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date 2007/6/10(日)11:11 お返事ありがとうございます。 イギリス軍歩兵の損耗率は、指揮官の能力に左右されたようです。ただ、これ以降7月1日のような戦いは二度とやっていませんね。 ドイツ軍堡塁の地下まで坑道を掘っていって、大量の爆薬で粉砕するやり方が一番理にかなっていると思います。対砲兵戦も上手くいかない、機関銃銃座も破壊できないとすれば、それしかないかなぁ。 当時の砲兵は中隊長自ら前進観測班長の役目をして、射撃陣地から目標までの射撃線の下に位置し、眼鏡を覗きながら「増せ200」とか「左へ100」とか指示を出していたのでしょうか。 測量班が前日までに測量を終えて地図上に座標の緒元を取り、砲兵の前進観測班が歩兵と同行して歩兵部隊から要求に応じ座標に弾幕を張るというのは、第二次世界大戦の間接照準射撃方式のようには行かなかったのかもしれませんね。 |
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date 2007/6/10(日)19:22 別宮様 本当にくだらん話のようですね。こうなったら、退職金分働いて問題解決してもらうのが一番か。 数千億で済むならやればよい。ちゃんと”落とし前”つけないと、社保庁の人達は転職できません。 私が人事担当なら、仕事できないんじゃないの、ということで採用しません。 数千億の仕事を数人できちんとやれれば、2億円の退職金も悪くはない。 どうですかね、それとも泥棒に追い銭かな。 この話題は、この程度にしておきましょうか。 |
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date 2007/6/10(日)20:19 別宮様 皆様 どうも最近の国民年金の話がそうなのですが、この年金はそもそも賦課(税金)運用なのか積立(加入者の積立)運用なのか、いつも不明瞭なまま終わってしまう問題のような気がしてとても収まりの悪い問題だと思っております。そもそも国民年金の目的は私が覚えている限りでは、厚生年金のカバーから外れた人々(代表は何といっても個人事業者)のために設けられた仕組みであり、発足当時に加入は義務ではなく申込制であったはずですし、父母に聞いたところ義務と名乗りだしたのは私が生まれる直前辺り(昭和54年)からだと記憶しているとのことです。 私が思うに国民年金というのが半ば「義務」という神通力をもてたのは、厚生年金と一緒に大多数のサラリーマンから効率良く徴収できたために恰も「義務」の外観をまとうことに成功したのだと思いますが、そもそも本当に「国民」年金にしたければ、その徴収は国民年金保険料などと名乗らず「国民年金保険税」と堂々と名乗らなければいけないものではないのでしょうか。 勿論税金と名乗る為には、必ず国会に法案を通す必要があるでしょうし、それは「増税話」に直結しますから実に政治上頭の痛い話題ですので、政治家としては出来ることなら回避したいというのは理解できますが、このまま義務とも義務ではないとも言える国民年金を続ける事そのものが、社会保険庁の虚偽を発生させる要因だと考えております。また、そもそもマスコミが何故に一番最初にこの事に触れないか私には不可解なのですが。 枯山 |
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date 2007/6/10(日)22:46 med様、皆様、MUTIです。 >この時期、イギリス軍は既にギリシアに手を出す程度まで回復していました。 確かに、エジプトへの進行が早い場合、史実ではギリシアに送った戦力はエジプトで用いられたでしょう。 また、仮に機械化部隊を史実より早く送ることができたとしても、 英国軍の増援が数個師団ならば、輸送・集結・行動開始のための時間差もあり、 よって、1941年中旬頃までなら、北エジプト枢要部攻略を目標とした場合、 >イタリア海軍によるアレキサンドリアとの航路維持ですがこれは何時であろうと無理ではないかと。 確かに、英国海軍は地中海の戦いで、ネルソン伝統の敢闘精神で果敢な戦果を上げています。 太平洋で米国軍は、最終的にこの目標をほぼ完全に達成し、 対して、英国は、イタリアの海軍や商船に相当の「打撃」を与えています。 当時の英国が海で展開できる総合的戦闘力は、 英国にとってアレクサンドリアの喪失は、 敢闘精神豊富な英国軍は、ヒットエンドラン的な襲撃等により、 >史実でもアメリカは、 それは、米軍の本格的関与・参戦を前提としたものではありませんか? >トルコを先に政治的に屈服させてから、トルコ経由で中東進出という方が合理性で優れると思います。 私は、トルコのこの時期の宣戦可能性や、 インドや中東に関しましても、私、当時の可能性を比較考察するほどの知識はありません。 それがインド国民にとって史実より幸せな状況につながるかには疑問がありますが。 |
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date 2007/6/10(日)22:53 軟体金属であります。 自分も本日、名古屋まで遠征して購入しました。 |
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date 2007/6/10(日)23:34 本日読了いたしました。 ところで、皆様、話しはまったく異なりますが、4代目鶴屋南北の四谷怪談を映画演劇、小説その他にインスパイアさせるとき、四谷のお岩さんの神社にお参りしたほうがいいと聞きます。 けっこうゲンを担ぐ困ぺい糖 |
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date 2007/6/10(日)23:55 別宮さま、ならびに皆様 軟体金属であります。 いきなりの横レス、失礼します。 母方の系統図はずいぶん前に解明されていますので皆様ご存知かと思いますが、母方で見ると中国人、韓国人、日本人は近縁であるとの結果が出ています。 それに対し、最近解明された父方の系統図によると、日本人男性は東南アジアやチベットに近く、現代のモンゴル人、中国人、韓国人とは一致しないようです。 以下は、私の妄想ですが、 興味が先走ってしまいますが、古代中国人男性のミイラが出たら、そのDNAを解析して、現代日本人と現代中国人のどちらに近いかを調べてみたいものです。 |
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date 2007/6/11(月)00:05 皆様、MUTIです。 経済のこともよく分からないのですが、 なんか、大きな「爆弾」が国際経済に埋められているような感想を持った次第です。 「Sovereign-wealth Funds」が「国富ファンド」と訳されるのには違和感がありますが。 |
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date 2007/6/11(月)00:05 枯山さま 年金制度とは彼の有名なビスマルクの飴から始まったんですね。ところが日本では軍人恩給から始まったため、国家の支払い義務という微妙な観点も加わります。日露戦争でも旦那が戦死すれば、「浮気な後家」で暮らせたという俗謡が生まれたくらいでした。質入して身上なくなったというのもありますが・・・。 ビスマルクの飴の方は、雇用者(会社のこと)・被用者(サラリーマンのこと)で折半で出すことが原則です。ところが、公務員は雇用者が国、自営業者は雇用者がいないんですね。ここが最大の問題です。 国民年金の抜本改正は、1985年と思います。このとき、国民年金の支払い義務を、本人、連帯して配偶者、同居の親に被せるという驚くべき連座責任を課しました。ただ、罰則はありません。強制徴収(どうやってやるか不明)はあります。これに議員が自縄自縛になっているんですね。このときはバブル絶好調で、12月は忘年会でタクシー拾えず、一泊3万円のホテルも一杯でした。月、1万4000円程度国民が払わないわけない、と思ってたんですね。 ただ、20歳から1万4千円、25年以上払い続けて、月7万円の基礎年金など、制度として魅力ないですよね。それでも、この部分は賦課方式ですから、人口減少ある限り年々国庫負担だけ増えます。そのうえ、社保庁が飲み食いした部分がありますから、現在でも国庫負担が2分の1です。ともかく、制度失敗の原因は必ず「国営」にあります。