辞が述べられていますが、これはこれで率直なものでしょう。 別宮 |
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date 2007/5/18(金)16:01 Med様 イタリアが参戦したとき、地中海の外側に200隻(伊全部の大きな商船の約三分の一)以上の輸送船があったそうで、宣戦後はジブラルタルもスエズも通れませんから、地中海に戻れなくなりました。少なくとも、ムッソリーニたちがもう少し頭を使って戦争してれば、ロンメルももう少し仕事がしやすかったんじゃないですかね。 タラント軍港の戦艦も、バドリオが「危ないから、ナポリに移せ」というのにほったらかした挙句にボコられましたし… 敗戦の原因は、やはりイタリアかなぁ。 |
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date 2007/5/19(土)03:42 ペルソナ・ングラータさま、困ぺい糖さま お恥ずかしい話ですが、実はイタリアが空母を持っていたことを失念していまして、ジロの開幕式典で空母を使用とか言うのも、マルセイユからフランスの空母で来たのか?とか思ってました。なんか今年のヨーロッパはめちゃくちゃ暑いみたいで、四月のパリ〜ルーべで25℃を越えたとか。冬の気候に体が対応していると、塩分の濃い汗が出ますからすぐ脱水症状がおきますね。 軍艦の寿命と言うと、だいたい40年ぐらいなんでしょうか?どうも蒸気ボイラー(と配管)が十年すぎたあたりからちびちび壊れだすみたいで、全部オーバーホールするぐらいなら新しく作っちゃえなんでしょうけど、できれば四万トン最低二万トンと考えると安くはないですよね。載せる戦闘機はもうこの際ラファールでいいんじゃないか、とか・・・無理か。 大元のガリバルディについては名前しか知らなかったのですが、少し調べた範囲で言うと、とにかくスゴイ人というしかありませんね。どう見ても革命家とか政治運動家、軍事指導者といった枠にはまりきらない人物に思えます。また20世紀の革命家、政治指導者がしばし大量の血を流したことを考えるともうそれだけで抜きん出た存在に思えますね。自由と統一と人道と国際主義が並存する興味深い人物です。 ちなみにイタリア語のSELLAとはどういう意味なんでしょうか? SLEEP |
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date 2007/5/19(土)09:15 ペルソナングラータ様 イタリアはあの戦争の一服の清涼剤だと思います。 あの戦争で日本の国民は真面目に植民地の解放を目指して戦いました(東條や近衛や山本の思惑はどうであれ、国民がそう思っていたのは間違いがないです) この辺りまでは心情としては理解できるのですが、 ましてやイタリア人は何を考えて戦争したのでしょう。 |
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date 2007/5/19(土)10:45 別宮様、他皆様へ、 ヒトラーが真珠湾直後に日本との同盟を破棄し、アメリカに哀悼の意を表した場合の日本の対応ですが、そう簡単に降伏するとは思えません。 もともと、当時の日本のアメリカに対する敵意はドイツとの関係なく成り立っています。また、真珠湾で激昂したアメリカ世論は容易なことでは日本を許さなかったでしょう。 史実では真珠湾の2週間後にチャーチルが「ヨーロッパ第一主義」をアメリカに約束させることが出来たわけですが、これはヒトラーが宣戦布告してくれたことで、卑劣な日本の同盟国であるドイツに対してもアメリカ世論が沸き立ったことが大きいでしょう。 ヒトラーが同盟を廃棄した場合、東條以下は結構落胆した物と考えますが、既に動き出していた侵攻の第1段階が停止されるとは思えません。 日本が交渉を開始するとしたら、第1段階が終了した時点でしょうか。 日本海軍官僚は史実と同様に、何らかの決戦で勝利して有利な講和をするという「日本海海戦症候群」に囚われたままでしょう。 空母の数に差が付けば日本海軍首脳も不利な講和を受け入れる気持ちになるかもしれません。しかし、大型船の建造には時間がかかります。ドイツ戦の負担が無いとしてもエセックス型の進水がそう早まるとは思えません。結局1943年半ばにならないとそう差は付かないでしょう。 史実において、日本海軍はマリアナでも勝てると考えていました。 と、言うことで、ヒトラーが日本との同盟を廃棄した場合の日本の「降伏」は、交渉の開始が早くて、1943年後半、妥結が1944年初めと考えます。 恐らくはもっと遅いでしょう。 med |