ただ、全体として毒は回っておらず、国費3兆円程度の投入ではないでしょうか? そして、1997年、自社サ政権のとき「バラマキ福祉」の積もりで、厚生年金の1階建て部分を基礎年金と共通としました。これはジョブホッピング対策でした。それで厚生年金連合会の管理を社会保険庁に一本化して、2億件が宙に浮き、うち5000万件がまだ解消してないんですね。 サラリーマンの常識、厚年は、1階(=基礎年金=65歳以降7万円)部分(+α)を除いて積み立て方式です。ですから、太宗の部分は極めて安全(なぜかといえば民間基金運営)、確実に運営されているといっていいでしょう。ただし、元帳が社保庁という改悪をやりましたから、口座が消えちゃった場合、該当の人は怒るしかありません。またゴネドクはなしのはずですが、雲行きおかしいですね。民主党は請求あれば全部認めよと、広島・長崎原爆被害者、東京都喘息患者みたいなことをいってます。 民主党の基礎年金の完全税負担、プラス国民年金と厚生年金の統合は、いわば完全な税金化ですね。こういった偽善を主張(要は年寄りと若い人の負担で、未納者に年金を払えということ)して、前回参院選挙で勝ちましたから、また改悪でしょうね。ビスマルクの原則の第1は、国庫はいっさい痛まず、労働者福祉を実現することです。真面目に働かず、国民の義務を果たさず、文句だけいう社会主義的人間ほど、国からの受益が増えるという嫌な世の中になりつつありますね。 別宮 |
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date 2007/6/11(月)00:42 ペルソナ・ングラータ様、皆様、MUTIです。 羽根飾りというと、 イタリア語の分からない私には、よく分からない以下のページの 左のフレームからベルサリエリ関連のページにいけるようになっていまして、 あたりを見ますと、昔の帽子の羽根飾りを受け継いで、 以下のページを見ますと、 |
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date 2007/6/11(月)08:10 みいこさま ソンム戦は戦場が極めて限定された戦いです。突撃する歩兵にとり前進壕から500m四方が世界のすべて、悲劇はここで起こりました。 限定された戦場での夜間突撃は被害を重ねるだけでしょう。まず恐れなければならないのは、敵の砲弾でも機関銃でもなく、味方の弾でしょう。歩兵にとって、この狭い世界が夜の大海原のように感じられたはずです。そして偵察機からの航空撮影により大まかな敵陣地の構図を用意することはできますが、まず役に立ちません。実際には、どこに散兵壕があり、どれだけの抵抗があるかなど事前に把握することはできません。自分がどこにいるかわからず、50m先の閃光が敵の壕なのか伏射する味方なのか、敵の壕を奪った味方なのか・・・。こういう状況下で起こることはまず同士討ちです。これは現在に至っても解決されていない問題で、暗視スコープはありますが、それでも必ず発生します。仮に接近するだけだとしても、偶発的発砲が大混乱につながりません。どこに敵がいるか分からない恐怖があるからです。現在アメリカを中心にこの点をコンピュータに支援してもらおうという変革は試みられています。 砲兵ですが、困ぺい糖さまのご指摘の通り、野砲ですから逃げる事も可能で常に有利な位置に移動することを当然としている以上、砲兵同士の打ち合いはないでしょう。仮に砲兵陣地に弾着があった場合、同じ角度で打ち出せば面白い光景になるでしょうね。射程を延ばせばそれだけ盲射な訳で、弾の無駄。それ以前に砲戦で片がつくなら、そもそも白兵戦は発生しませんね。現在も砲兵・自走砲とは支援目的で、前衛は戦車です。航空機からの爆撃も効果が上がらないでしょう。手動標準で100発おとしてまず一発当らない時代で、これを克服するには量で確率に頼るしかありませんが、航空機のスペックがついてかないですね。接近すれば当るでしょうが、これは地上の小銃の射程に入ることを意味します。敵の砲兵陣地を射程に入れるために砲を前進させては、敵兵に浸透された場合捕獲されて終わりです。つまり砲といい、航空機といい、これを砲弾のように消耗品として使っては勝てるものも勝てないでしょう。特攻隊がやりましたが。 生身の人間を戦闘不能にするには砲弾の破片一片でよいわけです。死なずともまず正気でいられる人間はいないでしょう。これを避けるために地下に潜りました。突撃の前に砲弾の雨を降らせるのは煙幕効果もあるでしょうが、何より敵を地下に押し込めておく事に意味がありました。そして砲撃後、敵が出てくる前に浸透可能とし、そのための突撃時間の統制・スピード勝負を計ったんですが、実際は地上に出てきて機関銃ポストにつくまで何十秒もいらないですよね。前進部隊には迫撃砲があり、これもかなり脅威です。 浸透戦術は敵が壕から出てこないという想定の上で成功する作戦です。実際にそうなりドイツは負けました。機動的に動いて浸透を試みても、これに合わせて敵が機動的に動けば、壕の配置や地形を知っている敵を破る事はできないでしょう。戦略レベルでの内線作戦のように、戦術レベルで有利な場所に動けばいいのですから。夜間出撃は、少人数による破壊工作はあったのではと考えます。これなら周りはみんな敵と思って行動すればいいですね。 あと思ったのですが、笛吹いて突っ込め!は無能という方程式、単純に指揮官の無能に求める問題なのでしょうか。私は軍隊の組織構造が問題ではなかったかと思います。現場を知らない司令官が、戦果を求めて指令を出せば、いろんな状況で同じような事が起こるでしょう。連合国側の最終攻勢は浸透戦術の成功です。これは浸透する最小単位のレベルで優秀な頭脳が必要な戦術ではないでしょうか。浸透戦術を許すと言う事は現場判断を許すということでしょう。これは現場の判断が指揮官の命令に背くことも許さねばなりませんし、罰してはならないですよね。ドイツのイメージはなんかピラミッド的で、そこがドイツの魅力の様にも感じられますが、ドイツが現場裁量を採用すればどうなるでしょう?ドイツ帝国の最後はキールの水兵が反乱を起こし、各地で兵士が共産主義を叫びましたが・・・。 |
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date 2007/6/11(月)08:23 MUTIさま ファンドというのは、他人のお金を集めてまとめて運用する「大きなお金」(法律用語は合同運用信託)のことです。ご指摘のファンドは、他人が「国家」であることでしょう。 第1のポイントは「他人」です。たとえば、中国がブラックストーンに拠出したら、運用指図はブラックストーンがやります。ただ、この世界で30億ドルは小金です。あまり重要視することはありません。日本でいえば、平均的な会社の年金です。 公開されていませんが、民間日本最大の年金は連合日立だと思います。加入人員50万人、運用総額5兆円(435億ドル)に達すると思います。亀有あたりで100人くらいでショボくれてやっています。この次、東芝で、次松下で、以上合計で第1、第3保険者(つまり自営業者)の国民保険を超えると思います。 この3社合計で、年金基金の人員は150人程度だと思いますが、社会保険庁は同規模のものを1万1千人でやっているわけです(中国だと10万人以上になるのでは?)。そのうえ、グリーンピア(40億ドル!)・広報費(会社年金不要)・ソフト(会社年金は信託銀行・生保借用ソフトで大体共通)・接待費など飲食、職員アパート、事務所などなどで国費を2兆円投入しています。徴税機能までもった社会保険庁=第2国家をつくれば、このようなことは当然起きますよね。 ですから、国家の資金運用というのは大したことはありません。土台、株式とかリスクキャピタルに投資すべきではありません。日本は財政法によって、ほぼアメリカ財務省短期証券(トレジャリービル)に運用は大体限定されていますが、一説によるとブレトンウッズ体制崩壊以降、もっともうまくやった国のようです。フランスなどは金(キン)が多いので大損したといわれます。年5%以上の金利を飛ばすと大変ですよね。お陰で、貿易外収入が貿易収入を上回る世界1のリッチマンです。日本は、地味に堅く、老舗のデパートでしかモノは買わないというやり方で十分ではないでしょうか。 西原借款で大怪我ですからね。戦前中国は銀本位をやって大損(銀価格はキンに比較して5分の1以下に下落)してます。大体資金運用の世界では、独自運用とか世界で唯一とか、自主ナントカは大体失敗です。 別宮 |
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date 2007/6/11(月)11:52 困ぺい糖様,静の方です。 旦那は,隣でイライラを抑えてコーヒーを飲んでます, 新刊,買いに行かなきゃ。 ふたりとも,今日は有給休暇なのです。 本題に入ります。 後輩のKTは,仕事の関係で,お岩さんの神社にお参りしたこと いわゆる「お岩神社」には,もうひとつ,お岩稲荷霊堂という所があるそうですが, 渡来sは,どちらにも行ったことがありません。 お稲荷さんとお岩さんの結びつき ちなみに,両神社の関係も,わかりません。 これも,KTからの受け売りですが,文学的に言うと,大南北(=四世鶴屋南北)の |
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date 2007/6/11(月)12:04 sai夫です。 我慢できずに(笑),かきこみします。 「大陸軍」の騎兵が被っていると,シャコ帽,かっこいいんですよ。 ただ,あの 想像してみてください,帽子だけ「あれ」の人が,銀座や御堂筋やシャンゼリゼを ただ,私も,初めて見た時には「頭の上に,貯金箱?」と思ったものです。 フランスと騎兵といえば,こじつけですが,ナポレオンの末弟の子孫がフランス下院 では,行ってきます。 年金もらえるんだろうかと不安の,渡来s |
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date 2007/6/11(月)13:27 軟体金属さま、ならびに皆様 多くの方が誤解されるのです。 ミトコンドリアDNAの方も同じですが、女性は男性ほど多くの子供を残せない事から、もともといた人口が圧倒的に多い、揚子江付近の方の遺伝子が残っているのでしょう。 これらの遺伝子と、常染色体遺伝子の割合は、まったく別の話となります。 |
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date 2007/6/11(月)16:02 すいません。訂正します。 |
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date 2007/6/11(月)19:48 渡来s様、皆様、MUTIです。 ちょうど、こんなニュースが出ていました。 ひょっとして 西洋の剣には日本刀と違って刃物自体に美術価値はないでしょうから、 |
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date 2007/6/11(月)20:02 別宮様 具体的な内容で教えていただき、勉強になります。 どの分野にも、その世界に通じている人には分かる相場値というのがありますが、 ありがとうございました。 |
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date 2007/6/11(月)21:01 お返事ありがとうございます。 ソンムの戦に参加したイギリス遠征軍(BEF)の兵士の大半は、キッチナー卿の志願兵募集の呼びかけに応じて集まった若者だったんですね。出身地ごとにグラスゴー・ボーイズ旅団といったふうに名前がつけられていました。 戦線は、北からゴムクール〜セール〜ボーモン・ハーメル〜ティエプバル〜ラ・ボワセル〜フリクール〜マメッツ〜モントーバン・ド・ピカルディ〜ソンム川となっていました。イギリス軍は大軍を集めてこの戦線を突破し、次に控えているドイツ軍陣地まで前進する計画でした。 イギリス第四軍のローリンソン将軍は、X時−5日からの攻撃準備射撃で「歩兵は無人の野を行くように楽なものになるだろう」と考えていたようです。攻撃時間が07:30になったのは、砲撃間に雨が降り続き水浸しになった戦場や塹壕では攻撃の足が鈍ると予想したためですが、幕僚の中には、3時間は早めて払暁攻撃にしては、と言う案が出されましたが ドイツ軍のベロウ将軍は、スパイ活動で6月からイギリス軍の大部隊が後方に集結しているのを知って、かならず総攻撃があると読んでいました。ドイツ兵はイギリス兵が塹壕から飛び出してきたら機関銃でなぎ倒してやろうと待っていたに違いありません。 では、どうすれば7月1日のイギリス軍は勝てたか、です。小室直樹式に「こうすればイギリス軍は勝てた」は簡単には言えませんが、幕僚の案通りに払暁攻撃をすること。攻撃準備射撃をもっと短時間・短期間にすること。攻撃準備射撃の間に塹壕から出て匍匐前進でドイツ軍塹壕に接近することが、先ず第一の選択だと思います。たとえ、英独塹壕間の距離が500メートルしかなくてもです。 百数十万発も砲兵が射撃をすれば、砲身命数の点からも不規弾が増え、砲の信頼性も落ちるはずです。駐退機から油も漏れるでしょう。もっとも、この時点まで歩兵の散会突撃が最良の攻撃方法だとヘイグ将軍は信じて疑わなかったと思いますが、次郎丸様は、どうすればイギリス軍が勝てた、或いは戦線を突破できたと思いますか? |
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date 2007/6/11(月)22:21 渡来様 情報有難うございます。 四谷怪談は、傑作と思います。まずヒロインをいきなり半端な不幸に叩き込むどころか、化生にしてしまいます。これは誰もなさなかったことです。 実はDVDのレンタルで「怪」シリーズを見ていたく気に入っています。「四谷」の他に「化け猫」がやっぱり良いです。薬売りがいい味出してます。 とか薀蓄しながら「エル・カザド」の録画予約とサイトの推敲をする困ぺい糖 |
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date 2007/6/11(月)23:30 別宮様 どうも詳細有難うございます。何度か学生時代も聞いたはずなのにどうしてもはっきりできずに曖昧にしていたままなので、ようやくですが胸のつかえが取れた気がいたします。ただ国民年金の連座制はというのはどう考えてもダイハード(ここまで強制しといて罰則なしというのはかえって不可解)としか思えませんが、改正当時は小金だと思われていたので重要視されてなかったかも知れないなどど思います。 ただ昭和60年頃の月額は7000円程度のはずだったと考えると、物価が上昇もないのに現在倍額にまで保険料が引き上げられ(他の公共料金も漸増中)、人口減少の趨勢から見れば保険料が高騰していくのが火を見るよりも明らかな状況を思うと国民の堪忍袋の緒が切れないかと心配してしまいます。それにしても民主党というのは、平気にゴテ得を認める論理展開を良しとしますが、完全積立性のときから加入してまじめに収めていた人物を蔑ろにする無神経振りには、疑問を覚えてしまいます。 国会中継で安部総理が小沢代表に「請求があれば全部認めろとおっしゃるのですか?」と問われたところ、小沢代表は言葉を濁しながらも主張を引っ込めないところを見ると、本気でゴテ得を認めさせかねない制度いじりに躍起になりそうなので少しだけ眩暈がしてきそうであります。 「国民年金は魅力無しでいらないので、税金でないなら脱退する自由を認めて欲しいと思う今日この頃の」 枯山 |
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date 2007/6/11(月)23:38 困ぺい糖さま 鶴屋南北の四谷怪談に関しましては、「新・トンデモ超常現象56の真相」(今発売されているのは増補された「〜60の真相」のようです)に詳しいです、面白い本ですのでオススメします。 さて本書によりますと田宮家の「於岩稲荷」をこそお参りすべきだと思われます。「お岩稲荷」というのはお水の方々向けに商売で作ったもののようですね。 西原理恵子の「できるかなクアトロ」で岩下志麻子におまえのかいてるのはホラー、おまえがホラーに牛乳噴いた |
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date 2007/6/12(火)00:26 別宮さま 科学ライターの永瀬唯氏が共著書「ギボギボ90分」(90年代にTVを中心に活躍した故宜保愛子の霊能力を検証している本です、おすすめです)の中で提唱している再解釈原理という概念が目を引きました。少し説明させていただきますと、人間は不可解な現象(超能力ですとか霊、UFO)に遭遇した際に自分(達)の勝手な解釈でもってそれらの問題を解決してしまう、ということです。 これらはつまり第一次大戦後のドイツにおけますユダヤ人の背後からの一刺しや、スターリンの国際資本家が戦争を起こす、更にはわが国のバカ右翼がのたまう真珠湾はルーズベルトの陰謀だに共通するものではないでしょうか。これほど大勢の人間が死んだのはなぜだ?ですとか、神聖な本朝がこんな無様な負け戦をするはずがない、といった疑問を解決するのにあまりに拙速であり真摯な姿勢を貫かなかったことが原因ではなかったかと。もっともスターリンのそれは謀略の一種でしょうか? 「ギボギボ90分」では我々がただのうさんくさい無知なオバサンと見下していた宜保愛子が通訳レベルの英語力を持ち、高度な資料調査を怠らない相当なインテリであったことが明らかにされます。ちょうど我々がただのパラノイアか精神異常者としてヒトラーやスターリンを捉えてしまうのに似てますよね。これもある種の再解釈原理だなと思うところです。 SLEEP |