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date 2007/5/19(土)10:47 別宮様、他皆様へ、 アメリカがヨーロッパ戦線に直接関与しない場合の影響ですが、まず空軍に付いては極めて大きかったと考えます。 史実においてドイツ地上軍の勝利は大方制空権を確保している場合に限られます。 もし、1943年初頭の地中海、チュニジア戦でのドイツ空軍の消耗が無く、またドイツ本土防衛の必要が無ければ、1943年夏のクルスク戦に投入できたドイツ軍機は単純計算で史実の5倍程になります。対イギリスに多少残したとしても、3〜4倍は確保できたでしょう。 1942年夏に、ドイツ軍がその戦力の8割以上を東部戦線に回していたのは事実です。 これらの精鋭装甲師団は、休養と再編制を行っていたのですが、何故にフランスで休養していたかといえば、西欧連合軍の上陸に備えるためでした。季節が冬になり西欧連合軍の上陸作戦が行い難くなったために東部戦線に派遣する余裕が出来たのです。 もし、アメリカの影が無ければ、これらの精鋭師団の幾つかは、東部戦線の後方地区で休養と再編を行っていたでしょう。 1942年11月に、ルーマニア軍の後方で休養していたのが、マンシュタインに技術的に低いレベルにあると評された第22装甲師団ではなく、精鋭の第6装甲師団だったなら、ソ連軍の突破は成功したのでしょうか。 そもそもレンドリースが史実の規模で無かったなら、1942年のソ連軍の冬季反抗は史実のリトルサターンの時期まで延期されていた可能性が高いと考えます。大きな成功は望めなかったのではないかと考えます。 1942年末の東部戦線の状況は結構微妙です。 ドイツ軍がスターリングラード地区とコーカーサス戦線を確保し続けていたら、1943年の早い時期にバクーの油田はスターリンの手から零れ落ちていたでしょう。ソ連の継戦能力は大きく低下します。 やはり、ヒトラーの対アメリカ宣戦布告は誤りだったと考えます。 余談ですが、ドイツは1942年末のモスクワ戦の敗退後から総動員体制への転換を開始しています。東部戦線のドイツ軍は1943年7月のクルスク戦直前が最大でした。1943年初頭から東部戦線に派遣された新たな歩兵師団は1942年中に新編成されたり、貼り付け師団から格上げされたりした者たちです。 med |
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date 2007/5/19(土)12:04 ペルソナ・ングラータ様 ペルソナ・ングラータ> イタリアが参戦したとき、地中海の外側に200隻(伊全部の大きな商船の約三分の一)以上の輸送船があったそうで、宣戦後はジブラルタルもスエズも通れませんから、地中海に戻れなくなりました。少なくとも、ムッソリーニたちがもう少し頭を使って戦争してれば、ロンメルももう少し仕事がしやすかったんじゃないですかね。 確かにその話がありましたね。 少し前に出た、「What If ヒトラーが勝利する世界」という本ではドイツがエジプトを制圧する方法が論じられていました。 フランス戦直後にスペインに圧力をかけてスペイン領内を通過してジブラルタルを制圧。 というものでした。 ともかく、リビアの貧弱な港湾を頼りにした攻勢では話しにならないのです。 med |
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date 2007/5/19(土)12:19 遼馬様、 ドイツ人に限らず当時の東欧の反ユダヤ主義は深刻な物があったようです。 ドイツ人の東方領土欲というのもヒトラー以前からあります。 しかし、一般ドイツ人のスラブ人に対する偏見はそうでもなかったように思えます。 イタリア人は、何でしょう? 東部戦線のイタリア第8軍兵士は、「ここはどこ、私は誰、」状態だったみたいで、・・・。 med |