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date 2007/6/12(火)03:31 困ぺい糖さま、Sai夫様、MUTIさま フランス人、シャコー帽がいまだに好きですね。20世紀では、もっぱらシャコーよりも単純化されたケピ(ドゴール帽)が主体ですけど。この前、フランス外人部隊の日本人の本の表紙の写真のケピ帽日本兵殿をみて、「ア〜、おフランスどすなぁ〜」と感心しました。 私、イタリアでは、礼装の羽根つきナポレオン帽姿の憲兵、あるいは駅で、モデナの軍官学校(Accademia militare)のバンビーノたちの、シャコー帽にマント(冬場)、長〜いベルトでひざの辺りにぶら下がった短剣がふ〜らふら、と言った姿で親御さんたちと電車を待っている様子、などのシュールな光景を見てますので、阪急電車梅田駅でシャコー帽軍服姿の変な人がいても、まぁたぶん驚かないと思いますが、歴史的軍服と言うのは、いいものです。やはりオーラが違います。特に騎上の黒服憲兵どんはかっこいい。帽子も、デカければよりでかいほうが似合いますね。日本の警察騎馬隊も、ダサい制服はやめて頑張らねばなりませぬ。 イタリア憲兵(Carabinieri) 士官学校生 ナポレオンのサーベルは、昨日のニュースで写真を見ましたけど、こんなのです。さすがに安物ではないみたいですが、そんなたいしたもんでもないですね。ただ、かのマレンゴの戦いのサーベルと言うインパクトは、やっぱりすごいんでしょう。(国宝を売り出して良い、って言うのもすごい話ですが…) ボナパルト(ブオナパルテ)家は、名前が20世紀でも結構出てきまして、本家分家等々、伊仏コルシカ島等々に今でも分布しているみたいですね。系図がどうなっているのか、想像もできませんが… ペルソナングラータ |
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date 2007/6/12(火)04:16 MUTIさま ベルサリエリの羽根飾り、今日、はっきり言って邪魔じゃないんですかね…。(蓼食う虫も好き好きだけど…) ご紹介いただいたページ、楽しく拝見いたしました。特に(音楽がうるさいのは玉に瑕ですが)モトグッチ好きのおじさんの3ページ目、Bersaglieri3の絵新聞の特集などは楽しゅうございました。ちなみに、上から二つが北清事変(義勇兵を集めるイタリアの擬人像、長城?前での戦いの様子)、その下4〜5図程度は第一次大戦での対墺白兵戦(なんで自転車せおってわざわざ氷河のところまで登っているのかは突っ込まない…)、その下は第二次大戦から戦後、という事のようです。それにしてもベルトラメの挿絵は芸術品であります。(第二次大戦中になくなったので、下のほうは別人作)。あと、その次のBersaglieri4では、おじいちゃんが小さな孫にベルサリエリの格好をさせていて、これがとても可愛い! 必見です。日本でも七五三にレトロ軍服のコスプレなどが気楽に出来るような「健全な時代」が早く来ればいいんですがね。 前から不思議なのは、北清事変で中国に行ったベルサリエリは、なぜか全身白色の、アビシニアで大敗(1896)したときと同じ軍装なんですけど、北京を砂漠熱帯地方と勘違いしたんですかね。(まさか夏服だ、なんて事ではないでしょうし…) ペルソナングラータ 175番のおまけ |
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date 2007/6/12(火)07:28 みいこさま グーグルアースでフランスを見た時には、なんて美しい国なのだろうかと思ったしだいであります。農地の区画単位は日本の十倍くらいの広さでしょうか、コントラストに息を飲みます。比べて日本なんてのは宇宙から見れば汚いですよ、悲しくなります。ベルギーとの国境なんて農地に埋もれて分からないですね。県境みたいなもんです。 逆に森らしきものは少なく、大戦で消えてしまったのでしょうか・・・。見れば塹壕は掘りやすい土地だろうとは思います。北海まで塹壕を繋げるのは困難ではなくて、これが日本列島だったらどえらい話になります。 キッチナーアーミー、日本人にとり格好良く響きますが、実際この若者たち、現在の日本人フリーターと同じような存在ではなかったでしょうか。私も若い時経験がありますが、これといってやることが決まってない時に、求められているんだという実感が欲しくなるということはあるんですよ。もちろん軍人=持て花な訳で、一概に言えないでしょうが。しかし、彼らが戦線を支えた事は確かですね。 どうすれば7月1日のイギリス軍は勝てたか?なんて私には答えようがありません。ですが日本人的感覚で指摘をするならば、塹壕構築の徹底と、迫撃砲の大量使用くらいでしょうか。 まず、砲兵が味方に打ち込みたくないから、視認させてくれというのは軍人としてまともでしょう。ただ塹壕にこもった敵に砲弾は頭を引っ込めさせるくらいの効果(攻撃開始を視認させない)しか無いですから、準備射撃は短くというのは賛成です。現代人的感覚でいえば、銀行強盗に銃を突きつけられている間だけポーズをとればよいわけで、後ろを向いた瞬間通報ボタンを押すものでしょう。耐える側としては心理的効果を克服するという困難はあります。シェル・ショックですね。 そして敵陣地への接近ですが、突撃する前にもっと塹壕を掘れといいたいです。緒戦がぶっつけ・手探りなのは分かりますが、この時点で無策な正面突破は無理があります。3線とは言わず、30mごとに200線くらい作り続けろというのは乱暴でしょうか?敵の攻撃があったら塹壕の密度で撃退して、直撃弾をさける構造にしてひたすら前へ前へです。突撃し極限の状況で武功を立てろなんてズボラです。訓練されていない兵の7割は工兵メインでいいでしょう。 それから砲弾の量産なんてほどほどにして迫撃砲(しかも直接照準もできるやつ)を大量に装備した部隊を攻撃部隊の直後に常につくようにするというのはどうでしょう。篭る敵には手榴弾と相場が決まっています。沖縄や硫黄島ではナパームを使いましたが、基本的に閉鎖空間の制圧は手榴弾でよいでしょう。ところが、投げて届く範囲には限りがあるので迫撃砲です。そもそも大砲(野砲)と小銃の中間が少ないんですね。迫撃砲を近接使用(この視認可能・調整可能な距離が大切)するということは、大砲の当てずっぽうとは違います。人間はローテクを技で使いこなせるんですね。司令官は壕の中にこれを放り込むという行動の余地をいかに現場の兵士に作ってやるかを考えるべきだったのでは?ところが実際には、砲の雨で脅し、突撃で奪えで程度でしたから、この2点はそれなりに有効だったと思いますよ。攻撃精神はドイツが、準備は英仏がなっとらんと言ったら怒られましょうや。 もちろんこの戦いは戦術的に勝利できても、戦略的になんの意味もないものでしたから、あえてそこを無視すればの話です。逆に戦術的に劣っても、戦略的に勝つということはあり、日露戦争の旅順がそうですね。戦術だけを見ればこれらの攻撃は無駄死とも思えます。言葉で語っては戦争の残忍さ生臭さが分かりませんが、語られるからこそ無駄死ではないと、合掌。 次郎丸 |