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date 2007/5/19(土)14:46 medさま 別宮さま お二人のハイレベルな議論に割り込むのも無謀かと思いますが・・・ 正直、ヒトラーが真珠湾直後に日本との同盟を破棄しアメリカに哀悼の意を表するという仮定には違和感を覚えます。軍事的な観点からはmedさまの仰るとおりではないかと思うのですが、あの状況でヒトラーがアメリカに宣戦布告以外の選択肢を採り得たかは疑問ではないでしょうか? まず、アメリカ国民は奇襲開戦に怒っている訳ですが、奇襲開戦はドイツのお家芸です。同盟国を批難して事実上の敵国国民に同情する理由が全くないのでは? ヒトラーの誤算は日本がソ連に攻め込まなかったことなのでしょうが、それは真珠湾に始まったことではなく、それ以前の外交の問題ではないかと思います。例えば、日ソ中立条約の問題があります。ドイツとしては味方は欲しいところで、言いたいことだけ言える簡単な立場ではないと思います。 兎も角、真珠湾でいきなりキレて同盟国と仲たがいしたら、アメリカにビビッてる(それ以外の理由がありません)と見られて、ヒトラーは立場的に不味いことになるのではないでしょうか?同盟国が事実上の敵国に戦争を仕掛けているのに傍観してしまうのも、おかしな話だと思います。 高城 |
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date 2007/5/19(土)17:11 med様 どれにレスしたら良いかわからず ここにまとめてレスいたします 青作戦に関して 私も油田は破壊が目的と思っていましたし 今でもそれが主な思惑かと思っています |
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date 2007/5/19(土)23:35 高城さま ロックさま medさま 日本は第2次大戦を、まるで第1次大戦のように戦ったんですね。 第2次大戦の戦争指導者、ヒトラー・チャーチル・FDR・スターリン・ムッソリーニはいずれも独裁者であって、戦争を少なくとも停止することはできました。これは、第1次大戦とまったく違います。第1次大戦ではアメリカを除いて主要参戦国のいずれも途中で政権が交代しています。 元々、ヒトラー主義というのは、「背中からの一刺し」でドイツが敗れたことを批判したことが原点です。つまり、第1次大戦で戦争指導が一貫していればドイツは敗れなかったという考え方です。ハーゴンの槍をユダヤ人があげたかどうかの類です。 ヒトラーが1941年12月、アメリカへの参戦を決めたとき、日本の戦争指導の行く末について考えたのは自然ではないでしょうか?しかも、ヒトラーは日本の重臣層・宮廷勢力が「弱点」とみていたことは確実です。そうすれば、日本の戦争開始勢力を「ドイツの参戦」でエンカレッジするのは無理のない決定ではないでしょうか? 日本の降伏可能性はヒトラーの決心に蓋然性があるかどうかの問題だとして、海軍条約派にそんなに根性ありますかね。太平洋戦争というのは、山本・石川・福留・黒島の類の戦争だと思います。国民にしても夜盗のような戦争を満州でみて喜んだようなところがありますから、真珠湾で米国民の士気が阻喪するという山本五十六意見をある程度納得したんでしょう。今でもイラクの三千人死亡で参るというような反米主義者は日本に多いですよね。 第2次大戦を「バスに乗り遅れるな」で始めたのは日本とイタリアです。ドイツからの同盟破棄で日本にバドリオ政権成立はない、と言い切れますでしょうか? 別宮 |