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date 2007/6/12(火)09:36 SLEEPさま 永瀬唯氏の説明は首肯できると思います。洋の東西を問わず大事件を自分の都合(それは単純な感覚からですが)がいいように解釈するんでしょうね。 第1次大戦のドイツの敗北は、ドイツ人以外には簡単に納得できます。地球儀をみれば、ドイツが全世界に包囲されたことは自明です。もちろん、包囲されただけでは「敗北」はしませんが、それに「戦争」が加われば敗北です。無敵のドイツ人が敗北したことの理由をユダヤ人に帰することは、当時のドイツ人には「好感」だったでしょう。1945年の日本についても同様ですが、東條英機は、戦局挽回の余地ありで敗北を自認してませんよね。 東條、この時代に生きていた日本人、またそれに同情する日本人の耳に「ルーズベルト陰謀説」は、いいのは当然です。問題は1945年1月に東條が「バドリオ政権樹立反対」などといわずに、対米降伏を言い出したらどうかという点です。約100万人の人命が救われただけに、これは重いですよね。東條は「拙速」「真摯」かどうかは別にして、陸軍の持ち駒が「小磯国昭」というのは嫌になりますよね。侍従武官長の蓮沼蕃とかがやれば違った気がします。栗林、田中(静)、下村、梅津、畑など地球儀をみることができる人々というのは政治性がなく、出世しようと思わず、ただ職務を精励しようとするところがありますよね。統帥一元化に海軍がこの後に及んで反対されると投げ出してしまうような・・・。 ともあれ、ルーズベルト陰謀説を信じるのは日本人だけでしょう。また日本人に多いですが、他人の目を気にしすぎですよね。当時のFDRは、イギリス救済のみに目がいって、アジアに興味がなかったんでしょうね。金正日が「ボクのことも構って」といいながらミサイル乱れ打ち、核実験失敗を演出していますが、アメリカに「日中講和」を斡旋せねば、ドイツに味方してイギリスに参戦するぞという脅しは筋がよくないですよね。それも「わかった、わかった」といわれ、もっと取るぞじゃ具合悪いですよね。 ヒトラーとスターリン、東條英機はパラノイヤ、精神異常ではないですが、それほど正常な人物ではないでしょう。ヒトラーを除くと「社会主義的人間」のように思えます。権力欲は誰にでもあると思います。ただ、スターリンや東條は権力を振るって、無辜の市民(ブルジョワ)を惨殺したり不幸な目に会わせるのを楽しんでいるようにみえるのです。ヒトラーについては、みなが半分冗談でいう「陰謀論」を本気になって信じ込んだところに不気味さがあります。当時のドイツ人が何か処罰をユダヤ人に望んだのは事実です。でも、本当に政府がやり始めたときは驚いたでしょう。 別宮 |
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date 2007/6/12(火)14:36 遼馬様、 アメリカとイギリスが可分か不可分かは兎も角、当時のアメリカが日本よりイギリスと仲が良かったのはどうしようもない事実です。 アメリカが「日本とイギリスの戦争」を容認する、よーするに「日本がイギリスのアジア植民地を、更にはオランダ等の植民地も侵略する」のを容認するというのは有り得ないように思います。 「植民地解放」というスローガンではアメリカは納得しないでしょう。だったら、まず、日本が中国北部や満州国から手を引けという話になるでしょうから。 アメリカが「日本とイギリスの戦争」を容認するためには、日本がイギリス以上にアメリカと仲良くなる必要があるでしょう。 この状態で、なんでイギリスと戦うのか判りません。 後、時間の制約もあります。 日本帝国海軍はもともとアメリカに屈服しないためにその軍備を整えていたわけで、屈服するというのは当時の日本帝国海軍の存在意義の問題になります。 med |
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subject エジプトの制圧、 MUTI様、 根源的な問題として、当時のエジプトの価値を考えておく必要があると思います。 一昔前の論説では、ロンメルがエジプトを制圧すればイギリスは大打撃だ、というものが少なくなかったように思います。ですが、これは全く根拠がありません。 当時のエジプトには工場らしい工場はありませんでした。目ぼしい鉱物資源もありません。エジプトが提供していたのは食料と水ぐらいです。人的資源としても基本的に前線の兵員は供出しておらず、若干の後方要員だけでした。 つまりエジプトを失ってもイギリスの戦争遂行能力には全く打撃は無いのです。 一方、ドイツ・イタリアが得る物も政治的権威だけです。 ここに、アメリカが「ナイル川まであるいはスエズまで退いたら」と提言した意味があります。 枢軸軍による北アフリカ戦役ですが、まともに考えると、エジプトに加えてヨルダン・シリア・イラクの西半分ぐらいは取らないと勝利とはいえないでしょう。そして、それぐらいまで進出してもイギリスはイラン・インドからの抵抗を止めなかった可能性が大です。 トルコですが、現在では枢軸側として参戦の可能性は極めて低かったことが判っています。まあ、ヒトラーは期待し続けていたようですが。 さて、リビアからの装甲4個師団での侵攻案ですが、どう考えても、どんなに早くからやってみても、イラクまで行くには兵力不足です。 現実問題としてはこれもとっても大変です。 で、ここでの問題が、部隊の輸送と進撃にも時間がかかるという現実です。 1941年4月の史実のロンメル登場の時には、ドイツ軍の戦力は第5軽装甲師団だけでした。第15装甲師団が前線に揃ったのは5月末です。 1941年4月の時点でドイツ軍の4個装甲師団が揃っていればドイツ軍の進撃は進むと思われるかもしれませんが、これはこれでまた問題があります。 ここら辺を考慮して、私なりに考えたのですが、史実のイギリス軍の第1次攻勢開始直後に、ドイツ軍の第1陣をトブルクに揚陸するのが最善ではないでしょうか。 時間的には1940年末辺りです。 まあ、ここまでがんばってみても、イギリスは中東を根拠地に戦争を継続したでしょうし、アメリカがやってきてアルジェリアに上陸したら帰ってくるしかありませんから、・・・まあ、むなしいですが。 こうしてみると、基本的にリビアの港湾の能力から、装甲4個師団程度が維持の限界というのが問題なのですね。 med |
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date 2007/6/12(火)19:46 次郎丸様 日本の農地も捨てがたい....と表現するよりも世界最高水準なのですが..... 森林は日本の場合 国(林野庁?)の見込み違いで近いところは杉ばかりになってしまいましたが そう悲観なさらなくても良いかと思います |
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date 2007/6/12(火)20:25 別宮様・皆様 先の彼岸に名古屋の東山給水塔が開放されていて立ち寄ったのですが、ここに濃尾地震の解説パネルが展示してありました。 {東山給水塔 http://www7.plala.or.jp/tower/ これ、お雇い外国人が建てたものなのですが、残していたんですね。見栄えもよく町のシンボルになりますね。当然現在の中身は防災用の水瓶で、配水地としては役目を終えています。 ここで濃尾地震(1891・明治24年)揖斐川・長良川に架けられた鉄骨トラス橋が土台が壊れて川底に落ち込んだ写真に関心がいったのですが、明治24年といえば、第一回帝国議会召集の翌年です。当然、お雇い外国人技師の指導の下につくられた橋梁で1891年以前の建設でしょう。この時期に現在のトラス橋と見劣りしない立派な鉄橋が作られていたのかと思うと感心いたします。鉄骨トラスといえばパリ万博のエッフエル塔が1889年です。 八幡は日露戦争前ですから、この鉄骨は当然輸入ですよね。鉄骨のヨーロッパからの輸入となると、専用の輸送船等も必要になりますし、陸を持ってくるのさえ膨大な作業でしょう。 レール・鉄骨を輸出できたのは西欧だけでしょうが、当時欧州の製鉄所は民間企業?で、直接発注だったのでしょうか?それともブローカーがいたのでしょうか。また普通の貿易輸送船には乗らないと思うのですが。世界各地で鉄道網が拡張されていましたから、儲かっただろうと思います。 1891年(明治24)は大津事件の年です。また八幡起工の年で、下関条約(建設資金と習った)以降の建設計画ではなかったんですね。 次郎丸 |
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date 2007/6/12(火)20:28 次郎丸様 ダグラス・ヘイグ将軍がどれほど砲兵に自信があったのか疑問です。実験として、イギリスかフランスで同じような塹壕を作り、その一番深い退避壕に豚か羊、或いは猿などの動物を入れて数百発の砲弾を撃ち込んでみます。それで豚や猿が生きていれば、7月1日の突撃は失敗することがわかります。 実験から塹壕の兵士が死なないことがわかって歩兵を突撃させたのであればその罪は万死に値すると思いますが、たぶん実験はやっていないでしょう。ご指摘の通りドイツ軍陣地に向かって塹壕を掘り進んでいくやりかたはいい案だと思います。旅順の戦いでも日本軍は、ロシア軍陣地までジグザグに掘り進んで、鉄条網の直前で平行に掘り突撃を敢行しました。 ただその方法は相当な時間がかかるのと、航空優勢が我に有利であることが条件だと思います。ソンムの戦いで航空戦がどのように行われたかは知りませんが、開豁地で空からの脅威は恐ろしいものです。イギリス軍砲兵の精度がどのくらいだったのかも重要です。塹壕戦術ではなく匍匐前進戦術では自軍の砲兵の精度が生死を決します。座標に弾幕をつくることができたことからある程度の精度は期待できたかもしれません。 提案される小型迫撃砲というのは、たぶん擲弾筒のことだと思います。ただ第一次世界大戦では擲弾筒はなかったはずです。あったのかな? もしあれば、前進塹壕からポンポン打ち出せば、ドイツ兵はゴキブリを叩き潰すみたいに面白いように吹っ飛んだと思います。あとは塹壕にガソリンを注ぎ込み火をつければゴキブリホイホイを焼却炉に投げ込むようなものです。 ヘイグ将軍が7月1日の攻撃のために、秘密裏に擲弾筒あるいは携帯型小型迫撃砲(口径40〜50ミリ程度)を開発していれば相当局面は違ったでしょう。また、第四軍のローリンソン将軍が10:30に異常に気がついてヘイグ将軍に攻撃の中止を具申したときに、すぐさま撤退させれば貴重な志願兵をまた次の作戦に使えたでしょう。全ては「もし・・・ならば」の世界ですね。 ですが、過去の失敗から教訓を学び取ることは重要だと思います。戦闘の理論を一つ一つ詰めていかねばなりません。 |
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date 2007/6/12(火)20:53 たしか,ライヒシュタット公は,20代で亡くなっています。 子供は,いません 彼が「ナポレオン2世」だから,あのシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト ライヒシュタット公は,母親であるマリー・ルイーズを「薄情な女だった。 父が, ライヒシュタット公は,死後,父と同じ所に埋葬されませんでした。 さて,ナポレオン しかし,ヒトラーは,ひとつ,いいことをやりました。 ライヒシュタット公の棺を |
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date 2007/6/12(火)20:58 それにしてもグーグルアースの操作性の良さには感心します。宇宙遊泳をしているようです。 グーグルアースは衛生写真を球体にマッピングしたものですから、特にアジアは写真の撮影時期によって表情が違うでしょう。フランスは収穫期、転じてアジアは夏が多いですね。冬に撮影チャンスが少ないのは分かるのですが。 アジアの農村の衛生写真は綺麗とはいえません。これは当然、水田の泥水のためです。そしてどう考えても北フランス〜低地の自然は人工的な美しさですね。日本でも手入れの効いた公園は美しいですね。 農地の区画単位の大きさの違いは収穫性と関係があるのかもしれませんね。日本の農村など、10年放置すれば自然に飲み込まれるでしょうが。美しさという概念は総じて人間的(人工的)なものです。自然を失ってしまった人々が自然を作りこむ(美しく)んですね。比べて日本は共生、つまり自然を生かしつつ放置は放置です。 暇な時に各国の軍港や空軍基地を覗くのですが、台湾周辺上空にやたらF16が飛んでいるのが最近の発見です。ブラジルの森林火災(焼畑)の規模もまたすさまじいですね。 次郎丸 |
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date 2007/6/12(火)21:19 みいこさま 大砲は勇壮です。そして日進月歩で迫力が増してます。これが単純な思考停止をもたらしたのでありましょうか。 塹壕に時間を惜しんではいけません。すでに短期決戦の夢はついえています。敵陣を奪えば無駄だから掘らないは、本当に考えている事になるでしょうか。後に来援したマッカーサーは自ら最前線に出て敵を知ろうとしました。 当時の航空優勢など蚊のような存在で塹壕の兵は恐れることは無いでしょう。第二次大戦のイメージと混同していませんか?CASは不可能です。迫撃砲ではなく擲弾筒というのですか、ドイツは大量に使ってたと思います。しかし、大半は間接攻撃用です。そして時期ははっきりしませんが、直接照準可能なものもあったかと記憶しております。 次郎丸 |
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date 2007/6/12(火)22:40 別宮さま いまだに良くわからないのですが、戦間期におけるドイツの反ユダヤ人主義というものはどの程度の熱意や真剣さを持っていたのでしょうか?どうもヒトラーというのはドイツ人の中でも度を過ぎて善良でマジメで有能で、そんなのがたまたまあのタイミングで権力の座に着いたゆえの悲劇か、とも思えるのです。ともあれドイツ人の日本やアメリカまで敵に回して敗北を自認しない点はなんなのでしょうね。ファルケンハインはその点優秀だったと思います。 スターリン、東條ともにごく狭いサークルで栄達しそのまま最高指導者になったというのがマズイのでしょうか。おっしゃられるようにサークル外の人間に対する愛情のようなものが希薄ですね。現在にあてはめれば共産党の志位あたりが首相になったようなものか、たしかにぞっとします。ああ、それとヒトラーとの差は前線経験が無いというのもありますね。スターリンのとっての前線はテロですし、東條のそれは派閥争いですから人間としての幅が広がるどころか狭まる一方ですね。 日本人ですが、どうも英米に対する甘えがあるような気がします。イラク開戦に反対する人にそれではフセインが再び戦争を開始した場合その責任は誰にあるの?と聞いたら、それはフセインが負うべきだと言う返事が返ってきてガッカリしたことを思い出します。なんと言うか自分だけいい子ぶって知らないふりをいつまでもしているというか。相手の目を気にしすぎるというのは結局根本で自分達に自信がなくジョフレのようになれないということかもしれませんね。 小磯国昭については改めて愚鈍さを認識しなおしました。そう言えばどういうわけかノーモアヒロシマ!と叫ぶ連中も小磯にはまったく触れません。批判するには短期間すぎるということでしょうか?日本にとっても世界にとっても決して看過しえない重要な数ヶ月だったと思うのですが。まあデタラメ阿南一派と比べたらまだマシなのか?連戦連敗でも統帥を手放さない海軍といい先帝陛下のご苦労が忍ばれます。 SLEEP |
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date 2007/6/13(水)00:18 次郎丸さま 今からみると隔世の感がありますが、明治25年ごろ日本は鉄鋼は輸入していました。ただ、溶鉱炉製鉄の前に日本には反射炉製鉄というのがあって、全国に相当数つくられていました。明治時代、日本は石炭・銅は輸出していましたが、鉄鋼は輸入で、金額はこの分野で釣り合うくらいでした。だいたい900万円です(円=ドル、ドルは1974年まで金対比で等価)。 日本の製鉄の問題は、鉄鉱石です。品位と不純物に関係があって、現在のところ近代製鉄に耐えられる鉄鉱石を産するのは、オーストラリアとインドのゴアだけです。戦後の日本の鉄鋼生産はオーストラリア産鉄鉱石の賜物です。かようなわけで、日本の鉄は鉄道レールに代表される押し出し製品まではいいのですが、圧延製品が駄目なんですね。ですから昔の建物の構造材はレール形が使われているのを見ることができると思います。 鉄橋の構造体はよくわかりませんが、熱間圧延したものを切断し、溶接したんじゃないでしょうか。当時の日本では難しいですね。運搬はコイルと板と二通りありますが、切れば扱いが難しいものではないと思います。当時はトラックがありませんから、川をはしけまたは人力で引いたんでしょう。明治中期まで西洋型商船は600隻、10万トンくらいで、輸送力の中心は江戸時代のままの和船による沿岸海運でした。これは1万5千隻ありました。 ともあれ、鉄鋼は木に勝てず、石炭は木炭に勝てずでした。一貫製鉄は明治後半までに鋼管・神戸・中山など軍用民間が出揃い、民生用の電炉・転炉メーカーも立ち上がりました。日鉄は釜石・室蘭と鉄鉱石を求めて北に行きました。明治の輸収入は全部商社で、鉄は三井物産が圧倒的だったと思います。軍用でもアームストロング社の代理店でした。大体、当時は英語ができるのがいくらもいませんでした。ただ、軍人の記録をみると、「ボケが。オレがやった方が早い」とのことです。 それにつけても余部鉄橋は本当に壊すのかな。 別宮 |