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date 2007/5/20(日)01:26 med様、遼馬様 第二次大戦のイタリアは、ありゃ一体ナンなのだ、と言われますとまさにその通りなのですが、アフリカ戦線で右往左往するフィアット=アンサルド3t豆戦車はスターウォーズのR2D2とC3POのようなものでして、いなければいないで寂しいものでございます。 実際のところ、第一次大戦の事もあり、ムッソリーニはもともとはフランスがこんなに簡単に負けるとは思ってなかったのでしょう。しかし圧倒的な独軍を見て、このままではいかん、と、準備も出来ていないのにバドリオ等が止めるのも聞かず大慌てで参戦したものの(大体、5月末にベルギーが落ちた辺りで決心、参戦は6月10日)、残雪のアルプスを越えるだけで凍傷者続出、戦果はゼロ、その上、他方フランスが落ちればイギリスも落ちると短絡して考えていたのでしょう、おかげでエチオピアのイタリア兵は見殺しになりました。(あれだけ金かけてせっかく占領したのにね。) ムッソリーニは宣戦の演説では「大洋に自由に出れねば我らは自由とはいえない」とか、「貧しい国民が富を独占する国を叩く」みたいなことを言ってますけど、あまり説得力のあるセリフは無いですね。「ファシストの道徳として、友人が前に行進するときは、最後まで、一緒に進むのが法律だ。」とか。それまで「イタリアは”非参戦国”」とか言ってごまかしてたんですが… ロシアでも、イタリア兵の書き残したものなんかを見ると、薄い靴にゲートル巻き、上は毛の防寒帽、歩きすぎて寒さも加わり、靴に足が入らない、等々、まるでバーベキューに行って冬山で遭難したような哀れさです。 トルコ領内を通るのはどうだか分かりませんが、フランコがもう少し肝っ玉が据わっていて、ジブラルタルを落とせれば面白かったかもしれませんね。あと、地中海でも西側、チュニジアとアルジェリアもどうにかしたいところであります。(シシリー島に一番近いのは、実はチュニジア)。たしかにアメリカがいないほうが、イタリアにとっても助かりますね。三年ぐらいは状況も変っていたでしょう。 まァ、イタリアとしては、ヒトラーにあれほど「43年までは戦争は始めないでね〜」と釘をさしていたのにぃ。待っててくれたら勝てたのになぁ。ということで。 ペルソナングラータ |
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date 2007/5/20(日)01:47 SLEEPさま、 可笑しいでしょ。イタリアなんかが空母(ちっぽけなモンですが…)を持っていて、今、倍のサイズで新しいのを作ってるんですから。日本の国力から言えば、ガリバルディ級なら5隻ぐらい運用できますよね。(艦載機75機) 潜水艦に金をかけすぎでしょうか。 今年の欧州は異常気象のようで、渇水、異常高温、あるいは洪水、どうもみんな不安になっているみたいですね。イタリアはこれからアフリカからの南風が40度以上の高温(でも乾いているので、日陰は涼しい)を運んできますから、大変ですよ。まぁ幸せな事に、かの地では光化学スモッグの元や黄砂被害が飛んでくる事は無いですが。 Giroのガゼッタ紙のサイトを見てみると、遠い日本のJSportsが乗り気で、色々と特集を組んで、公式服まで出しているのにいたく感心しているようですね。結構いい値段。 SELLAは、サドルのことです。ちなみに馬の鞍もSELLAです。 ペルソナングラータ |
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date 2007/5/20(日)04:10 別宮さま medさま ロックさま みなさま やはり無謀な割り込みだった気がしないでもないですが・・・。誤りなど有りましたら是非ご指摘ください。 そもそも自分は同盟破棄はないと思うのですが、これは当時の日本人も想定していなかったのではないでしょうか?「バスに乗り遅れるな」でドイツに便乗したとして、バスから蹴落とされると思えば、アメリカには噛み付かないと思うのですが。こういった考えは当時の日本の意思決定からして誤りでしょうか?兎も角、想定外のことが起これば、動揺してバドリオ政権も有り得るとは思います。 ヒトラーも独裁で体制が磐石だとしても、アメリカと戦うのが嫌だから、日本サヨウナラでは情けないと思うのですが。(破られないと信じていた)不可侵条約を破っているので、スターリンも余程のことがない限り講和に応じられないと思います。 高城 |