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date 2007/6/13(水)06:15 別宮様 反射炉は江戸期にも作られたレンガ造りの煙突状の炉ですね。銑鉄は熱に弱く脆いので、反射炉で炭素を飛ばしたのを錬鉄といいます。 横着せず調べてみたところ、木曾三川の東海道鉄橋はすべて錬鉄トラス(1887年建設)だそうです。明治政府は木曾三川の護岸改修工事だけでも技師を呼んで予算の一割を突っ込んだようで、現在でいう第二新幹線並みの大型プロジェクトを大胆に次々と手がけていたのですね。 橋梁鉄骨の話ですが、日本の大河に架けるトラスは圧延鋼だと勘違いしておりました。錬鉄で作った時代もあったんですね。型に流し込むだけなのは鋳鉄で、これは強度の関係上小川のアーチ橋や小さい構造物しか無理です。実はエッフェル塔も錬鉄工程までの鉄骨だったんです。ということで和製か輸入かは微妙に分かりませんが、当時の日本に応力の概念や橋梁に耐えられる強度を出す技術があったのかどうかは疑問の余地が残るところです。 ご指摘の通り鉄骨(H形鋼)は三枚の板をH形に溶接して鉄骨を作ります。後はレールの上で引いていけば楽かもしれませんね。 錬鉄ならば現在の圧延鋼の板より強度がだせない以上、太く重たい鉄骨でしょう。大河ですからスパンが長く、自重を支えるために更に重たくなってと、非効率ですね。建設から4年後の濃尾地震で落っこちてしまったのも納得してしまいました。(技師が日本の地震事情を知らなかったからかも・・・) トラスは力学上の要求のため接合部までつなぎ目なし一本の鉄骨で組まなければなりません。輸入の場合、大きいので船積は大変だったでしょう。船に乗せるとしても船の強度が問題になるでしょうから、どかっと運べないですね。 明治初期の国家予算が6000万円、西南戦役が4000万円、日露戦争前が純予算で3.5億くらいでしょうか。日清戦争の前10年間は8000万前後。これでいくと輸入コストが1000万は鉄だけに重かったでしょう。 現在、オーストラリア産鉄鉱石の船積に60隻が沖合いで順番待ちらしいですね。中国の影響と断言して問題ありませんね。インドも製鉄所作ったらしいですが、工程を減らして直接還元製鉄する新製法らしいです。製鉄も技術革命でしょうか。上手くいけば鉄鉱石の産出と合わせて効率よさそうなのですが、インドというのが・・・。 軍人は英語ができる人が多く養成されていたのでしょうか?思わず「ラストサムライ」を思い出しました。余部鉄橋はコンクリートのラーメン構造になるそうで、これは安全と言うより完全に予算の問題ですね。 次郎丸 |
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date 2007/6/13(水)08:22 次郎丸さま 反射炉でできた鉄は、釘くらいにしかならないとか悪評だったようです。たんに方法なのか、原料のせいか、検討がつきません。 近代製鉄成立以前は、横須賀に製鋼所があり、江戸時代お雇いのフランス人に明治10年まで頼んでいてもらった記録があります。当時、横須賀には陸路がありませんでした。前首相の曽祖父が「小泉組」で、土方人足を集めていたころですね。 それでも、東京・横浜間に鉄道ができたころ、六郷橋をかけたはずですから、明治初年にはなんとかなったんでしょう。1840年ごろのイギリスのライ河鉄橋の工事写真が残っていますが、馬で船を引かせたりしてますね。平底船というのは相当浅い河でも進めるんですね。運河時代でしたが、日本は沿岸航路と河川航路の両方が効率的ですから、有利だったんでしょうね。 明治のころの予算はご指摘のようなものです。また、最近の史家は当時の1円は現在の5万円だと出鱈目をいいますが、米ドルは当時から1974年まで1オンス=35ドルですから、金との比較からはインフレはありません。あるのは、1974年以降のアメリカのインフレですから、全体としてみれば360円から現行の115円程度の変化であって、明治初期の1円は120円程度のものです。900万円は、現在価値1億円です。ただ、日本人の所得が猛烈に伸びましたから、実感が伴わないんですね。 当時(明治25年)の海軍費が1100万円、イギリスが1億3900万円、ドイツが2300万円、アメリカが6500万円、ブラジルが3800万円ですから隔世の感があります。 海軍の英語は、レベルが際立って高かったようです。東郷平八郎は11年留学しましたが、帰朝したとき日本語が駄目だったそうで、水兵に英語で命令していたそうで、「いい加減にしろ」と苦情がでたと山本権兵衛が書いてます。外交官の加藤高明や夏目漱石など問題にしなかったことは断言できます。 コンクリートのラーメン構造は許せないですね。私有財産で仕方ないですが、国が史跡指定にしてしまえば、できる気もしますけどね。鉄道は走るだけじゃないだろ、と思いますが。 別宮 |
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date 2007/6/13(水)09:17 SLEEPさま ドイツの参謀本部(ご指摘の通りファルケンハインは違うが)と大衆は、戦争がビジネス、あるいは限定戦争(地理的な意味ではなくて、決戦勝利で、小さな土地・金をやり取りする)が成立する、という考え方があったんだと思います。 ですから、全世界に包囲されても、西部戦線で突破を成功させアミアンまで到達できれば、これで勝ち、あとはベルギーもらって、賠償金もらって、クレマンソーを辞職させて終わりだという「幻想」ですね。唯物論というか社会主義的人間の発想でしょう。一種、時代遅れの人間です。現代日本でも、満州事変は「いい戦争」で、支那事変は「失敗した戦争」というのがいますよね。満州事変が実質クーデター、支那事変が仕掛けられた戦争だという事実から目をそらすんですね。 スターリンや東條英機も、時代遅れの人間でした。フィンランド冬戦争や朝鮮動乱などは明らかに帝政ドイツタイプの戦争です。 ヒトラーは違いました。経歴が特異でした。日本でいえば叩き上げの横浜税関長の息子で、麻布高校にうかったが、官吏が嫌いで落ちこぼれ、好きな美術・建築は合格せず、「ドイツの戦争だ」ときいて興奮し、兵卒に志願しました。高等教育はうけていませんし、軍隊では伍長補で上等兵程度、ですが金鵄勲章功5級をものにしたというようなものでしょう。復員すれば祖国は赤の天下でした。ここまでで、誰でもおかしくなりますよね。 ヒトラーにあって、スターリン・東條にないものがあります。部下で最後に刑死するとき「ハイル・スターリン」「東條万歳」といってくれた人はいませんよね。ですが、ヒトラーはいました。何か人間的魅力はあったんでしょうね。 日本を戦前悪くしたのは社会主義的統制主義的人間でしょう。戦後も官界・野党・マスコミにおいて有力でした。ですが、最近の民主党の若手の人には本当のリベラルがいるような気もします。 別宮 |
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date 2007/6/13(水)12:42 med様 アメリカはわりと騙しやすい国家であるとは思います。 満州国の共同統治をアメリカと行い、中国利権もアメリカと分け合い、どんな軍事行動をするにもアメリカと共同歩調を取る。 なんなら、イギリス、フランス、オランダに植民地解放を約束させるかわりに、日本がドイツに出兵するという選択枝もあります。 >この状態で、なんでイギリスと戦うのか判りません。 >日本帝国海軍首脳は、基本的にアメリカと戦いたかったのだと、私は考えています。 |
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date 2007/6/13(水)21:31 別宮様 思うのですが、文明開化の時期に日本は西欧技術を技師ごと引き抜きましたが、軍事に関しては人間の運用面(ソフト)を導入したという性格が強かったのではないでしょうか? 武器を作る技術というよりも、鉄を作る段階からという有様でしたから、まだ武器は購入ですが、ソフト面ならば言語能力は不可欠でしょう。他の産業・工事に関しては高い金払った訳ですから、目に見える現物を作った時点で落ち着いてしまう気がいたします。 技術は紙に書いてコピー可能で、本を翻訳してもらうという手もあるでしょう。しかし、技能はコピーできません。反射炉の製鉄技術が楔程度のものということは、職人(師匠)なしで真似ようとしたからではないでしょうか。ターヘル・アナトミア見て手術すれば恐ろしい話です。 日本は運河が発達していた事は現在人にはイメージしにくいですね。馬で鉄を引く祭りとか残っていても良さそうですが、橋に水は付き物でした。 希少な鉄橋は元のDNAを生かした設計を十分検討した上で、安全な鉄橋を作って欲しいのですが。物を残してきたから現代の日本がある訳で、誰か訴える識者はいないのか!と、ただぼやくだけな私です。見る限りこの10年、全国の鉄橋はコンクリートに置き換わっているようで。 この手の橋梁鉄骨はすべて設計をしての注文生産になりますから高くでしょう。ボルトの点検や再塗装の維持費、加えて安全第一が説得力を持ってしまうんですね。30年後に破片が落下する醜い姿を考えてはいないのでしょう。 バランスシートも分かるのですが投資をしなければ拡大再生産も無いわけで、だから観光開発という概念を知らない物質的な日本人と言われるんでしょうね。全国を同じ風景・均一にするのが得意な日本人からそろそろ脱却しませんかね。 次郎丸 |
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date 2007/6/13(水)23:23 次郎丸さま フランス田園の美しさには同意します、ツール・ド・フランスを見てるとえらい綺麗なとこばっかやなあと感動します。そしてイタリアもそうですがアルプスの美しさは格別ですね、不信心な自分さえ神がもたらした奇跡だろうと思います。スペインは少し落ちます、というか赤い土が延々続く火星のような?景色です。これはこれで趣きがありますけどね。 |
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date 2007/6/14(木)01:11 別宮さま チンメルマンノートに対する寺内正毅の談が揮ってますよね、日本やアメリカがヨーロッパに死活的影響を与えることが理解できない一点でもってもたしかに時代遅れなのは理解できます。ただ不思議なのはその一方で日露の対立をけしかけていることですよね、ロシアが極東に行けば自分達が有利になることは理解できていて、なんで日本がロシアを積極的に支援せざるえないような対応をするのか?この辺が唯物論ですか。もっとも戦間期の日本も同じだからなあ・・・ 日本でヒトラーやワイマール期について実像が知られだしたのはここ最近じゃないでしょうか。かく言う自分もヒトラーをただの頭のおかしいおっさんだと思ってました。ほんとに別宮さまには感謝のしようがありません。 民主党にリベラルですか、たしかに前原あたりには期待できそうですね、小泉さん(続投して欲しかった)だって何回も総裁選で落ちてるんだから頑張って欲しいものです。どうか変な陰謀論にひっかからず、ついでに官公労やバカマスコミを切る勇気さえあればブレアになれるはず(?) SLEEP |
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date 2007/6/14(木)07:05 次郎丸様 橋の建造は専門外なのですが 住んでいる所が隅田川に近いので少しだけわかります 橋の建造は安全性と建造費で常に戦いだったそうです 吊橋はその建造費削減にかなり役立ちました 正直言いますと使用頻度が少なく小さい橋はラーメン構造でも桁橋でも十分と思います |
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date 2007/6/14(木)09:19 次郎丸様 SLEEP様 人類最初の自然破壊は農業と言います |
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date 2007/6/14(木)09:34 SLEEPさま ご指摘なのは、外交におけるパワーポリティックスとか権力外交ですよね。加藤紘一とか、大アジア主義者がいいますね。アメリカを掣肘するためには、中国との友好関係を重視せねばいけない、といった言い方です。 加藤紘一は、いい加減な日本型権力外交(同時に加藤は「日本はアジアのリーダーにならねばならぬ」といってます)信奉者ですが、戦間期の石原莞爾ら宗教的政治屋陸軍人も熱心に支持していました。こういった人は、他国が何を考えているか、他国の政治家が何を主張しているか、まったく聞き耳をもちません。宗教的に思い込んで、ますます日本を孤立に追い込む傾向があります。 戦間期の重大問題は「満州問題」です。日本が満州を保護国としたとき、反対したのは中国であり、これは当然です。ですが、ソ連はどうでしょうか?ソ連は必ずや日本による満州占領を喜んだはずです。さもなくば東支鉄道を満州国に売却しませんよね。ただ、日露協商のときの満州分割の考えは残っているのであって、それをどう示すかの問題でしょう。外蒙に手を出せば、ノモンハンになることも目にみえています。つまり、陸軍人の察哈爾・寧夏どうでもよい、ではなくその逆です。支那事変における東條英機の察哈爾侵攻が、ノモンハンの伏線でしょう。 張鼓峰事件など、ブリューヒャーなどソ連内親中論者が引き起こしたようにもみえます。さもなくば、なぜスターリンが簡単に銃殺してしまったのかわからなくなります。いずれにせよ、プーチンですら「何がモンゴルだ。中国人の北の国境が万里の長城であるのは、誰でもわかる」と中国のモンゴルへの主権請求を一蹴しています。つまり、満州問題では、日ソは権力外交で手を握れたはずですが、じっさいには1945年8月です。戦間期の日本は権力外交を指向しながら、セクショナリズムでソコイラ中に殴りかかったようなものでしょう。啓蒙主義や共産主義であれば、誰でもわかりますが、日蓮主義といったってわかりませんよね。「念仏地獄・禅天魔・真言亡国・律国賊」とかで、全部敵にまわして喜ぶんですよね。 こういった唯我独尊主義は本当に危さを感じます。安倍首相がメルケルと「中国をG8に入れない」で一致したようですが、小渕恵三は「中国をG8に入れよう」といってクリントンに蹴られています。小渕は誤りでしょう。同じ自民党内でこれだけ外交方針がブレると、他国の信頼は得られませんよね。これが民主党政権になると、いったいどうなるのかと思います。ブレアは、サッチャーの人頭税反対で頭角を現したんで、外交じゃないんですよね。ブレアの選挙区は夕張みたいなところでしたから。 別宮 |
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date 2007/6/14(木)09:59 遼馬様、 私の意見としては、当時のアメリカは「騙しにくい」国だと思います。 アメリカの過去の行動を仔細に見れば、この国が物質的利益で動いたことはまずありません。 「満州国」を共同統治しようという提案は、アメリカを逆に怒らせるのではないかと考えます。 以前、確か困ぺい糖様が書かれていたと思いますが、1941年当時でしたら、アメリカよりもイギリスとの妥協の方が遥かに成り立ちやすかったと考えます。 現実政治家であるチャーチルを表す言葉の一つと考えます。 1941年当時はイギリスが大変な苦境の時期でした。 イギリスは恐らく満州国を承認し、中国に対する日本の優先権を認め、蒋介石に対する援助も停止するでしょう。 イギリスとの同盟に続いて、ソ連に対して、中立同盟の厳守、更には友好国として武器供与を約束してやれば、スターリンが満州国を承認し、毛沢東への支援を停止するのは間違いありません。 で、イギリスにアメリカとの仲介を頼めばよいでしょう。 これで、日本は満州国を確保し、中国の利権も確保できます。 イギリス・アメリカとの関係が改善すれば、日本機動部隊のインド洋遠征もありえるでしょう。 med |
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date 2007/6/14(木)10:26 遼馬様、他皆様、 アメリカと日本が戦う理由ですが、私も理解できません。(^^♪ ただ、現在でも 「対等な同盟」ということが理解できず、同盟というのは一方が他方に臣従するという感覚の方は残念ながら少なくありません。 日本帝国海軍はアメリカに勝つ気で戦争を始めたのは間違いありません。 日露戦争において日本は数倍の国力を持つとされたロシアに勝利しました。 恐らく日本軍首脳は、太平洋での局地戦である程度有利に事を進めればアメリカは損害に耐えかねて講和を言い出すと考えていたのでしょう。 日本軍首脳の誤算は、 日露戦争では戦争開始時から戦争終結の算段を考慮していました。最終的にアメリカが仲介に入りましたが、仲介に入ることが国は、ヨーロッパにまだ幾つかありました。 あと、・・・政治音痴で「真珠湾」をやっちゃったというのが、・・・致命的なのですが。 med |